第2話 兎
「
「うそ、そこまで?」
確かに体重は落ちていたし、目の下にはくっきりと隈ができていた。
「これまで、隈なんてできたことなかったのになあ」
「漫画に出てくる分かりやすく暗いキャラみたいになってます。後ろがトグロ巻いているやつ」
「いるね。前髪で目が隠れているけど、実はイケメンだったり、美少女だったりするんだよね。そういうの目指してみようかなあ」
「のんきなこと言ってないで、どうにかした方がいいです。このままじゃ、いくら体力がある人でも倒れちゃいますよ」
「でもやれることはやりつくしたんだよ。私だって困っているんだよう」
めそめそとする私を前に、綾菜ちゃんが両手を胸の前で握り、力強く言った。
「だったら花音さん、占いにいきませんか?」
「え?」
「友達が教えてくれた、よく当たる占い師がいるんです。一度見てもらったんですが、当たるし、具体的にどうしたらいいか教えてくれる人で。困っているなら、いいかもって思って。値段は四千円です」
「でもそういうのって、最初は安いけど、どんどん高くなるんでしょう。不安にさせて依存するように仕向けて、お札とか壺とか色々買わされるんだ」
「用心は大事ですけど、妄想が膨らみすぎですよ。駅ビルでやっている普通のタロット占いです。当たらなくても、気分転換になって、案外、眠れるようになるかもしれませんよ」
綾菜ちゃんは学生時代からバスケをやっていて、今も、会社のバスケ部や近所のバスケサークルに参加している。きびきびと仕事をし、人に指示を出すのが上手くて頼れる。
「キャプテンが言うなら、どうせ眠れないんだし駄目元で行ってみようかな」
「誰がキャプテンですか。でも、そうですよ!」
「いよいよ進退窮まったら、恐山に行ってイタコに相談しようかとは思っていたんだけどね」
「花音さんの相談先の選定基準がよく分かんないです」
綾菜ちゃんはあきれたような顔で私を見ていた。
*
予約を取ってくれた綾菜ちゃんと一緒に行ったタロット占いは、駅ビルの上階の一角にあった。手相占いや姓名判断など、いくつかの占いがある中で、そのタロット占いだけが人が並んでいた。人気があるのは確かのようだ。
占い師は眉の細い中年女性だった。化粧が薄く、黒髪で眼鏡をかけ、愛想がない。
あまり占い師らしくない。紫色の口紅とかしていてほしかった。
ぼんやりそんなことを考えながら、眉をよせてカードを並べる占い師を見ていた。部屋には一人しか入れなかったので、綾菜ちゃんはビルの中をふらついている。
恋愛っぽい絵柄のカードが出た時点で嫌な予感がしたのだが、占い師はきっぱりと、
「あなたが眠れない原因は、恋人がいないからです」
と言い切った。
「でも私、別に恋人ほしいと思ってないんですけど」
「そんなことはありません。そういうふりをしているけれど、深層心理では寂しく不安に思い、伴侶を求めている。あなたがすべきことは、婚活です」
「いや本当に、そんなことないですってば。悩んでないです」
「その思いこみと本当の気持ちとのずれが、強いストレスになって、眠れなくなっているんです。あなたは見栄を張っている。本当は恋人が欲しいくせに、それを隠している。自分に素直になりなさい」
占い師は淡々と、事務的な口調で畳みかける。香が焚かれた薄暗い部屋の中で言われると妙に説得力があり、一瞬、そうなのかもしれないと思いかけた。
そうか、私は淋しかったのか。恋人が欲しかったけど、それを認められなかった。孤独で見栄っ張りで、可哀想な私。
睡眠不足で脳も疲れ果てていた。自分に同情してみると、柔らかいクッションに頬を埋めるような心地よさがあった。視界がぼやけてくる。
それを見た占い師が、はじめて微笑んだ。
「本当のあなたは、誰かに守ってもらいたいと思っている。かわいい兎のような人間なのよ」
その言葉を聞いた時、自己陶酔で曇っていた頭が、覚醒した。
「どうして、誰かに守ってもらわないといけないんですか」
「は?」
「自分で自分を守れた方が効率的じゃない。大体、兎だって、危険がくれば戦うでしょう。そんな言い方は兎に失礼だと思います。噛みつくし、足のキック力だってすごい。狂暴な兎、見たことあります? 昔、いとこの家にいた兎が暴れ番長みたいになってて……」
「時間ですね。とにかく、占いの結果はお伝えしましたから。どうとるかは、あなた次第です」
迷惑そうな顔をした占い師に半ば追い出されるようにして、部屋を出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます