第2話  兎

花音かのんさん、やつれて死相が出てますよ」


「うそ、そこまで?」


 確かに体重は落ちていたし、目の下にはくっきりと隈ができていた。


「これまで、隈なんてできたことなかったのになあ」


「漫画に出てくる分かりやすく暗いキャラみたいになってます。後ろがトグロ巻いているやつ」


「いるね。前髪で目が隠れているけど、実はイケメンだったり、美少女だったりするんだよね。そういうの目指してみようかなあ」


「のんきなこと言ってないで、どうにかした方がいいです。このままじゃ、いくら体力がある人でも倒れちゃいますよ」


「でもやれることはやりつくしたんだよ。私だって困っているんだよう」


 めそめそとする私を前に、綾菜ちゃんが両手を胸の前で握り、力強く言った。


「だったら花音さん、占いにいきませんか?」


「え?」


「友達が教えてくれた、よく当たる占い師がいるんです。一度見てもらったんですが、当たるし、具体的にどうしたらいいか教えてくれる人で。困っているなら、いいかもって思って。値段は四千円です」


「でもそういうのって、最初は安いけど、どんどん高くなるんでしょう。不安にさせて依存するように仕向けて、お札とか壺とか色々買わされるんだ」


「用心は大事ですけど、妄想が膨らみすぎですよ。駅ビルでやっている普通のタロット占いです。当たらなくても、気分転換になって、案外、眠れるようになるかもしれませんよ」


 綾菜ちゃんは学生時代からバスケをやっていて、今も、会社のバスケ部や近所のバスケサークルに参加している。きびきびと仕事をし、人に指示を出すのが上手くて頼れる。


「キャプテンが言うなら、どうせ眠れないんだし駄目元で行ってみようかな」


「誰がキャプテンですか。でも、そうですよ!」


「いよいよ進退窮まったら、恐山に行ってイタコに相談しようかとは思っていたんだけどね」


「花音さんの相談先の選定基準がよく分かんないです」


 綾菜ちゃんはあきれたような顔で私を見ていた。

 


 予約を取ってくれた綾菜ちゃんと一緒に行ったタロット占いは、駅ビルの上階の一角にあった。手相占いや姓名判断など、いくつかの占いがある中で、そのタロット占いだけが人が並んでいた。人気があるのは確かのようだ。


 占い師は眉の細い中年女性だった。化粧が薄く、黒髪で眼鏡をかけ、愛想がない。

 あまり占い師らしくない。紫色の口紅とかしていてほしかった。

 ぼんやりそんなことを考えながら、眉をよせてカードを並べる占い師を見ていた。部屋には一人しか入れなかったので、綾菜ちゃんはビルの中をふらついている。

 恋愛っぽい絵柄のカードが出た時点で嫌な予感がしたのだが、占い師はきっぱりと、


「あなたが眠れない原因は、恋人がいないからです」


と言い切った。


「でも私、別に恋人ほしいと思ってないんですけど」


「そんなことはありません。そういうふりをしているけれど、深層心理では寂しく不安に思い、伴侶を求めている。あなたがすべきことは、婚活です」


「いや本当に、そんなことないですってば。悩んでないです」


「その思いこみと本当の気持ちとのずれが、強いストレスになって、眠れなくなっているんです。あなたは見栄を張っている。本当は恋人が欲しいくせに、それを隠している。自分に素直になりなさい」


 占い師は淡々と、事務的な口調で畳みかける。香が焚かれた薄暗い部屋の中で言われると妙に説得力があり、一瞬、そうなのかもしれないと思いかけた。


 そうか、私は淋しかったのか。恋人が欲しかったけど、それを認められなかった。孤独で見栄っ張りで、可哀想な私。


 睡眠不足で脳も疲れ果てていた。自分に同情してみると、柔らかいクッションに頬を埋めるような心地よさがあった。視界がぼやけてくる。


 それを見た占い師が、はじめて微笑んだ。


「本当のあなたは、誰かに守ってもらいたいと思っている。かわいい兎のような人間なのよ」


 その言葉を聞いた時、自己陶酔で曇っていた頭が、覚醒した。


「どうして、誰かに守ってもらわないといけないんですか」


「は?」


「自分で自分を守れた方が効率的じゃない。大体、兎だって、危険がくれば戦うでしょう。そんな言い方は兎に失礼だと思います。噛みつくし、足のキック力だってすごい。狂暴な兎、見たことあります? 昔、いとこの家にいた兎が暴れ番長みたいになってて……」


「時間ですね。とにかく、占いの結果はお伝えしましたから。どうとるかは、あなた次第です」


 迷惑そうな顔をした占い師に半ば追い出されるようにして、部屋を出た。

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