こんな修行があっていいんすか?

 修行、それは悟りを目指して心身浄化を習い修めること。

 修行、それは一切の欲望を断って心身を鍛錬すること。

 修行、それは武芸などを磨き練って自己を鍛えること。


 修行という単語を軽く調べた感じ、大体こういう意味らしい。

 なるほど確かに修行だ。これこそ修行だ。


 じゃあ、俺が毎日やってるのは何だろうか。ただの極楽じゃないか。

 

 というわけで俺は今現在、修行とは名ばかりの何かを裏山の秘密の修行場にて行っている真っ最中だ。

 状況を詳しく言えば陽咲の手を握っている。指を絡めている。至福だ。


「なあなあ。結構俺も調整出来るようになってきたよな?」

「う、うん……っ!いいと思う〜っ……!」


 顔全体をトマトみたいに赤くしている陽咲が俺の方を見もしないで大袈裟に頷いた。

 その仕草からして多分コイツは何も分かってない。

 ただ何か音が聞こえるから、適当に返事をしてるに違いない。

 

 カラオケの電話と一緒だ。

 大体はお時間五分前ですって言ってるんだろうけど、人の歌声で全然聞き取れないからね。

 いつも適当にはい!分かりました!とだけ感覚で言ってるけど、度々延長になっていないか心配になる。

 今の陽咲は完全にその時の状況と一緒だ。


「なあ、ホントに思ってる?」

「お、思ってる、思ってるよ〜っ……!!」


 握る手に汗が滲む。陽咲の体温がどんどん上がってきている。

 尚も強く頷き続けている陽咲がやっと俺の方を向いた。

 上気した頬。潤んだ瞳は目尻が垂れていて、とても可愛い。心にグッとくる。

 吐息すらも何故か甘く感じて。てか、甘い。


「じゃあ、もっかい火のヤツ頼む。魔力の放出は常に全力で頼む」

「……わ、分かったから〜……っ!」


 空いてる方の陽咲の掌から小さな炎の塊が現れる。

 あの陽咲が全力で魔力を込めているというのにその大きさはピンポン玉くらい。俺の努力の賜物だ。

 こっから微調整を繰り返して、徐々に出力を上げていくのが今日の修行内容となる。


「少しずつ……少しずつ……」


 ピンポン玉から野球ボールへ。

 野球ボールからソフトボールへ。

 ソフトボールからハンドボールへ。

 ハンドボールからバレーボールへ。


「……あー、頭が疲れる……」


 ミリ単位で行っているので、調整はとても難しい。

 頭の中がこんがらがりそうだ。沸騰しそうだ。

 でも少しでも調整を間違えたらド派手に暴発させかねないので、集中集中。

 陽咲に裏山を焼き払わせるわけにはいかない。


「シュウ、大丈夫……〜?」

「へ、ああ……おっぱいがあれば頑張れるかも。なんつっ」

「あぅ、……分かったよ〜……っ」


 え?今なんて?分かった?分かったと言ったか?


 その直後、もにゅう〜っと俺の肩に触れる弾力は、マシュマロとは比較にならないものだった。

 こうさ、肩が沈むっつーか呑まれるっつーか……え、これ陽咲のおっぱい?


「ど、どう〜……?がんばれそ〜っ……?」


 頑張ってこう……俺の肩に自分の胸を押し付けながら控えめに尋ねてくる陽咲は正直、超エロかった。


 陽咲!いやっ陽咲さま!本当にありがとうございます!

 

 ってまずい、違う方が暴発しそうだ。我慢しろ。

 当てられてるだけで果てるなんて、恥にも程があるだろう。耐えろ。


「今なら世界を救える気がする」

「お、大げさだよ〜っ……!」


 頭が一気に冴えた。超集中モードに入っている。

 これは完全にゾーンだ。ゾーンでしかない。

 能力が手足のように扱える。指を動かす時のように細かな力の調整が可能になっている。

 固有魔法の使い方を本能で理解し、反射的に使えている。


 バレーボールからサッカーボール。

 サッカーボールからバスケットボール。

 バスケットボールからボウリングの球。


「手に取るように分かるぞ……サイズが、大きさが……っ」

「けっこう大きいもんね……っ」

「な、おっぱいおっきいわ」

「も〜っ……!そっちじゃないよ〜っ……!!」


 あ、炎の話だったの?

 俺はてっきりそっちの話かと。


「シュウの……えっち〜……っ」

「それはお前が一番知ってることだろ」


 にしてもちょっとマズい。

 あ、魔法の方は全然、むしろイージーなんだが。

 今の俺は能力の調整は余裕で出来てるし。

 感覚の九割を肩の方に集中させていても、何ら問題ないぐらい。

 

 それよりも、修行を中断して押し倒したくなってる俺がいる。

 非常にマズい。下半身が繋がりたがってるんだ。

 だが待て落ち着けよ、我が息子。頼むから。

 お前の調整だけはいつだって難しいな、ちくしょう。


「よし、止めていいぞ」


 裏山で出せるギリギリまで炎の塊を大きくした辺りで、修行の終了を陽咲に伝える。

 勿論、断腸の思いだ。心は泣いてる。おっぱい無くなるの寂しい。


「うん……お疲れさま〜っ……!」

 

 陽咲の手からパッと炎が消えた。

 そして俺の肩からはパッと弾力が…………ある。

 あるのだ。弾力が、胸が、乳が、おっぱいが。

 たぷん、ぷに、むにゅっと、幸せが当たり続けているのだ。


 これはわざとか?それとも当ててることも忘れてるのか?

 普通にアホだから後者も大いにありうる。

 だとしたら下手なことは言わない方がいい。

 止められてしまう可能性がある。

 この場合取るべき行動は、正解は沈黙。


「………………星が、綺麗だな」


 放課後から始まる修行なので夜になるのもしばしば。

 裏山というロケーションのために星空がとても綺麗に見えるので、そっちに陽咲の注意を向けさせることにした。


「うんっ!キレイだね〜っ!」

 

 作戦は見事に成功。流石は俺だ。頭が良い。

 だが、今の俺には空のゴミ屑なんて見てる暇はない。

 肩の乳が何より大事だ。この弾力を手放すわけにはいけないのだ。


「あれがデネブ。そんで近くの二つがアルタイルとベガ。いわゆる夏の大三角ってヤツだな」

「シュウってやっぱり物知りだね〜っ」


 ほぼとある曲の歌詞だけどな、今のは。

 まぁでも、他の星座もある程度は覚えといた。

 こう言う時のために脳をフル活用した。


 北斗七星。アークトゥルス、スピカ。春の大曲線。

 アンタレス。さそり座。北極星。

 プラネタリウムみたいにそれらを指差しながら説明してる間も、常に意識は肩。肩にしかない。

 今の俺は肩だけで生きてる生命体だ。


 星も確かに綺麗だが、おっぱいの方が俺はダントツで好きだ。

 この弾力は何よりも素晴らしい。揉みたい。

 でも俺の肩に指は無い。何故だ。進化しろよ、俺。

 

 まあそれに……星よりも綺麗なものがすぐ隣にあるしな。

 何だそのキラキラした顔は星よりも輝いてんだろ。


「……ふぇ……?」


 ん?あれ、何だその反応は?

 え、もしかして今の声に出てました?


「……ば、バカぁ〜っ……!シュウのえっち〜……っ!!」


 陽咲が勢い良く立ち上がったかと思えば山を駆け下りていく。

 胸元を押さえて裏返ったような声を上げながら、とんでもない速度で保健室の方へと向かって姿を消した。

 

 あ、おっぱいの方が口に出てたんだな。

 あっぶねー、良かった。良くないけど良かった。


「周一はデリカシーが無いのう」

「見てたのかよ」

「良い雰囲気だったというに、勿体ないことをしたな」


 どこからともなく現れた真帆が俺の隣に座ると、哀れみの目を向けてきた。


「あの雰囲気で何やかんや押し倒しておけば……いけただろうにのう」

「え、やっぱそう思う?」

「そりゃそうだろうて。今頃この場で獣のように盛っておったわ」

「だよなー……あー、何で俺は……くそ……っ」

 

 ヘタレの自分に腹が立つ。

 拳を握って地面を殴りつけた。何度も何度も殴った。

 手が痛くなった。この痛みを戒めとして覚えておこう。


「全く……周一は本当に仕方がないのう」


 慈愛と呆れの混ざった眼差しで、真帆が俺の頭を撫でる。

 年齢が幾ら上だろうと見た目子どもに頭を撫でられるのは、やっぱり何か屈辱的だ。

 でも、その手を払いのける気は今は起きなかった。


「だが、あのウブな生娘きむすめ相手では……そうはならなかったかも分からないのう」

「陽咲はベテランのお前とは違うんだよ」

「失礼なことを言わんで欲しいぞ。我も生娘だ」


 え、そうなの?てっきり百戦錬磨の武将モノノフかと思ってた。精を搾って生きてるタイプの。


「この三千年、我が身体を委ねるに値する者がおらんかったからのう……」

「そりゃ随分と高いハードルを設けてんだな」

「周一を除けば、だぞ」


 心が高鳴る台詞やめてよ。トクンッてするから。


「大きくなる魔法はいつ使ってくれんの?」

「すまん。あれは嘘だ」


 やっぱりな、だろうと思ったよ……くそ、残念すぎる。


「だが我の身体も少しは魅力があるだろう?この白くてスベスベしてる肌とか」

「小学五年相当の身体に俺は興味を持たないし、持っちゃいけないと思ってる」

「変なところで倫理観はしっかりとしているのだな」


 当たり前だ。逮捕されたくないもん。

 世間体とか色々あるけど、何より狭い檻の中でむさ苦しくて恐ろしいおっさん達に囲まれて過ごすのだけは絶対に嫌だ。

 考えただけでゾッとするし、死にたくなる。


「でも我三千歳ぞ?ガバッと来ても逮捕されぬぞ?それに同意の上だぞ?」

「同意の上だろうと星空の下でお子様ボディに襲いかかってみろよ。二度と胸を張って生きていけなくなるぐらいの蛮行だろ。星を見るたびに罪を思い出す人生は御免だね」

「その星を利用してあの娘の乳を堪能したのをもう忘れておるのか?」


 ウッ、たまに痛いとこ突いてくるんだよな。


「およよ……我はなんて可哀想なんだろうのう……三千年の人生で初めて好いた男に欠片も興味を持たれず……そして周一が死んだ後はまた無為に数千年の時を過ごしていくのだな……よよよよ……」


 近年稀に見る典型的な泣き落としだな、おい。

 袖で顔隠してるけどお前泣いてないだろ。声のトーンで分かんだよ。


「興味が無いって訳じゃねぇよ。ただ胸が無いってだけで」

「普通に最低な台詞だの」


 マジでなんで発育だけ悪いんだお前は。

 三千年の歴史を身体で表してくれよ。バシバシ表せよ。

 そしたら今頃星の下で見事な星座になってたね。

 俺のアルタイルがデネブにベガってしてたね。


 本当に身長と胸さえあれば文句無しなんだけどな。顔は普通に可愛いし。

 それに魔法キッカケとはいえこうも積極的に女サイドから来られると……男の俺としては超嬉しい。モテモテになってる気分。

 イケメンって常にこんな気分なんだな、それってズルくね?許せねぇなぁ!

 

「しゅ、周一……そんなにマジマジ見られると流石に照れるぞ……?」


 世界の不条理を嘆いている間、俺はついつい真帆を見過ぎてたらしい。

 気恥ずかしそうに伏し目がちに顔を逸らす真帆の仕草からは犯罪臭しかしなかった。法が過激な国ならこの時点で逮捕されてるぐらいの。


「……わ、分かった周一……我脱ぐから……あれだけは……あれだけは……」

「あれってどれ?俺は悪代官か何かか?」


 何で震えてんだお前は。人を勝手に鬼畜にすんな。

 この場を誰かに見られてたら確実に俺の社会的地位が底に落ちるだろ。もはや底突き抜けるだろ。


「のう……周一」

「どした?」


 真帆がずいっと急に距離を詰めてきた。

 何事かと思えば、そのまま抱きついてくる。

 ひときわ柔らかい感触は……特に無い。やはり慎ましい。


「周一は不思議だのう……我が人の子よりも遥かに長き時を生きていると知っても特段怖がったりもせん。何故だ?」

「何千年生きてようが恐れる理由にはなんないだろ。寿命なんて人それぞれだし。んなこと言ったらお前知ってる?不老不死のクラゲってのもいるらしいぜ?本当か知らないけど五億歳とかどうとか」

「いや、……知らんのう」

「だから別にって話。そのクラゲが怖いかって言われたら全く俺は怖くない。だからお前が何歳だろうとどんな存在だったとしても、どうでもいい。そんだけだよ」


 でも、そういうのを怖がる人がいるってのも当然理解できない話じゃない。

 三千年も生きてりゃ俺には想像もつかない経験もたくさんあるだろう。

 迫害か何かでも真帆が過去に受けてた可能性は大いにある。

 その辺は易々と踏み込んでいい領域じゃない。俺が言えるのはこんだけだ。


「……ま、真帆さん?」


 ギシギシと骨が軋む音がする。

 それが何なのかと言われれば、答えは一つ。

 鯖折りだ。真帆の抱きつく力がとんでもないものになっているせいだ。


「周一、我は身体を大きくなる魔法……絶対に開発するぞ」


 真帆が俺の胸板に頬を押し付けながら、強い意志のこもった瞳で見上げてきた。

 その瞳を見ているだけで、とてもとても胸の奥から込み上げてくるものがある。


 それは、


「そ、それは是非とも……応援させてく……れ……がはっ……」


 血だった。

 

 あ、これアバラ逝ってるわ。ギシギシからベキベキになってるもん。

 視界がどんどん暗くなる。星の輝きすらもう見えない。


 一話挟んでまた失神エンドって、もってくれよ……俺の体。

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