第66話 日は沈み幕が開ける

「フィア、そろそろ日が暮れる。起きて仕度をしないといけないだろう?ーーーん、おはよう?」


 私の目覚ましは、いつからイケボな声になったのだろうか。

 唇に柔らかな感触。耳朶を擽る低い声が、甘く起床を促す。


 その声をもっと聞いていたい、と思った時、ハタっと我に返る。

 ちょっと待って!?目覚ましの音ってけたたましいベルの音じゃなかった?スマホの設定をーーーあれ、スマホ?この世界にあったかな?

 この世界?ああ、そうだった。


 ーーーじゃぁこの声は?


 混濁していた記憶が、眠気が遠のくのと比例して整理されていく。


 重い瞼を開ければ、そこに見える太陽を閉じ込めたトルマリンブルー。


「••••••ラインハルト?」


 ブルーの中に金色を煌めかせながら、フッと微笑みの形に目を細める美貌は、間違いなくラインハルトだ。


 薄い紗の天蓋が、淡く夕日に染まり、私はここがガレールではないことを認識する。


 そう言えば、夜に行われる儀式の為に、仮眠を取っていたんだっけ。緊張で眠れなかったし。


 もそもそと起き上がると、メルガルドが良くお休みになられましたかって、お茶を入れてくれる。

 ラインハルトがちょっとだけ訝しげな表情で首をコテっと傾げた。


 ああ、そうか。毎回のやり取りーーー何でここに!?とか眠る時は私だけだったよね!?とか、言ってないからかな?


 今はそんな事言える余裕すらないのですよ、ラインハルトさんや。

 その割のはお昼寝爆睡してた気もするけど、そこはほら、ここ三日くらいはあんまり眠れなかったしね!?


 私はアイリス達に促されて、熱いシャワーを浴びて幾分スッキリすると、ディオンストムが用意してくれた果物をつまむ。

 濡れた髪はカリンが乾かしてくれるので、背中を預けたまま、私は小さくハートカットされた林檎をシャクシャクと咀嚼する。


 果物はモリヤが飾り切りしたようで、見た目にも楽しい。執事レベルがアップしたなぁ、モリヤ。

 聞けば、セバスチャンに弟子入りしていたとの事。おおぅ、皆それぞれできる事を頑張っていたんだね。


 私も頑張って来たよ!でもこの後の事を考えるとチキンな心臓が押しつぶされそうで、胃もキューッとする。


「ティティは、どうしてるの?」


「隣の部屋で仕度をしてる。緊張している様だが、技芸が付いているんだ、大丈夫だろう」


 そうだ、ティティだって緊張しないわけないよね。

 でも、それを御してーーー舞競いをしてくれる。舞比べとも云われる、ある意味、持久戦の要素もあるのだ。

 そんなティティの苦労を無駄にする訳にはいかない。


「ーーーーうん、そうだね」


 ティティに頑張ってもらうのだから、私もしっかりしないと。

 私は萎えかけた食欲を叱咤して、バナナを齧った。




 私の仕度を手伝いながら、メルガルドがランプに火をいれていく。

 開け放たれたバルコニーへ続く扉のずっと向こうに、海へと帰る夕日が空一面を紫色に染めている。


「お前の色だ。夜になる•••終わりを告げる色。ーーーそして朝になれば、始まりを示す色でもある」


 そう言ってラインハルトの指が私の耳輪をなぞると、パチン、と音を立てて離れた。

 鏡の中の私の耳に、金色とも銀色とも付かぬ、白金にも見える、太陽の光色のイヤーカフがキラキラと輝いている。

 細く繊細な鎖にぶら下がっているのはラインハルトの瞳と同じ色で出来た、花の形にカットされた宝石だ。

 短めの鎖は花をスズランのように揺らす。


 ぶっちゃけ好みのデザインなそれに現金にも私のテンションが上がる。


「ありがとう、とても可愛い!これ、どうしたの?」


 ラインハルトはクスッと笑うだけで、答えてくれなかったけど、似合うって言ってくれたので良しとする。


 メルガルドが部屋中のランプに火を灯し終わると、天井の魔導具であるシャンデリアも煌く。


「ランプの灯り要らなくない?」


 シャンデリアだけでも充分な明るさだと思うんだけど、メルガルドが静かに首を振って否定する。


「カーク様の炎でございます。念の為に、と」


「フィアをこの室で待たせるのが心配なんだろう。一応メルガルドとモリヤは舞競い迄は室で控える事にはなっているが、それでも不測の事態が起きればそうもいかなくなる。そうだな、ポポは一緒にいても大丈夫だろう」


 なんだか心配させてすみません、なのか、過保護だと思えば良いのか判断に悩むなぁ。


「あれ、そう言えばロウとフロースはどこいったの?」


「レイティティア嬢の仕度をチェックするのと、花鈿を描きに行ってますよ。そろそろ戻るかと」


 うん、チェックとか、おまじないは必要だよね。

 衣装に縫い付けた、朝露の結晶にも護りの付与はしたもの。怪我はして欲しくない。


 そして私の仕度は終わったけど、皆は着替えなくても良いのかしら?


「ね、ラインハルト達は着替えないの?神様衣装とか?になるとかしなくて良いの?」


 メルガルドに私が神様衣装って言った時に、フハって笑われてしまった。


 ーーーーそんなにおかしい事言ったかな?


 ラインハルトまで肩を振るわせているし。


「ん、まぁ、特に必要ない、だろう?俺達はフィアがいるから、ここまでーーー来てるだけだし、な」


 ラインハルトさん、言葉の切り方が変です。おかしいなら、我慢せずに笑えばいいじゃないの、もう。


 私がプックリと膨れた時、ドアのノックとロウの声がした。


 メルガルドが扉を開けると、それはそれは妖艶、且つ妖しく近寄りがたくも目を離せなくなる、色艶めいた美女がそこにいた。


「ーーーーわぁ!凄く綺麗で色っぽいよ!ティティ!艷やかな美女!」


 我ながら語彙の無さに凹むが、技芸神も満足な出来上がるらしくて、ティティの後方で、しきりに頷いている。


「姫様も愛らしゅうございますぞ!」


 満面の笑みで技芸神が褒めてくれるけど。


 ーーーーうん、目指す所とは、斜め37度位ずれたとは思ってるから。


 いいんだい、別に色気なんてきっとどこかに落ちてるさ。拾いに行けばいいさ。


 ティティはそのままロウにエスコートされて、室のソファーに誘導された。


「さて、フィア様、レイティティア嬢、私達はそろそろ向かいますが•••大丈夫ですよ、きっと上手くいきます。何と言っても幸運の女神を兼ねた方が、そこにいらっしゃるでしょう?」


「そ、フィーが元気をでいればそれで全てが上手くいくって事さ」


え!?私でしょうか?そうだったの?ちょっと初耳なんだけども、ここは藁にでも縋って信じておこう。

例えそれがポンコツであろうとも!


そういったら、ティティが笑ってくれたので良しとする。


相変わらずの美女っぷりを発揮してるフロースだけど、今日の主役は舞姫達はじゃない?この美しさは違反だわー。


「良いんだよ。俺の中での主役は君たちなんだから。それに、幕内にいるんだからわからないって」


そんなやり取りをしていたら、ディオンストムが皆を迎えに来た。





「ーーーー皆様方、お時間です」


いま、幕が開けようとしていた。












#######


読んでいただきありがとうございました!

少しでも面白い、続きを読んでも良いよーって方はフォローや☆をポチッとして頂けると嬉しいです(*゚▽゚)ノ





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る