第2話 愛人を離れに迎えたい旦那様

「イレーヌ姉様。少しでも嫌なことをされたら、こちらに戻って来てください。我慢なんてする必要はありませんよ」

 マルテスは本当に優しい子だ。ほんわかと気持ちが温かくなって、私は笑みを深めた。


「嫁ぐ以上はウィンザー侯爵家で、きっちり自分の勤めを果たしますわ。マルテス、心配しなくても大丈夫だから」


「イレーヌ姉様が私よりしっかりしているのを忘れていました」


 マルテスは苦笑した。


 結婚式はウィンザー侯爵領の教会で行われた。私の衣装は控えめな白いシンプルなドレスよ。髪はアップにし、ヘッドバンドで飾られた小さな白い花は上品だった。身につけている宝石は真珠だけ。結婚式のドレスは何度も着るものではない。必要以上にお金をかけるのはナンセンスよ。


 一方、侯爵家の一人息子は、白いタキシードを身に纏っていた。ジャケットには銀の刺繍が施され、ボタンには宝石が使われていた。襟元には白いバラの花が飾られ、手には白い手袋が装着されている。でも、そのバラは象牙だったし、手袋の手首部分にまで、宝石が華やかに飾りつけられていた。


 エリック様は金髪を煌めかせる美男子だった。その髪はまるで黄金の糸を織り交ぜたように輝き、まるで太陽そのものが彼を祝福しているかのようだった。彼の瞳は鮮やかな緑色で、深い森の中に広がる若葉のような色彩を宿していた。


 完璧な美貌だと思う。でも、残念な男よ。



☆彡 ★彡



 ここはウィンザー侯爵邸の夫婦の寝室。結婚式を無事に終え、私達夫婦はこれから初夜を迎えるところだ。

 

「これは政略結婚だ。だから、僕が君を愛することは一生ない」


 このような場面に、そんな言葉を投げかけられても、私はそれほど驚かなかった。ラエイト男爵家に莫大な借金があるにも拘わらず、私のドレスの何倍もお金をかけて、結婚式の衣装を用意する愚か者だもの。


 顔が綺麗だからって女が皆、エリック様の愛を欲しがると思ったら大間違いなのよねぇ。


 でも、私は悲しげな顔をして見せた。


「まぁ、とてもショックですわ。ですが、夫としての務めは果たしてくださいませ。貴族にとって跡継ぎをもうけることは、尊い血統の継続と栄光を守るための重要な義務ですからね」


 お互い不本意ながらも初夜を済ませ、それからも夫婦の営みを義務的にこなした。これは大変な苦痛だった。好きでもない相手と耐えた私は偉いと思う。まさに苦行・・・・・・感じているふりをするのも大変なのよっ! 


 でも、貴族の結婚は家同士の利害関係が大きく影響するし、本当に好きな男性とは結ばれないことが多い。見た目が綺麗なだけでも、良しと思った。人間は、多くを望んではいけないのだ。


 彼とはめったに話さないし、夕食以外で顔を合わせることはあまりなかった。しかし、結婚して半年。夫が珍しく私に話しかけてきた。


「愛人を離れに迎えたいと思っている。構わないだろう?」


 彼は喜びに満ちた笑顔を浮かべ、その頬は紅潮していたのだった。

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