第10話 来なかった理由
翌日、普段通り出社した。
朝自分の席に着くと、少しして久保田さんがやってきて、開口一番私の誕生日を祝ってくれた。いい香りのするボディクリームをプレゼントにくれて、心からお礼を言った。
そして久保田さんは、にやにやとしながら私に耳打ちする。
「で。当日はどうだった? 楽しかった?」
三田さんと会えなかったことを知らない久保田さんは、やはり何かを勘違いしているようだった。私は苦笑いする。
久保田さんにはちゃんと説明しようとは思っているが、どうもここじゃ言いにくい。
「今日は一緒にランチ行きませんか? その時お話します。時間ありますか?」
「もったいぶるー! おっけおっけ、楽しみはあとにとっておくね」
そう笑っていた久保田さんだが、浮かない私の顔をして、一瞬あれっという表情になった。だが深くは追及せず、不思議そうに仕事に取り掛かる。三田さんからドタキャンされた、って聞いたら、久保田さん大きな声で批判しそうだよなあ。
そんなシーンを想像していると、三田さんが出社してきたのが視界に入った。
彼は体調が悪いそぶりもなく、笑顔でいつも通り挨拶をしている。ついそちらを見てしまうと、ぱちっと目が合った。すぐに謝罪の言葉が来るのかもしれない、と思った私だが、予想とは違った。
どこか気まずそうに、視線をそらされたのだ。
ずきり、と胸が痛む。
昨日会えなかったことを、恨んだりはしていない。別にいつも通りのテンションで、『昨日は本当ごめん!』って謝ってくれてくれればそれで終わりになる。なのに、なぜあんなに気まずい顔をされたのだろう。
私はパソコンの方に向き、三田さんの方を見ないようにした。仕事にとりかかろうとしても、上手く頭が回らない。やるべきことはたくさんあるというのに。
私何かしたかな。目をそらされるほどの何かを……
「おはようございます」
柚木さんの凛とした声がしてはっとする。完全に意識がどこかへ飛んでいたのを引き戻されたようだ。彼を見ると、いつも通りの様子で周りに挨拶を返している。その落ち着いた柚木さんを見て、不思議と心が落ち着くのが分かった。
そして、自分のデスクのすぐ横に置かれた紙袋を見下ろす。昨日借りた上着を返そうと持ってきたはいいものの、渡すタイミングが難しい。あの柚木さん相手だから、人の目があるところで返すのはどうもまずい気がする。
彼が帰った後、デスクの上に置いておこうか。それぐらいなら目立たず出来そうだ。私はそう心に決め、紙袋を目立たないようにそっと鞄で隠した。
その後いつも通りの仕事をこなし、時間が過ぎていく。朝ショックなことがあったが、仕事はそれなりに普段通り動けていてほっとした。営業という仕事上、外に出ることが多いのも幸いしているのかもしれない。
午前中の仕事を終えて会社に帰ってくると、丁度昼時になっていた。久保田さんと約束しているので、このまま食事に行くことになるだろう。とりあえず自分の席に一旦戻り、一度座り込んで一息つく。久保田さんはまだ外から帰ってきていないようだった。今後のスケジュールを確認しつつ待っていると、少しして久保田さんが戻ってきた。
「おまたせー!」
「お疲れ様です!」
「はー疲れた、午前中からトラブル続きでさあ。でも何とかなりそうだしよかった。さてさて、食べに行こうか」
「はい」
私は立ち上がり、カバンを手に持った。するとその時、離れたところから、甲高い声が聞こえたのだ。
「三田さーん! お弁当作ってきましたよ。食べませんか?」
ぴたりと、止まる。
その発言に反応したのは私だけではなかった。隣の久保田さんは勿論、部署内にいた人たちもみんなが振り返る。
ゆっくりとそちらに目を向けてみると、三田さんに寄り添う形で、お弁当を二つ持った森さんが笑っている。それを嬉しそうに見ている、三田さん。
今までとは違った何かを感じていた。呼吸が止まり、上手く息が出来ない。
「え、ありがとう、わざわざ」
「約束したから! 美味しいといいんですけどー」
仲睦まじく話す二人をしばらく周りは唖然と見つめ、しばらくして誰かが恐る恐る声を掛けた。
「え、三田たち……付き合ってるとか? いや、まさかだよな」
そう尋ねられ、嬉しそうに答えたのは森さんだった。
「そのまさかなんですー! 昨日から付き合いだしたんですよ!」
昨日からーー
久保田さんが信じられない、という顔で私を見てくる。いや、彼女だけではなかった。森さんの発言を聞いた他のメンバーたちの視線が、ゆっくりと私に集まってくるのを感じる。
いくつもの目に見られながら、私はただ立ち尽くしていた。
昨日から。ああ、そうか、昨日二人は一緒にいたのか。
そりゃ私との約束なんて守れるはずがない、彼女がいるのに、他の女と二人きりで誕生日を祝うだなんて、出来るわけないから。
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