第8話 彼からのメッセージ
それからは怒涛の日が続いた。
私は普段通り仕事をしているつもりでも、どうしても森さんの存在が気になって仕方がなかった。それでも、ミスをするわけにはいかないので必死に働いている。
森さんは持ち前の人懐っこさで、特に男性社員に気に入られていた。誰にでも気さくに話しかけるし、困っている時はすぐに頼る。私にはまねできない素直さがある。
指導係にはもちろん、いろんな人に気軽に質問をしていた。男性は嬉しそうに答えていたので、ああやっぱり、頼りにされるというのは彼らにとって嬉しいことなんだ、と思い知る。
『あの子は伊織と違って女の子らしくてかわいいから。伊織は俺に頼ることはしないし』
元カレの最後のセリフが何度も蘇る。もうここ最近は、思い出さなくなったはずなのに。
森さんは三田さんにも気軽に声を掛けていた。それと同時に、笑いながら自然と彼の腕や肩に触れていて、私は一度もそんなことが出来たことがないと愕然とした。彼女の女性らしさやモテるしぐさは、こういうところにあるのだと思う。
三田さんも嫌がるそぶりは見せず、笑顔を返していた。その様子を見て、胸が引き裂かれてしまいそうだった。
何を勝手に、と自分でも思う。三田さんは彼氏でもないし、自分が上手く振舞えないからというだけ。それでも心に渦巻いた黒いもやが大きくなるだけだ。
自分はこんなにも心が狭かったのか、とげんなりした。
そして、そのまま一週間以上が経ち、私は誕生日を迎えた。
今回は日曜だったので、仲のいい昔からの友人が食事に誘ってくれたり、家族もたまには実家でも帰ってきたら、と声を掛けてくれたが断っていた。今年の誕生日は一人じゃない。
……一人じゃない。
買ったばかりの服を開け、得意ではないメイクを研究して頑張り、不器用ながら巻いた髪。
あまり広いとは言えない九帖の1K。真ん中に置かれた小さなテーブルの上には、自分が広げた化粧品が所狭しと置かれていた。すぐ隣にあるベッドに、呆然と座り込んでいる。
時刻は十六時。
放り投げたスマホに、今先ほど届いたメッセージが表示されたままになっていた。
『今日行けなくなりました 本当にごめん 誕生日おめでとう!』
三田さんからの文章は、そんな短いものだった。届いた時、驚くより悲しむより前に、ああ私の誕生日、やっぱり知ってたんだなあ、なんて思うのが先だった。
こうやって断りの文句が来るだろうということは、心のどこかで分かっていたからだ。
三田さんから誘われた時、『また詳細は連絡する』と言っていた。でも、彼は結局何も送ってこなかった。困り果てた私は昨晩、『明日どうしますか』と送ったのだが今まで返ってこなかった。それでも、もしかしたら夜に出かけるかもしれないと思い、着飾った結果がこれだ。
ああ、せっかくおしゃれを頑張ったのに。私は今日、どこに出かける予定もないよ。
こんなことなら、友達の誘いに乗ればよかった。実家に顔を出せばよかった。せっかくの日曜の誕生日が、台無しだ。
もし三田さんが誕生日を覚えてくれてたら、告白してみようか……なんて思っていた自分がばかみたい。
「はは……ほんと、期待なんてするから」
膝を抱えると、目の前が滲んでくる。隣のスマホが音を上げた。覗き込むと、久保田さんからのメッセージだった。
『お誕生日おめでとー! 今年はプレゼント用意してあるから、明日渡すね。話も色々聞かせてよー』
ぐっとこぶしを握り締める。あれだけ私を励まして応援してくれた久保田さんに申し訳ない気持ちになった。明日、なんて話そう。
しばらくそのまま一人で泣き続けた。ひとしきり泣いた後、やっぱりおしゃれをしたのに一日中家の中では悔しい、と思い立ち上がる。
コンビニでもいい、ケーキを買おう。一人で誕生日祝いをするんだ、私ぐらいは私を祝ってあげないと、自分が可哀そうだから。
鍵をかけてアパートを出て、とぼとぼと一人で歩き出した。
だいぶ春らしくなってきて、まだ外は明るかった。それでも、昼間に比べたら夜はぐんと気温が下がるだろう。でも近くのコンビニに行くくらいなので、上着は持たなかった。ぼんやりとした頭で、ただふらふらと道を歩いていく。
しばらくしてついた一番近いコンビニは、なんとケーキ類が全て売り切れだった。何もかもが上手く行かなくて、さらに泣きそうになる。私は意地になり、もう一店舗見てみようと、さらに歩き出す。いや、ここまで来たら、ケーキ屋に行こうか。夕方なのでそれこそ売り切れている物が多いと思うが、シュークリーム一つでも手には入ればそれでいい。
そう思って当初よりだいぶ長く歩き、ようやくケーキ屋にたどり着いた。やはり売り切れも多く種類は少なかったが、いくつか残っているようでほっとする。
私の好きなショートケーキは残ってる。ああ、こうなればやけ食いしよう。三個ぐらい買って帰って、一人で食べてやるんだ。
私はそう決意し、店員にケーキ三個を注文した。正直なところ、全く食欲はない。それでも食べてやるんだ、という変な意地を張っていた。
店員に注文を終えたところで、後ろから自動ドアが開く音がした。特に気にせずぼうっと立っていると、
「岩坂さん?」
聞き覚えのある声がした。
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