昼休みの出来事

「本当に俺と話したいのか?楓じゃなくて?」


「うん!言ったよね私、あなたのことがもっと知りたいのって?」


 昼休み、八重さんに連れられ普段は立ち入り禁止となっている屋上へとお弁当をもってやってきた。2人で。


 そう2人で。あの野郎4限の最後に保健室に行きやがった。体調なんて崩していないくせに。


 だが、2人だからこそ本性が見えてくる。だから俺はいきなり勝負をしかけた。今までは2人になった途端に楓の前での態度とは僅かながらにも冷たくなるなどの変化があった。まぁ、酷い人は露骨に態度が違ったが……八重さんは変わりない。核心を着く質問をしても顔色ひとつ変わらなかった。むしろどこか優しい雰囲気になったような気もする。


『グウゥ』


 いつもより早めに登校するため朝食を取っていなかったこともあり盛大にお腹がなる。


「ふふっ、お弁当食べましょ」


 風呂敷に包まれた2つの重箱のうち一つを素人目で見ても丁寧な所作でこちらへと渡してくる。


「助かる……それより本当にいいのか?何なら今からでも購買でパン買ってくるぞ?」


  俺は一人暮らしで朝から弁当なんて作れるわけないし購買派でいつも適当にパンを買っているからお弁当が余るとかは無い。廊下でお弁当あるからと言われた時は正直助かる。ガチャ代が増えたぜとも思ったが、クラスの連中の反応を見ると付加価値がとんでもないことになりそうな気が……


「えぇ、私では2つも食べきれないから」


「それじゃあありがたく……うん、美味い。卵焼きもダシがきいてるし、このよく分からない巾着に入ったやつも美味い!」


何だこれ、異様にうまい。でもあまりに繊細な味付けで作られた料理でこれ以上は言葉にできない。


「だし巻き玉子と鳥とひじきの巾着煮です。ちょっと味薄いかなと思ってたけど美味しいなら良かった!」


「いや、本当に美味しいよ。俺も少し料理はしたことあるけどここまで繊細に作ることは出来ないし、これだけ美味しく作れたら毎日カップラーメン生活なんて送ってないだろうな」


「本当に?嬉しい!いつもより気合い入れて作ったかいがあった♪」


「え、これ八重さんが作ったの?!すご、プロの料理人になれるんじゃないのこれ?」


「うん、家で習ってたから!彩雫君がそうやっていってくれるなら頑張ったかいがあったかな、えへへ」


「なんかの家元って聞いてたしてっきり、お手伝いさんが作ったのかと思ってたよ」


「普段はそうです!今日は……その―――彩雫君に食べっごほん彩雫君はいつも何を食べているんでちゅか!」


 あ、噛んだ。こうしていると高嶺の花みたいな噂が間違いだったんじゃないか?って思えるな。授業の休み休みに八重ストーカー専門委員貝田が八重さんは学年主席やら運動神経も抜群やらまさにお嬢様ともいえるような可憐さだとか高貴な香りがするだとか立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花という言葉が世界一似合うだとかそりゃあもう色々なことを聞いた。そのおかげで他の人たちの追求はなかったからまぁ助かったと言えば助かったが。


「朝は食べないしたまに夜にお弁当買ったりはするけど普段はカップラーメンと栄養ドリンクかなぁ」


「そういえばさっきも毎日カップラーメン生活送っているって……駄目です!そんな不健康な生活を送っていたら体調を崩しちゃう」


「崩しちゃうって言われてもなぁ。料理できんこともないけどカップラーメン美味いじゃん?」


 それに楽だしな。いちいち食器の片づけとかしないで済む分ゲームに時間を回せるし。


「それじゃあ私のお弁当とどちらがおいしかった?」


「そりゃあ弁当の方がうまかったけど」


 カップラーメンも美味いがやはり手作りには勝てない。八重さんの腕がいいのかそれとも素材がいいのかこの弁当は美味すぎる。病みつきになっちまうなこりゃあ、だって腕が震えるんだぜ?一口食べるごとに「あぁ、減っていく」と悲しくなってな。


「じゃあこれから毎日お弁当作ってくるね!」


「待て待てなぜそうなる?」


「美味しくなかった?」


「いや、そういうわけじゃないんだけど、そこまでしてもらうわけには……俺何も返せないぞ?」


「むぅそんなこと考えなくてもいいのに。そうだ!じゃあ彩雫君のこと色々教えて?それとこれからも仲良くして欲しいな。ね?これならどうかな」


「まぁそういうことなら……いやいやいや!それぐらいのことでそこまでしてもらうわけにはいかないだろ」


「私がしたいと思うからするの!」


 こちらに身を乗り出しながら食い気味に……毎日丁寧に整えられているだろう黒髪から女性特有のいい匂いがする近さまで顔を近づけてくる。


 ……



 …………



 ………………


『キーンコーンカーンコーン』


 まるで時間が止まったかのような一瞬の沈黙を破りお昼休み終了を告げるチャイムがなる。


 止まった時間の中先に動きだしたのは思春期男子特有の心が暴れ出さないよう必至に抑えている男。通称、俺。いやね?いくら異性とか恋愛に興味が無くても不意に距離詰められたら誰だってドキッとするでしょ?しかも言われたセリフは告白じみた言葉。今までよく聞いてきた言葉だが、それは全て楓に向けられたものだったし自分に向かって言われるのは初めてだった。そんなの頭の中が真っ白になって動けるわけがない。


 だから空気を読んだかのようなチャイムはとてもとても助かった。


「あ~八重さん?それは一体……」


 女性経験豊富であれば……そう、それこそ楓であれば告白として受け止める事ができる言葉であっても簡単に受け止めてさらりと流しているだろうが、俺である。卑下するわけではないがイケメンどころか目立ったところが何もないゲームオタクであり、本心から言い寄られたことはない、はず。故にしっかりと確認しなければならない、うぬぼれている可能性もあるのだから。


「あっ!ま、また明日ね!それでは!」


「え?八重さーん!?行っちゃったよ。運動神経いいってのは本当みたいだな。はぁ弁当も置いて行ってるし」


 俺も置いていくのやめてくれる?


 明日……明日ねぇ。詳しいことは分からなかったが、まぁ好かれていることは事実だろう。


「とりあえず俺も教室戻って楓に制裁を加えるとするか「ガタッ」」


 物音がドアの方から聞こえた気がした。八重さんか?いや、もしかすると……


「楓見てたんだろ?」


「……いやぁ、バレちゃった」


「バレちゃったじゃねぇわ、保健室行ったんじゃなかったのか?」


「すぐ治ったよ。それで教室行ったら彩雫が屋上に行ったって言う目撃情報を得てね、ここに来てみたってわけ」


「ほぉん、どこから見てた?」


「いやぁ、それが想定外にも全然見れなかったんだよねぇ」


「なるほど、じゃあ本当は最初から見ようとしてたと……確信犯じゃねぇか!」


 悪びれもせずにペラペラペラペラと。流石腹黒!そこに痺れる!憧れない!


「で?どうだったの?付き合ったりしちゃった?」


「は?そんなわけないだろ、ろくに話したことなんてこれまで全然なかったんだぞ?俺がかっこいいならともかく行きなりそんな関係になるわけない」


「まぁ、そうだよねぇ。僕としては彩雫の魅力に気がついてそうなる可能性もあるかなと思ってたんだけど……ま、次の授業工芸だし早く行こうよ」


「おいおい、褒めても俺のお前に対する怒りと呆れは変わらないぞ。でもまぁ、とりあえず流しておいてやるよ」


 移動教室なら時間ないし、しょうがないな。……はぁ、なんか疲れたし早く帰ってゲームしたいけど、今日は7限まである。


「あ、あれは持ってかなくていいの?」


 あ、弁当忘れてた……明日返せばいいか。

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