第50話 その後の話
その後、森さんの件は警察にも相談し、勿論会社はクビになり、二度と会うことはなかった。
話によると最後まで『自分は悪くない』『スマホは借りただけ』と悪びれる様子はなかったらしい。私のスマホはとっくに捨てられてしまったようだ。
ちなみに、森さんがスマホを盗んだということを、三田さんは本当に知らなかったらしい。森さんが透哉さんを誘惑してそれを私に見せつけるから、そのすきを狙っていけ! と森さんに言われて、あの日待機していたのだとか。
そのほかも、私の最寄り駅で待ち伏せするよう助言したり、逆に私が透哉さんの家に行った後二人の邪魔をするよう森さんに連絡したりと、二人は親密に連絡を取っていたらしい。
三田さんはすぐにクビにはならず出勤していたが、大きな騒ぎになったことで、周りから白い目で見られ、肩身が狭そうにしていた。今まで明るく働いていた姿は嘘のようだった。
窃盗には関わっていないとのことで、上の人たちは三田さんの処分に頭を悩ませていたようだが、結果が出る前に、彼は自ら会社を辞めた。
私たちの知らぬ間に、ひっそりといなくなっていたようだった。
しかし上司を通して、三田さんから手紙を一通送られていた。内容としては、とにかく謝罪をしたいこと、自分勝手だったと気づかなかった自分を恥じている、というようなものだった。
彼が心から改心したのかは分からないし、したとしても今までの発言や行動がなかったことになるわけではない。
でも自分の言動のせいで、勤め先を離れざるを得なくなった。会社で出来た友達もきっと離れて行くだろうし、失ったものは、割と大きいんじゃないだろうか。
私はきっと二度と関わらない人だろうし、もし本当に生まれ変わったのだとしたら、私の知らぬ場所でひっそりと一からやり直してほしいと思っている。
「うーん、さすがにこの条件となると、数がだいぶ減るなあ。あ、こことかいいかな?」
「ああ、会社から結構近いですね」
「でもオートロックなしか。却下。安全面は気を付けないと。お、ここも結構いいよ」
「ほんとだ、いいですね! ここって久保田さんのアパートから近いですよ」
「まじ? なおさらいいな。空いてるのは一階と五階か。伊織が五階だな」
私たちは顔を寄せ合いながら、集めた資料を捲っていた。
今日は待ちに待った休日。透哉さんと約束をしていた私は、朝から彼と出かけていた。二人でいろんな不動産屋を巡り、物件を探してきたのだ。
森さんと三田さんが会社からいなくなり、平穏が訪れたわけだが、透哉さんは安心するには早い、と言っていた。森さんは特に、私への逆恨みが心配されるので、まずは引っ越しをするところから始めようと提案されたのだ。一度泊めてしまったので、家がばれているからだ。目的のためなら手段を選ばない彼女が、いずれ何かしてくる可能性もある。
森さんは地方に住んでいた親が飛んできて、彼女を凄い勢いで叱ったそうな。森さんとは似ても似つかない、気真面目そうなご両親だった。今は森さんを引きずる勢いで実家に帰らせ、閉じ込めているらしい。示談交渉も持ち掛けられたが、これまでされた嫌がらせも説明し、拒否させてもらった。本人に謝罪する気持ちはないようだし、金額の問題ではないのだ。
ご両親はしっかり者のようで森さんを見はっているらしいけれど、いつどうなるか分からないので、すぐに引っ越しをする。透哉さんの提案に、私は素直に従った。
が、彼も同様に引っ越す、と言い出したので驚いた。曰く、『引っ越すなら今の家からなるべく離れた方がいい。でもそうなると俺と離れることにもなる。よし、俺も引っ越そう』だそうだ。
本当は、『一緒に住めばいいんじゃない』と目を輝かせて言った彼を慌てて止めた。まだ付き合いだして全然時間が経っていないのに、さすがにそれは気持ちが追い付かない、と思ったからだ。
じゃあ、せめて同じアパートやマンションに住むようにしよう、と提案された。出勤するときも帰りも彼が守れるから、だそうだ。その提案は断る理由もなく、私たちは二部屋空いている物件を探し回った。
さすがに条件が絞られるので、候補数も少ないが、一応まずまずいいところも残っている。
とりあえず一旦持ち帰り、私の部屋でゆっくり相談しよう、という流れになった。『じゃあ、また泊まってってもいい?』とさらりと聞かれ、断れるはずもなく頷いた。
帰りにお店で晩御飯をテイクアウトし、二人でゆっくり食事をした。お風呂に入ったあと、お酒を嗜みながらこうして相談している最中、というわけである。
私は資料を眺め、手にチューハイを飲みながら心で呟く。
……なんか、さらっと泊まることが決まって、まるで前からそうしていたように平然と過ごしているわけだけれども、まだ付き合いたての男女なんですよね……私はずっと緊張度マックスなのですが……。
缶ビールを手に持ちながら資料を見つめる透哉さんの横顔を盗み見る。仕事中とは違う、ラフな感じ。まだ見慣れないなあと思った。
「ここいいな。明日内見させてもらう?」
「え!? あ、はいそうですね!」
「周りも明るくて人通りもそれなりにありそうだから、帰りが遅くなっても心配じゃないし。なるべく一緒に帰りたいけど、どうしても毎日ってわけにはいかないからなあ。久保田さんの近くなら、一緒に帰ったりもできるし」
缶を唇に当てながら透哉さんが言う様子が、可愛いと思ってしまった。なんだか急に恥ずかしくなり、視線を逸らす。
少しだけ触れている肩が、やけに熱いと思った。
平日は忙しくて、ただ私の家に送ってくれるだけの生活だった。一度夕飯を一緒に食べたけれど、お酒もなくただお腹いっぱいになって、解散しただけ。恋人っぽいことは何もしていない。
久々に、二人っきりの時間なのだ。
資料をテーブルに置き、透哉さんはため息をつく。
「ああ、一応会社は平和になったけど、色々心配は尽きないな」
「すみません、付き合わせて」
「なんで伊織が謝るの? 何も悪くないでしょ。伊織に非はない」
「でも私、つくづく思ったんです。私ってやっぱり内気で気が弱いから、相手を付け上がらせたんだろうな、って。これでも、透哉さんと接するようになって強くなった方なんですが……」
まだまだだろうな、と思う。
そもそも、サークルの時、逃げるようにいなくなったのがよくなかったな。最後までもっと堂々としていればよかった。だから森さんはどんどん付け上がったんだろうし。
あの子に自信を付けさせてしまったのは私だろう。
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