第3話 困惑
十分放課の間に弁当を食べるのを試みて失敗し、移動授業に遅れることは結構あることなので、私が授業に遅刻すること自体は(いいことではないが)さほど珍しいことではなかった。
「環菜ちゃん何してるのよ」
と友達。
「また上野か」
と先生。
「ごめんなさぁい」
と私。
「アハハ」
――で終了だ。
しかし、私は屋根つきグランドにエリーを連れてきた。ただのエリーではない。体操服に着替えさせたエリーだ(欧風のエリーに学校の体操服はまぁ似合わない)。同じクラスの人たちはともかく、三組はとりわけ驚いた。
「……!」
驚きと、恐ろしさもあるのではないのか。まるで「エリー」という単語を発するのに躊躇いがあるかのようだ。私にはそう思えた。
体育の先生は「誰だこいつ」と言わんばかりに首を傾げているし、エリーが歓迎されざる客であることは明白だった。
「いやぁ、ゴメンナサイミナサン……」
そのせいで私まで調子を狂わされてカタコトになってしまった。嫌な沈黙の中、私はぎこちなく笑みを作り、エリーと一緒に列の一番後ろに並んだ。
「なにこれ、エリーちゃん、いじめられてんの?」
なんとか調子を取り戻した先生が体操の号令を再開したところで、私は小声でエリーに問いかけた。エリーは不機嫌に首を振る。
「じゃあ何でこんなハブられ者みたいな扱いを受けてるのよ」
「……私が皆をハブってるの」
「なんじゃそりゃ」
「私と、明日のことしか考えられない人たちは違う。一年先、十年先、百年先、千年先……一年前、十年前、百年前、千年前。私は時間の渦をずっと見てる」
「百年前とか百年先とか私たち生きてるわけないじゃん! そんな過去未来見れるわけないでしょ」
エリーはとげとげしいため息をついた。
「がっかりした。この学校には、明日のことどころか、次の授業のことすら考えていない人間もいるみたいだし」
「は? 誰?」
エリーはもう一度、さっきより深くため息をついた。
「……誰も実感を持っていない。地球は丸くて、火星も丸い」
「そんくらい知ってるわ」
「知ってるだけ。知識として」
体育係が倉庫からバットとグローブとソフトボールが入った籠を引きずってきた。それを見て私は思い出した。今日の体育は私の大好きなソフトボールをやるんだった。
「さぁ、まずはキャッチボールだ。グローブとボールを取って――」
「しまったぁ! マイグローブ持ってくるつもりだったのに! ……うぅ、仕方ない。せめて備品の中で一番いいグローブを奪ってやる!」
私がいつものようにはしゃぎ出し、まだましと言える状態のグローブを二つ引っ張り出してきた時、エリーの姿は既に屋根つきグランドの中にはなく、下駄箱で靴を脱いでいるところだった。
「あああああああああ!」
私が奇声を上げると共に、他の人々はエリーがいなくなったことにほっとし、いつものワイワイガヤガヤを取り戻した。
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