第20話 やらかした!
自然と目が開いたとき、私はただひたすらきょとんとした。
身に覚えのないカーテンが見えた。私の家は白だが、そこにあったのはブラウンだった。その隙間から、光が差し込んでいる。
上半身を起こしてみると、これまた見覚えのないクローゼットが見えた。他にも、知らないサイドテーブル、知らない照明。自分が寝ているベッドすら、初めて見るものだ。
混乱する頭で、昨晩のことを思い返す。柚木さんと飲んでて、楽しくなってきてアルコールが回ってきて……それから、どうしたんだっけ。
そっとベッドから下り、隅にある扉を開けてみる。廊下と、玄関が見えた。何足か靴が並べられており、私の物もある。そのほかは男物の靴ばかりなのを見て、ここが誰の家か確信した。
リビングへ続くと思われる扉に手をかけ、そっと開いてみる。すると、広々としたリビングと、ソファの上に寝ている柚木さんの姿があったので、自分の予想は正しかったのだと愕然とした。
柚木さんの家だ……! 私、あのあと酔って帰れなかったの!?
さあっと血の気が引いた。思い返しても、会計をした記憶も、電車やタクシーの乗った記憶もない。完全に飛んでしまっているのだ。
あっと思って自分の体を見下ろしてみる。昨日の服のままで乱れもない。それを確認してほっとしつつ、何を心配しているんだろうと自分を叱った。
柚木さんは絶食系なんだから。そうじゃなくても、私とそんなことになるなんてありえないだろう。
とりあえずそっとソファに近づいてみる。するとちょうど、彼がぱちりと目を開けたので、びくっと反応した。
「あ……おはよ」
彼は眠そうな声で言ったので、私は勢いよく頭を下げた。
「す、すみません!! 私、酔って帰れなかったんですね!?」
顔から火が出そうだった。なんて醜態をさらしてしまったのだろう、酔って彼の家に泊まらせてもらうなんて。
柚木さんは体を起こし、大きく伸びをしながら平然と言う。
「途中で急に寝ちゃってさ、起こしたけど全然起きなくて。家がうちから近いだろうってことは知ってるけど、住所までは分からなかったし……迷ったけど、タクシーでうちまで運んだ」
「ほんっとうに申し訳ありません、もう、本当に!」
「頭上げてよ。別にそんな謝ることじゃない。酔って寝ちゃうぐらい、ようやく俺に気を許してきたかなってほっとしたぐらいだ」
彼は少し微笑みながら私に言ってくれた。ああ、優しいお言葉だ、こんなに迷惑を掛けてしまったというのに、柚木さんは上手くフォローしてくれている。
「いやでも、柚木さんをソファで寝かせてしまったようですし」
「あ、また名前」
「あ、ああっ。透哉さん」
「うん、それでよし。伊織も起きてびっくりしたでしょ。ごめん」
「なんで謝るんですか! ほんと、私がやらかして」
慌てふためく私をよそに、彼は表情一つ変えずにいる。寝起きでこんなに爽やかな人も彼ぐらいのものだろう、と感心するレベルだ。
透哉さんはテーブルの上に置いてあったスマホで時間を確認しながら、私に言う。
「あ、あともちろん何もしてないので安心してください」
「はい! そりゃそうです、当然です!」
「……当然です、って」
小さく苦笑いをした彼に、昨晩何もお金を出していないことを思い出し、質問した。
「あの、食事代とか、タクシー代とかもいくらでしたか? 支払います!」
だが、透哉さんは表情も変えずに首を振った。
「別にいいよ、俺が誘ったんだし」
「そんなのだめですよ! 迷惑かけたんですし、全額支払いたいくらいです!」
「いやほんとにそんな気に病まなくていいんだけどなあ……」
頭を掻きながら困ったように言う彼に、私は食い気味にさらに言う。
「こんなにご迷惑をおかけしてるので、私の気が済みません! 何かお詫びさせてもらわないと……」
「そう、分かった、じゃあ」
彼がこちらを見る。そして二コリと私に笑いかけた。
「近い休日、空いてるところある?」
「え? 来週土日とも空いてますが……」
「出かけるの付き合ってもらおう」
「え??」
私はぽかんとするが、透哉さんは立ち上がり首を回しながら続ける。
「昨晩で俺に慣れてもらった感じはあるけど、付き合ってるっていうならもう少しお互いの事知らないとボロが出るかなーって。名前呼びも安定しないし、もう少し練習に付き合ってもらおう。どっか出かけよう、その時お茶でも奢ってよ」
「……そんなのでいいんですか?」
「伊織の貴重な休日をもらうし、かなり大きなことでしょ」
そう私に笑いかけたのを見て、なぜか少し胸が鳴った。私の休日なんて、ほとんど寝てるだけだし何の価値もない。それより透哉さんの時間の方がずっと貴重なはずなのに。
……それにしても、確かに付き合っているフリをしているとはいえ、そこまで入念にするべきなんだろうか?
ぎこちないと演技がばれるかもしれない、という言い分は分かる。でも、昨晩の食事で随分私は慣れた気がするし、外出まで必要だろうか?
心の中でそんな疑問が渦巻いたが、私はあえて口に出さなかった。彼と出かける、という非現実的なことを想像すると、少し楽しみになっていたからだ。
今までミステリアスでどこか掴みどころがなかった透哉さんは、案外話してみると話しやすい。優しい人だというのは今までも分かっていたけど、それを再確認した。
もう少し彼と時間を共有してみたい、という思いはある。
「分かりました、私は勿論大丈夫です。よろしくお願いします」
「よし。出かける場所は適当に考えておくよ。あまり重く考えず、気軽に行こう」
あっさりまとまったものの、よくよく考えればかなり凄い展開になってるぞ。この一週間、何が起きている?
振られて、透哉さんが嘘の彼氏になって、お弁当作って、食事に行って、家に泊まって今度二人で出かけるなんて……どう考えても、普通じゃない。
「あの、透哉さん」
「ん? なに?」
「……なんでもないです」
開いた口を閉じた。何かを聞きたかったけど、何を聞いていいかが分からなかったからだ。
私はとりあえず流れに身を任せるしかない。彼のおかげで、平穏な日常を送れているのだから。
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