魔法の才能

「起立!礼!」

『お願いしまーす!』

「着席!」


 朝っぱらから怒涛の勢いで酷い目にあったが、何だかんだで五時間目まで俺は乗り切った。

 だがもう満身創痍だ。心も身体も疲労のピークを迎えている。

 また不登校になりそうだ。てかなってやる。学校なんてもう知らん。最低でも週一ぐらいで行けば問題ないだろ。周一だけに。なんちゃって。

 

 そうやってレジスタンスの再開を固く心に決めていた俺に更に降りかかる災難。

 今から始まる授業こそが、

 

「うむ、では始めていくぞ。これで我の講義も四度目になる。そろそろ貴様らも慣れてきた頃だろうて?」


 俺の二週間に渡る激闘の原因となった魔法に関してのものだ。


「西田くん西田くん」

「おや、どうかしたかい高月くん」


 今現在、俺は教科書を消失……じゃなくて焼失した事により、隣の席の男子である西田と机をくっ付けている。

 他のクラスの知り合いから教科書を借りるのをすっかり俺は忘れていた。

 でもそれは仕方ない。そんな事に頭を回せる余裕は無かった。もう炎と氷と雷は懲り懲りだ。

 

 陽咲から強制的に奪い獲る手もあったが、同じクラスでやるにはリスクが高すぎる。

 だってもし書いてある名前でも見られたら俺が怒られるだろ、確実に。イジメと勘違いされるかも分からん。

 元々はアイツが悪いから納得はいかないが。


「あの早すぎる反抗期とハロウィンを迎えているお子さんは誰でしょうか?」

「見ての通り魔法の先生だろ」

 

 俺が指差した先にいるのは、魔法使いのコスプレをしている小学生ぐらいの子供だった。堂々とした態度で教卓の上に偉そうに座っている。

 

 本当に典型的な魔法使いの見た目だった。

 

 あの無駄に先っちょが長い帽子とか真っ黒なローブとか、目を閉じて魔法使いを思い浮かべよと質問された時に誰もが一番にイメージするだろう格好。

 膝辺りまで伸びてる紫色の長髪に、同じく紫色の瞳。ギラリと覗く犬歯は鋭く、子供には似つかわしくない無邪気さの欠片も無い表情をしている。

 ラノベのキャラ的に言うと、数千年は生きてる仙人的なヤツだと思う。言葉遣いがモロにそれだし。


 おいおい、ロリっ娘仙人系魔法使いが先生だと?

 保健室にはクール系お姉さん先生もいるし……一体いつからこの世界は学園ラブコメに変わったんだ?

 魔法が現実になったらその瞬間に世界はアニメに変わっちまうのか?

 

 なら勿論、主人公は俺なんだろうな?

 他人がモテモテになって世界を救ってる姿なんて絶対に見たくねぇぞ。

 この学校からハーレム主人公が出ようもんなら絶対ソイツはイジメてやる。上履き隠してやる。シャー芯全部折ってやる。机に彫刻刀でうんこの絵を刻んでやる。


「おいっ……おい、高月」

「何だよ?今俺は敵について考えてんだから放っといてくれ」

「あーあ、しーらね。めっちゃ怖いんだからな」


 いつの間にか俺は長々と考え込んでいたらしい。

 隣の西田によって現実にまた戻される。何かを恐れている様子だった。

 

 それが何なのかを考えようとした俺に、前から影が差し込む。


「ほう、貴様が我の高貴なる講義を受ける希少な機会を三度も逃した愚か者か。その阿呆面、拝みに来てやった。感謝せい」


 声が聞こえた。日常で聞くことの無い傲慢な話し方だった。

 

 仁王立ちしている子供が俺を見下すように真正面に立っていた。

 見下ろすじゃなくて、見下すだぞ。

 まるでゴミ虫を見るような目だった。


 確かにサボった俺が悪いかもしんないけど、そんな目で見られたら傷付くって。

 刺々しいを越えてる。剣山だよ、もはや。


「そりゃどうも、わざわざありがとうございます。阿呆面こと高月です。お嬢さんのお名前は?」

「ほう貴様、中々肝が据わっておるの。我が名は魔竺まじく。その足りなさそうな頭に良く刻んでおく事だの」

「ってことは、下の名前はマホだったりしませんか?」

「よく分かったの。魔竺真帆だ」


 マジック魔法じゃねぇか。

 ヒ◯アカ世界の名付け方かよ。

 絶対世界最強クラスの魔法使いじゃんこの子。


「片付けよ。はよせい」


 腕を組んでいる魔竺(先生と呼ぶには違和感しかない)が俺の机の上を睨みながら、急かすようにそう言い放つ。

 数秒でも遅れたら筆箱やノートを強制的にキックでリングアウトさせられそうだったので、俺はいそいそと言われるがままに大人しく片付けた。


「これでいいですか?」


 片付けが終わると同時に、机の上から紫の光が溢れ出した。

 目線をその光の方に向けたら、そこには八芒星の魔法陣らしきものが描かれている。

 

「それに両の手をつけよ」

「こうですか?」

 

 また言われるがままに俺は動く。

 初めて知ったが魔法陣は温かいらしい。

 寝起きの布団ぐらいの温もりだった。


「ゆくぞ」


 ブワッと光の量が一気に増える。

 目を開けていられないぐらいに眩しい。

 そんで掌が熱い。目に見えない何かが俺の身体に入ってきている。

 

 多分、これは魔力だ。MPだ。マナだ。

 俺は今魔法使いにジョブチェンジさせられているんだ。

 ただの教室で人の人生を変えようなんて……魔法社会、やはりロマンを分かっていない。

 こういうのは仰々しい神殿で包容力に満ちた巨乳のあらあら系女神さまにやって貰うもんだろうが。


「ほれ、終わりだ。もう手を離して良いぞ」

「……はぁ、はぁ……腕が、疼…かない?」


 二十秒ぐらいしたら光が収まり、魔法陣が消えて、机がただの茶色い板に戻った。

 掌から全身に駆け巡っていた熱も一瞬にして消え去る。

 まるで何事も無かったのように、全てが元通りとなった。


「今から一つの詠唱を教える。我の後に続いて唱えるがよい」


 魔竺が何の気なしに、当たり前のように、そう言った。


 詠唱、か。遂に俺も魔法を使うことになるのか。

 はぁ……ごめんよ、ハ◯ー……俺の額にNの文字は無いけど、魔法使いにならないといけないみたいだ。


 自嘲気味に溜め息一つ。肩を落としながら視線を周囲に向ける。

 一つ右の列、三個前の席に座っている陽咲が眉を八の字にして、俺の方を見ていた。

 

 やれやれ、アイツに心配される日が来るとは。

 あ、レジスタンス中にも心配はかけてたか。

 扉も窓も完全に閉め切って引きこもってた二週間、陽咲が家に来てくれていたのは知ってる。

 まあ……普通に俺の家で飯食って、ほくほく顔で帰ってたみたいだが。帰る時には来た目的も忘れてたんだろうな。


「闇よりいでし混沌が、この世を喰らい尽くし、闇の時代が巻き起こる……暗黒時代到来ダークネス・エイジ。ほれ、リピートアフターミー」


 え、何その……詠唱は……?

 

 おいおい、おいおい…………カッコ良すぎんだろ。


 仕方ねぇ。陽咲にカッコ悪いところは見せられないからな。

 あのアホが天才だというのなら、俺は大天才になってやる。

 

 べ、別に、うわぁ……魔法使ってみてぇー!なんて考えてないからね。

 だって厨二病は完治させたもん。黒いコートを着て鏡の前でポーズを取ったりなんて、ここ半年は一度もしてないんだ。

 ただやらなきゃならない状況だから、俺は心を押し殺して魔法を使うだけだ。だけなんだ。

 

 ごめんよロマン。今だけは、……お前を置き去りにすることを許してくれ。


 俺は深く、深く、酸素を吸い込んだ。

 そして歌舞伎の見得もかくやといった勢いで、


「闇より出し混沌がぁッ!!この世を喰らい尽くしィッ!!!闇の時代どぅあッ!!巻き起こるぅぅう!!!ここに顕現せよッ!!ダークネェェス!!エイディッッッッ!!!」


 しゅういちは、ダークネスエイジをとなえた。


 ……………………………………………………


 しかし、なにもおこらなかった。

 しゅういから、わらいごえがきこえる。


「…………………」

「ぷぷっ……!すまん、今の詠唱はまるっきりの嘘だ。許せ」


 許すかボケ。許せるわけないだろうがボケ。

 ガン◯ーがブレ◯キングダウンに出るぐらいありえねぇーよ。絶対に許さないぞ。絶対にだ。


「それに勝手なアレンジを一つ加えとったろ?ここに顕現せよ……だったかの?くくく、……今度新たな魔法を開発した時にはその詠唱を入れといてやろう。光栄に思え。引用元・高月周一で魔導書に顔写真と共に載せとくぞ」

「本当にやめて下さい。変な落書きされて笑い物にされる未来しか見えないんで」


 穴があったら入りたい。引きこもりたい。

 なんでさっきの俺はあんなにノリノリだったんだ。

 完全にのめり込んでた。この恥辱はロマンを置き去りにした罰か。

 

 でもよ、暗黒魔法だぜ?男子が好きな魔法ランキング一位だろ。

 俺が悪いっていうか、社会が悪いだろ。社会が。


「安心せい。次教えるのは正真正銘実在する詠唱だ。我を信じよ」

「今一番信じられない言葉を言ってる自覚はあります?」

「行けたら行くよりはマシだろう?」

「ほぼ同じ信頼度だと思ってください」


 行けたら行くと双璧を成す言葉が存在するとは思わなかった。

 絶対に信じてやらねぇ。教科書を見ながら本当に存在するか調べておかないと。


「紅き蹂躙燃え盛り……森羅万象を、灼き尽くせ」


 あ、それ朝に聞いた記憶がある。


「ほれ、貴様の番だ」


 そう言う魔竺の手の中で、炎の塊はメラメラとしっかり燃え盛っていた。

 ちゃんと実在する詠唱らしい。嘘は言ってないみたいだ。


 なら、俺がやるべき事は一つ。


「紅き蹂躙燃え盛り、森羅万象を……灼き尽くせ!」


 一字一句間違えずに、変なアレンジも入れずに、確実に俺は詠唱をまっとうした。


 …………………………………………


 しかし、なにもおこらなかった。


 マッチ棒サイズの火すらも、俺の手からは出てこない。

 さっきのような周囲からの笑い声も全く無い。

 ありえないことが起きている時の反応だった。

 1+1の足し算が出来なかったぐらいの感じ。

 え、なんで出ないの……?とか、そういう反応。


「…………あのー、……?」

「くくく、くくく……!……お主は普通じゃないのう……!」


 静寂の中で魔竺だけが何故か愉快そうに笑っており、珍獣でも見るような目を俺に向けていた。

 普通じゃないっていうのは、この場合は絶対に良い意味の方じゃない。

 

 なら俺は……魔法が一切使えないってことか……?


「…………」

「おい、高月。そんな落ち込むなって……っ」


 椅子にガタンと座り込む。

 哀れに思ったのか西田が俺を慰めてくれているらしいが、その言葉は俺の脳までは届かない。


 俺が最も恐れていた事態が起きた。

 これは魔法が実在すると聞いた時から、俺の心の奥底で常に揺れ動いていた焦燥感の正体そのもの。

 空想やファンタジーってのは、いわばリアルな現実からの逃げ場だ。

 魔法が実在するってなったら、必然的にその逃げ場の一つが失われる事になる。

 

 特に自分に魔法の才能が無いなんていうのは、目も当てられない最悪のパターン。

 寝る前や授業中に行う妄想の中で、俺は常に最強の魔法使いだった。

 でもそんな妄想をもう二度と俺は出来ない。


 何故ってそりゃ、魔法が使えないからだよ。

 そんな状況で最強の魔法使いを妄想しても、虚しさだけが残っちゃうだろ。

 サッカー出来ないくせにサッカー選手になってバロンドール取ってモテモテになる妄想とか、それと同じ類になっちまうんだよ。


 あーあ、マジかよ。俺MPゼロっすか。

 これからは魔法アンチの凄腕剣士の妄想でもしないといけないな。

 襲いかかる全ての魔法を剣技だけで断ち切って、無能力で世界最強!みたいな感じの。


「気を落とすでない。胸を張れ、そして誇れ。お主は三百万人に一人いるかいないかの希少な存在なのだからな」


 いつの間にか魔竺が俺の机の上に座っていた。

 教卓に座っていた時みたいに堂々と、偉そうに、俺を見下ろしている。一応の気遣いなのかブーツは脱いでいた。

 

 今の言葉を聞いて一瞬褒められてるように勘違いしかけたけど、単に悪い意味で激レアってことですよね。

 偏差値80以上と偏差値30以下の関係と同じだ。

 平均値から離れすぎてると、上も下も同じくらい数少ない存在になる。

 俺は魔法界じゃ底の底のドン底の存在と言われてるに等しい。


「もっと顔を上げよ」


 中身は知らないが見た目は十代前半の子供の素足。

 そのつま先が俺の顎に添えられて、ぐいっと強制的に顔を上げさせられる。

 

「生徒の顔を足蹴にしていいんですか。教育委員会に訴えられたって知らないですよ」

「蹴っとらんだろう。それに靴も脱いだからの。我はただお主の顔を改めて見ておこうと思ってな」


 上から真っ直ぐ向けられている紫の瞳は俺の何もかもを見透かそうとしているように見えて、とても落ち着かない。

 あとかなり屈辱的だ。ロリコンなら大歓喜だろうが、あいにくと俺にその趣味は無い。

 こういうのは保健室の友希先生にして貰いたいもんだ。それならご褒美って感じするし。

 まあ別に俺はマゾヒストでも無いんで、ノーマルな感じが一番いいんだけどさ。


 にしても、本当に魔法が使えないってのは珍しいらしい。

 魔竺の目が全然俺から離れない。少し照れるレベルだ。

 でもよくよく考えたら三百万人に一人って同い年だと他に誰もいないぐらいのレアキャラだもんな。

 そりゃこの魔法極めてます、みたいな雰囲気出してるヤツからしたら、俺が貴重な生き物に見えるわけだ。

 現代人が原始人を見つけたようなもんだ。嫌でも目を引く。


 そして……周囲の目も引いてる。

 注目を集めてるとかじゃなくて、文字通り引いてる目だ。

 公開処刑だ、こんなの。市中引き回しの刑と同じだ。


 時たまズルいぞとか羨ましいぞとかふざけんなとか、そう言うのが後ろから聞こえてくるけど、変わってくれるものなら是非とも変われ。

 当事者になれば分かる。周りの顔なんて怖くて絶対に見れない。

 見なくても何故か右斜め三個前の席から凄いオーラが出てるのは分かったが。


 おい待て、あの悲劇また起きるの?

 三度目の正直であれよ。二度ある事は三度あるは勘弁してくれ。


「分かり易く女難の相が出ているの」

「その片棒を担いでいる自覚はあります?」

「くく……すまん、すまん。さて、続きといくぞ」


 どうにか、何かが起きるよりも先に魔竺が机から降りてくれた。

 

 で、また俺は立たされた。他の詠唱をさせられた。

 何種類もやらされたが、ことごとく失敗に終わった。

 本当に俺には魔法の才能がこれっぽっちも無いらしい。

 俺が失敗する度に魔竺はうんうんそれで良いんだよと言わんばかりに大袈裟に頷いていて、それはそれは嬉しそうだった。

 俺の不幸がそんなに美味いのかよ、ちくしょう。

 

 そっからは良く覚えてない。

 ただ恥ずかしかった。恥ずかしすぎた。

 授業が終わるとクラスの連中に凄い優しくされた。気遣われた。それも恥ずかしかった。

 六時間目は机に突っ伏して、真っ赤な顔を隠すので必死だった。あと涙も。

 

 帰り道は陽咲に「魔法なんか使えなくたってシュウはシュウだよ〜っ!!」みたいな事をひたすら言われていた気がする。

 陽咲の裏表のない優しさが傷心中だった俺の心に良く沁みて、柄にもなく抱き締めてしまったような気がするけど、きっとそこは夢だ。夢であれ。頼む。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る