第5話 黒髪赤目と白髪青目
夕日の赤によって教会が照らされている。白と青を基調としたそのデザインは、やけに映えて見えた。
村の中心にあるのかと思いきや、周囲に家屋は多くない。外れとまでは言わないが、住宅にはあまり近くない位置に建てられたようだ。だから遠くにあるように見えたのだろう。
「孤児院も兼ねてるが、チビ共はもう寝てるはずだ。野次馬は来ないから安心しな」
「え、もう寝てんの?」
「午前中、散々扱いたからな」
孤児を保護するだけではなく、孤児を鍛える役割も担っているのだろうか? まぁラブベアーなる魔物もいたし、生き延びるためには戦う力が必要不可欠か。
正面からではなく、勝手口らしき場所から中に通される。扉が並ぶ廊下を通り、突き当たりの部屋に陽は「ちょっと着替えるから待ってろ」と入っていった。
確かに汚れていたけれど、今着替えるのか……。そう言えばあのり……リアムさん? と刀が出来たどうこうとか言ってたな。鍛冶師の真似事でもしているからあんなに煤けていたのか……?
あ、と。聞きたかったことを思い出し、扉越しに声を掛ける。
「なぁ俺の目って赤いの?」
「真っ赤だな」
「黒髪赤目の厨二カラーじゃん! 熱くなりますねぇ!!」
そして明るく返した。
「赤くなってんの!? こわ!?」やら「髪は黒のままなのに??」などではなく「厨二カラーじゃん! (歓声)」。脳ミソスッカラカンな返答である。もっと深く考えてくれ。
「クッソポジティブだなお前」
「いや一度は憧れるじゃん黒髪赤目か銀髪赤目! 陽の銀髪蒼眼もロマンあるよな!」
嬉しそうに未明は言う。子供が憧れを手にしたような、サッカー選手を生で見たような、朗らかて中身の軽い喜びだ。
大きなため息の後に、ガタゴトと音が聞こえた。
「……ここだと、私みたいな色は白髪青目(はくはつあおめ)って呼ぶんだが」
「そうなのか? まぁ些細なことだろ!」
「白髪青目は神聖なものって言われている」
「マジか! だからシスターやってるんだな~」
だいぶ失礼な話だが、陽はシスターに向いていないと感じる。立ち振る舞いがどうのこうの……というだけではない。俺が転生者であるという確信を得る前から、陽は俺を助けようとしてくれた。
だから……なんと言うか、まぁ。分かりにくいお人好しなのだろう。まだ半日程度の付き合いであるが、そう感じる程度にはお人好しだった。道を作ってくれたり、水を分けてくれたり、ペースを合わせて休憩してくれたり。日本人は空気を読みやすいだとか、お国柄のものにしても優しい。
そして、お人好しという人種は搾取されやすい。シスター、なんて言う『ファンタジー世界』で搾取される側のイメージが強いポジションに着くべきではないと思っていた。
しかし、ソースが何かは知らないが『神聖なもの』と言われる容姿を陽はしている。どんな転生・転移をしたのかはわからないが、シスターとして担ぎあげられるのに時間はかからなかっただろう。
「そして」と言葉が続き、再び耳を傾けた。
「黒髪赤目は不の象徴とされている」
「…………え?」
扉が開いた。
陽は真っ白な修道服を身にまとっている。アクセントに青や銀が盛り込まれているが、黒や赤は全くない服だ。青いバンダナで覆われていた頭は真っ白なベールで覆われている。ロングヘアーは2つに纏められているらしい。ネコミミのようなシルエットができていた。
片手に持っているものを差し出して来たので受け取れば、それには『聖典』と書かれている。……見た事のない文字なのになんで読めるんだろうか。
彼女はコツコツと革靴を鳴らし、廊下を歩いていく。
黒猫は魔女の使いだとか、不幸を呼ぶとか、そういう話かと思ったが違うらしい。
陽は深刻そうな顔で、礼拝堂の扉を開いた。
「在りし日に、その双極は産声をあげる」
アルトボイスが耳をくすぐる。
視界に映るのは白、白、白。またもや白。白と青を基調とし、黒と赤が一切ない。レッドカーペットすら許されないのか、中央の道に敷かれているのはブルーカーペットだ。光源となっている夕日以外、「赤」と呼べるものは……全く、ない。
語るように、唄うように、彼女は歩きながら言葉を続ける。
「闇を司りし黒き魔王」
「光を司りし白き勇者」
「黒き髪に赤の眼、その者は闇にて生を喰らう」
「白き髪に青の瞳、その者は光にて生を与える」
「黒き魔王、白き勇者に敗れし」
「白き勇者は我々を守護せり人王となり、我々を見守りし神とならん」
コツ、コツ、コツ。
大きな像の前で陽は止まる。それは兜を被り、鎧をまとった男の像だ。掲げられた剣には所々銀があしらわれているのか、日を反射していた。
「要するに、『むかしむかし真逆の二人が産まれました。黒髪赤目の魔王様、白髪青目の勇者様。黒髪赤目の魔王は闇魔法で人々を脅かしました。白髪青目の勇者様は光魔法で人々を救いました。魔王様は勇者様に倒されました。勇者様は王様になりました。いまでは私たちの守護神です』って言い伝えだ」
「えーっと……つまり?」
「白髪青目は勇者と同じ容姿。だから神聖とされる。対して、黒髪赤目は魔王と同じ容姿。だから不吉とされる。異質とされる。……『悪』とされる」
青い瞳が俺を見た。
「あ、悪って」
たかが髪が黒いだけだ。たかが目が赤いだけだ。それだけだろう、それだけのことだろうと言いたいのに、俺の容姿を見て哀れんだ親子の姿を思い出す。
日本人は宗教に強い関心を持たない傾向がある。俺もその一人だ。初詣をして盆参りに行きクリスマスを祝い寺の墓に眠る。あちこちの宗教がごちゃ混ぜになり、特定の何かに固執したりしていない。だが、そうではない人々がいる事は知っている。歴史だけではなく、現在でも宗教戦争は起きている。宗教というのは人々の救いであると同時に、争いの種にもなり──差別の元にもなる。
未明は、ゴクリと唾を飲んだ。
「『人王リヒト』を祀る宗教が根を張るこの国……オルンテンシア国において、お前のそれは差別の対象なんだよ」
──いや、転生して特典無しにしては、俺の人生社会的にハードモードじゃないか?
「だから、『神』なんて嫌いなんだ」。その陽の声に、あの出会い頭の第一声の謎が解けた気がした。
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