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ある木造の住宅の一室だった。そこに白と黒の棒を並べた、一見すると同じような形状の物体を発見した。ただしそれはテーブル状の大きなものではなく、ちょうど人間の肩幅程度で、しかもノズルが出ているものだった。何かを注入することで目的の効果が得られるのだろう。しかし肝心の注入するものについては周辺に落ちていない。
スミスはそれを持ち帰り、サーバに問い合わせてみた。
ビッグボスとも繋がっているメインサーバには旧世界の全ての情報が保管されていると云われている。けれどスミスが問い合わせをするものの大半はデータが存在しないという返答をされる。以前と形状が異なるのか、それともメインサーバに残っているデータの方が欠損しているのか。
自己の解析能力には限度があったし、そもそも何の装置かを知る為にはそれなりの量のデータが必要だ。やはりオブライエンが言うようにデータの揃わない、詳細不明の装置については廃棄処分に回すという選択をすることが正しいのだろうか。
スミスは持ち帰ったノズル付きを手にし、その吸入口を覗き込む。ノズルは襞になっていて伸び縮みするが、ガソリンのようなものを入れるにしては素材に問題がある。
では水だろうか。試しに水を汲んできて流し込んでみた。けれどノズルの先の装置から漏れ出ただけで、何の変化もない。
それなら気体はどうだろう。といっても容易に手に入るものは空気しかない。空気を送り込んでみる。
やはり特に変化はない。
そう思っていたスミスの手が、白い板状のボタンに触れた。
突如、その装置から警告音が響く。
スミスは確かめる為、再度白いボタンを押す。だが今度は警告音はしなかった。
何度か試し、やがて空気を送りながらボタンを押すことで音を出す機械だということが判明した。ただ何の為に音を出すのかは、これだけでは判断が付かない。けれどもあの謎の装置もこれと同じく、音を出す機構が備わっているのではないかと推測が立った。
スミスたちは日中の作業を終えると仮設のベースキャンプまで戻り、低電力スタンバイモードへと移行する。人間でいえば休む、あるいは睡眠を取るという状態になる。中には電源そのものを落としてしまう個体もいたが、設備の整っていない環境下では一度落とした電源が再び入る保証はない。故に九割の個体はスタンバイモードで無駄なエネルギィの消耗を防ぐことになる。
また同時にバッテリィの充電も行うことが出来たが、十全にエネルギィがある訳ではなく、簡易の発電装置を用いての補助的なものでしかない。過剰な補充については厳しく制限されていた。
スミスはまだ朝が遠かったが、こっそりと休憩スペースを抜け出すと、地下駐車場へと降りた。暗い中をカメラ上部、ちょうど人間でいう額のところに埋め込まれたライトで照らしながら、彼が作業している場所に移動する。
そこには四本の足で立つ、黒くて大きな箱があった。一旦外側だけ材料を補って組み立てたのだ。まだ中身は空で、これからテストを繰り返しながら音を出すという目的の機能を復元させる。朝まで待ち切れない、という判断はどうにもロボットらしくないと評価されるが、彼にとっては朝や夜というのも人間が決めたもので、ライトが必要か必要でないかの差でしかないのに、何故彼らには日中の活動と夜間の休養が義務付けられているのだろうとしか思わなかった。
ノズル付きが音を鳴らす仕組みは白や黒の細長いボタンを押すことでバネが伸び、中に僅かばかりの空間の大きさの変化がある。そこを空気が抜けることで音が出るようだ。しかしこの黒い箱にはそんなものはない。空気を入れる機構が欠損しているのかと考えたが、やはりノズル付きのように外部から吸入する機構そのものが最初からないのだと結論付けるしかなかった。
音というのはスピーカーであれば電磁石によって振動板を震わせることで音として認識される波を発生させる。その観点から調べてみると、ノズル付きにも振動する板が、こちらは横に長いものが内蔵されていた。黒い箱の中はというと、ノズル付きよりもずっと大きな、なだらかな山のような形の板が存在する。その上にワイヤーが何本もピンで留められていたが、今は解体し、一つもない。そもそも張る為のワイヤーが不足していた。
それでもスミスは試しに一本、残っていたワイヤーを張ってみる。白いボタンを押すとその先にあるハンマーがワイヤーを叩く。そのワイヤーの先には小さな木の板が付いていて、それが黒い箱の大きな振動板に繋がっている。だが音は鳴らない。やはり幾つも部品が足りないのだろう。
結局明け方まで残っている部品の取り付けと不足分の計算をして、全体の作業再開時刻を待ってから、同じ型の装置の探索と、ワイヤーの収集、あるいは作成の作業に出かけたのだった。
全ての部品を揃えてその音の鳴る箱の復元を終えたのは、全体の作業の撤収が宣告された一月後のことだった。
集合時間に遅れることを承知で地下駐車場に降りると、ツギハギで作った覆いを外して、完成品を露出させる。何という名の装置か知らないが、かつて人類がこれを使って音を慣らしていたであろうことを想像しながら、白と黒の細長いボタンが並ぶのを押した。
音は振動板を通してこの箱全体から出ているようで、思いの外大きな音が響いて、誰かがやってくるのではないかと警戒したが、誰も姿を見せない。
スミスは白と黒、合わせて八十八あるそのボタンを左から順に押していった。それぞれが出す音の波長はバラバラで、これらの意味も理解出来ない。それでも押すことで色々な音が鳴るというのは、スミスに不思議な感覚をもたらした。
五分ほど鳴らした後で再びツギハギで覆うと、スミスは何事もなかったかのようにその場を立ち去る。次の作業エリアはどこだろう。どれくらいここから離れた場所だろう。そんなことを推測しながら、スミスは再びここに戻ってくるつもりだった。
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