第8話 罪 1


「そう。わかったわ。後はよろしくお願いします」


医者からの報告でヴァイオレットはもう大丈夫だと知らされた。


二人きりにさせて欲しいと頼み皆を出ていかす。


昔のマーガレットなら二人の言い分を信じていた。


人を疑うことをしなかった。


今回は二人のことを疑っだからこそ、矛盾に気づきヴァイオレットを助けることができた。


「(ただ信じるだけでは駄目なのね。時には人を疑うことも必要、嘘を見抜けなければ無実の人が最悪の場合死ぬことになるのだから)」


誰よりもそのことを身をもって知っている。


マーガレットは自分が過去を変えてしまったせいでこんな目にあったヴァイオレットに申し訳なく思う。


マーガレットの記憶にあるヴァイオレットは仕事熱心でいつも忙しそうに動き回っていた。


ヴァイオレットはマーガレットに関わる仕事を一つも請け負ってはいないので話したことはないが、可愛い子だと思っていた。


いつも遠くからマーガレットのことを目を輝かせて見つめていた。


ヴァイオレットにとってマーガレットは憧れの存在。


普通なら手を抜いても大丈夫な些細な仕事でも全力で仕事に臨んでいた。


そんなヴァイオレットが自分達を裏切る筈などないと分かっていたのに、疑ってしまい申し訳無く感じていた。


「ごめんなさい。貴方がこんな目にあったのは私のせいなの。許して欲しいなんて言わないわ。もう、二度こんな目に合わないよう必ず守るわ」


眠るヴァイオレットにそう言うと部屋から出て行く。


マーガレットの言葉が聞こえたのか瞳から一筋の涙が溢れ落ちた。




「皆。彼女を見つけ出してくれてありがとう」


マーガレットにお礼を言われ騎士達は「当然のことをしただけですから」と照れながら答える。


「行きましょうか」


待っていた護衛に声をかける。


二人の処分をどうするか決めなければならない。


処刑は確実だが、あの二人には死など生緩い。


生きてその罪を償わせる。


どうやって償わせるかは考え中だが、一つだけ決まっている。


町に連れて行き謝罪をさせる。


二人はそこできっと地獄を味わうだろう。


そして、自分達がどれだけ愚かな過ちを犯したのか知ることになる。




「二人は何か話したかしら」


「いいえ。お嬢様が出て行かれてから一言を声を発していません」


メイナードは首を横に振る。


「そう」


マーガレットは二人に近づく。


「ヴァイオレットは見つかったわ。医者が言うには命に別状はないらしいわ」


マーガレットの言葉に二人はホッとしたのも束の間すぐに自分達の状況がさっきよりも最悪になったことに気づく。


「もう少ししたらここにお父様がくるわ。これからどうなるのかわかっていると思うから私からはもう何も言わないわ」


チャンスは与えた。


それを無限にしたのは二人だ。


チャンスを与えたからと言って今回の事は許される範疇を超えている。


「お、お嬢様。どうかお許しください」


「私達が間違っておりました。どうか、命だけはお助けください」


二人は必死にマーガレットに助けを求めるが、聞こえない振りをしてサルビアがここにくるのを待つ。






「この二人が私の手紙を盗んだのか」


「はい」


部屋に入って二人を見るなりそう尋ねられる。


「何故盗んだ。誰に頼まれた。何のためにこんなことをした。何が目的なのだ」


サルビアが来る前に同じことを聞いたが一切話そうとせずずっと黙っていた。


ただ許して欲しい、と懇願するだけだった。


話せば死刑は免れないからだろう。


話さなくても死刑は確実だが。


「何も話すつもりはないみたいだな。なら、その舌は要らないだろ。人の手紙を盗んでしまうなら、その手は要らないだろ」


サルビアの声と口調は酷く冷たい。


「あの二人の舌と手を斬り落とせ」


「はっ」


部屋の中にいた騎士達はサルビアの命令を実行するため二人を押さえつける。


「お辞めください。どうかお許しください」


シーラは手を斬られそうになるとそう叫ぶ。


サルビアは騎士達に手を斬るのを待てと手で静止する。


「なら、話すか。これ以上謝罪はいらん。話す気がないなら黙って罰を受け入れろ」


温厚なサルビアがここまで怒りを露わにしたのを初めてみた使用人達は驚いた。


自分の宝石を盗まれても笑って「ちゃんと返ってきたからもういい」と許していた。


反省しているのならそれでいいのだ、と。


そんなサルビアだから二人は手紙くらい盗んでも許して貰えると心の何処かで思っていた。


だから、何も話さなくても大丈夫だと。


そう思っていたのに、その思いは勘違いなのだと思い知らされた。


「旦那様。全てお話しします。だから、どうか命だけはお助けください」


ジョンが手を斬られそうなところを見て話さないと自分もそうなると。


「半年前、シーラと一緒に旦那様の手紙を郵便局に出しに行く途中ある者に声をかけられ馬車に乗るよう指示されたのです」


その日のことを思い出し、ポツポツと話し始める。


この時マーガレットただ一人だけが黒幕の正体に気づいていた。


だが、その黒幕は指示をしただけで実際に二人に会ったのは別の者だろうと予想した。




あの日、メイナードから手紙を託されたジョンは郵便局に向かう途中シーラと会う。


行き先が同じだからと別れ道のところまで一緒に歩いていた。


その時、一人の男性が自分達に話しかけ指差した馬車に乗って欲しいと。


最初は仕事中だから無理だと断ったが、袋一杯に入った金を見せられつい乗ってしまっまた。


馬車に乗るとフードを深く被った者がいた。


その者は自分の願いを叶えてくれた、これの三倍の金を毎回報酬で渡すと。


願いは簡単だった。


サルビアがリュミエール救済院宛に書いたものとそこの領主宛に書いた手紙を渡してほしい。


手紙は必ず責任を持って届けるから、と言われそれならと毎回手紙をその者が遣わせた者に渡していた。




「……手紙を盗んだわけではないのです。必ず届けると言って下さったので預けたつもりだったのです。こんなことになるなんて思って無かったんです。本当です。嘘ではおりません」


ジョンは話を終わると自分も騙されたのだ。


こんなことになるならやらなかったと。


なんとも滑稽な姿を晒す。


「貴様。それでも公爵家の使用人か!私が貴様のような人間を信じたせいで……。旦那様本当に申し訳ありません。全ては私の責任です。どんな罰も甘んじて受け入れます」


メイナードは勢いよくサルビアに土下座をする。


確かにメイナードが自分で言ったようにメイナード自身にも責任はある。


自分が大丈夫と思って任せた者達が金に目が眩んでこんなことになったのだから。


「頭を上げろ。今回の罰は全てのことが終わってから決める。今は町を救うことだけ考えろ」


「はい」


メイナードはゆっくり立ち上がり「本当に申し上げありません」とさに謝罪をした。


「一つ貴方達に聞きたいことがあるわ。フードの顔をみたの?」


「いえ、見ておりません」


二人は首を横に振る。


「そう。なら。その者がどんな声で口調だったか、体型は見た感じどんなだったか、わかる範囲でいいから答えなさい」


馬車に乗れてフードで顔を隠す人物。


一体誰なのか。


徹底している。


余程、自分の顔を知られたくないのだろう。


貴族なら自分の紋章が入った馬車は使わない。


平民なら貴族のフリまでして大金を使うのは可能性は低いが絶対ないとは言い切れない。


二人の証言を元に捜し出すのは難しいかもしれないが、情報屋に探し出して貰うには少しでも手掛かりになる情報がいる。


「体型はマントでよく見えませんでしたが、声は女性のものだと思います。それに話し方が貴族の令嬢のものでしたし、何より一つ一つの動作に品がありました。あれは、一朝一夕でできるものではありません」


ジョンの話しを信じるなら、ブローディア家を潰したい貴族がいると言うことになる。


ブローディア家はこの国一の地位と名誉、そして金を持っている。


そして、国王からも民からも信頼されている家。


ブローディア家を潰せばその座を手に入れられる。


甘い蜜に踊らされた者達がどれだけいるのか、考えただけでも頭が痛くなる。


マーガレットは二度の人生でそのことを嫌というほど体験しているからわかる。


でも、まさかこの頃からブローディア家を潰す算段を立てていたとは思いもしなかった。


「わ、私もジョンと同じです。でも、一度だけフードの髪色を見たことがあります」


シーラの発言にジョンが驚く。


当然だ。


フードは自分の正体がバレないよう徹底して目も髪も隠していた。


二人が見えていたのは口元だけ。


それなのに、シーラはフードの髪色を見たと言うのだ。


「髪の長さはフードの下で見えませんでしたが、色は銀でした。白に近い銀でした」


フードの髪色を見た日のことを思い出す。


いつもより早く合流場所に到着し待っていると馬車が近づいてきた。


近寄ろうとしたらフードが降りてきて何故か木の後ろに隠れてしまう。


そーっと覗くとその時強い風が吹きフードが落ちた。


後ろ姿だったので顔は見えなかったが、美しい銀髪ははっきりと目にした。

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