第49話 大神殿迷路攻略 前
「ねえ、聞いた?今回の儀式には東の君と、西の君が揃っていらっしゃるんだって!あ、ほら!あそこ歩いているのって東の君付きの女官じゃない?」
「シーッ、大きな声で言っちゃ駄目よ。まだ正式発表前だし、何方がいらっしゃるのかもまだはっきりとは決まってないってーーー他言無用の触れが出てたじゃない。どこから情報が漏れるかわからないんだから!」
まるで、アイドルの付き人を見た様な、私がここを歩いているならば、ロウもきっと近くにいるのでは?と、期待に満ちた騒ぎ方にちょっと苦笑いが出る。
大神殿の侍女、ここでの呼び名は女官だったか、いや、巫女だったか。
大神殿に仕える女性達であろうと、姦しく騒ぐのも仕方ないだろう。
暫くは、神の降臨は成されなかったのだから。しかも、神々の中でも人間の女性からの人気が頗る高い、東西の君が此度の儀式には降臨するのだから、騒ぎたくなるよね。
特にそれぞれの出身国での人気は圧倒的だと聞く。
未だ、王宮に離宮だの庵だのが用意されているくらいだしね。
「茶器を持っているわ!後を付けたら、今何処のお部屋にいらっしゃるのか、分かるんじゃない?流石にご滞在されている室がある一帯には入れないし」
それを聞いた私は、広い廊下の次の角を足早に曲がり、ロウに作って貰った転移札を使ってその場を去る事を選んだ。
そう、私は今、大神殿に来ているのだ。ロウのお供で、専属の侍女として潜入している。あ、ジンライ帝国の身分を借りてるから女官、かな。
侍女にメイドに女官。各国で様々なしきたりや風習、階級、仕事内容によって呼び方が微妙に違うんだよね。
現に大神殿では、巫女と呼ぶし。神事も手伝うからなんだろうけど。
実は、私がサロンで気を失った後に、大神殿を巻込むのだから、情報の共有は必要だと、こうしてロウが説明役を買って出たんだって。まぁ、適材だよね。
私もやらなければならない事があるからって、一緒に連れて来てもらった次第なのですよ。
ティティがサロンを出て行ってからは、アレクスト王子の事も話したらしいし。
状態異常と出ていた原因は、記憶喪失だったらしく、今はその回復に努めているみたい。
その記憶喪失になった原因というか、元になったものは取り除かれた様なので、回復にはそんなに時間は掛からないだろうって言ってくれたので一安心だ。
そんな事を考えながらも、転移札を使うと一瞬で視界が変わる。
「おや、どうなさいました?」
一度試しに使ってみた札はとても優秀で、ロウがいる所へとちゃんと送ってくれたようだ。聞こえた声にホッとする。
普通の転移札は自分の知っている場所へと行くことが出来る。
だけど、ロウが作ったこの札は、対になる札を持っている人の所へ運んでくれるのだ。
大神殿の見取図がわからない私には、ピッタリの札なのですよ。
「女性陣に捕まりそうだったから。分かってはいたけど、凄い人気だよね」
ロウのいた部屋の隅っこに転移した私は、歩み寄って来たロウにエスコートされて、ソファーに座る。
専属女官の設定なので、小道具として持っていた茶器の乗った盆をテーブルに置くと、ロウが優雅な手付きでお茶を淹れてくれた。
ロウが淹れてくれるなら、きっと白湯だって甘くなるんじゃないかな。そう思う位、ロウの淹れるお茶は美味しい。
小さな茶杯にリンファを思い出す。元気かな。ランジ神官も、他の怪異達も。
香り豊かな香茶は喉を潤してくれるだけじゃなく、気分も落ち着かせてくれる。
静かな室にお茶の香気が漂った。
今は誰もいない室だけど、大神官と、レガシア神官を呼んで居たはず。
「お話は出来たの?レガシア神官と」
ええ、と返事をするロウは片眼鏡を外す。不思議とたったそれだけの事なのに怜悧さが消えて、やわらかい印象になる。
「フィア様は舞台を見て来られましたか?迷わずに」
それが目的で連れて来てもらったので、勿論ーーーと言いたかったけれどしっかり迷いましたよ。どうしてこんなにも複雑な造りをしたかな。
迷ったから女性陣の目に止まってしまった訳で。
「迷ったけどね。数回繰り返せばちゃんと行けそう?かな?」
ロウの考えた作戦を滞り無く遂行する為に、舞殿までの造りを頭に入れる。主に道順。
ただ、壮麗なだけではないので、全て同じ柱や、迷路の様な廊下は、方向感覚を麻痺させるのだ。
これは慣れ、と言うか、身体で覚えるしか無さそうだ。
事実、大神殿に仕える者は朝に夕にと歩かされるらしい。
「舞姫達の世話役をして貰いながらとも考えましたがーーーフィリアナに会うとリスクが大きすぎるので、どうしても大神殿に到着する前のーーーこの短期間に覚えて頂くしかありません」
当たり前だけど、まだフィリアナは大神殿に到着していない。だからそれまでに、覚えなくちゃいけないんだよね。
当日の大神殿は場所によるが、警備の問題やその他諸々の理由で、舞台となる舞殿付近は関係者以外の立ち入りは禁止となる。
各国の王族や、大使、高貴な方々が大集合するのだ。警備が厳しくなるのは当然だ。
神々が降臨した場合のみ使用さている室から舞台裏までは、元より出入りを制限されている。
つまりは迷っても、訊ねる人がいないのだ。出会う可能性が低くなる。出会ったとすれば、それは賊かも知れないと脅された。
私はティティの舞競いが始まるまで、この室で待機する事になっていてーーーーー魔女が関わっているという事で、私の気配は絶対に悟られてはいけないのだそうだ。
刺激してしまうからかな?
フィリアナと私が舞台近くをウロウロして、エンカウントなんて事になったら目も当てられない、らしい。
ティティは技芸神が直接舞台へ【呼ぶ】ので、転移移動。良いな、ちょっと羨ましい。転移、楽ちんなんだもん。
私の場合は、いきなり転移で現れて、フィリアナに警戒されたらやり難いだろうとの事で。
そんな訳で、私はこっそりと、フィリアナに気配を悟られずに、舞台裏へ一人で行かなくてはならないのだ。隙を付くために。
そこで息を潜めて、タイミングを見極めないとならない。
ロウは心配そうに私を見る。
そうか、後宮の時はカリンの術が効いていたし、ウルムで馬車が通った時はカリンの術に加えて、ラインハルトと手を繋いでいた。
きっと私を隠す為に、みんな何かをしていたんだろうな。
今はカリンの術も、ふとした瞬間に解けてしまう。
「頑張りますとも!それから、いつもありがとう」
私はロウを安心させるように笑って言った。
心配顔から抜け出したロウは月餅を取り出すと、楊枝で一口の大きさに切ってくれる。
蜜で煮た栗が入ってるやつだ!やった!
「先程、レガシア神官と、大神官が来ましたよ。委細承知と迄はいかずとも、フロースもある程度、大神官には言ってくれていたのでしょう」
私が切られた月餅を飲み込んだタイミングで、そう話し始める。
うん、フロースってば結構先回りして、整えてくれる事あるよね。
「それからアレクスト王子の件ですが、ここ、大神殿で匿ってもらう事にしました」
「大丈夫なの?ハルナイト王子とそっくりなのでしょう?フィリアナとばったり会っちゃったら困らない?」
「世話役の巫女達、とは違いますからね。舞姫達は儀式終了迄、神官以外の男性とは顔も合わせません。舞姫達が滞在する一角は男子禁制ですし」
あ、そうか。
それに、舞姫達も移動出来るエリアも決まっているって、言ってたっけ。そこは神官しか出入り出来ないんだよね。
「そして、レガシア神官がその方面の症状の治療を得意としていますので」
「そうなんだねーーーその【方面】って事は、レガシア神官ってフィリアナをみて、何か感じたんじゃないかな?」
「精神的では無く魂なので、違いはありますが、そうですね。ですが、その彼を以てしても、不正には見えなかったそうですよ。ただ違和感は感じたようで、『まるで生き人に、死者の魂を入れて動いている様なーーー見間違いでしょうか?キチンと身体に魂が根付いているのに。そんな例は聞いた事も無いのですが』と言ってましたよ」
ロウが聞いたレガシア神官のその言葉は、フィリアナと村娘が入れ替わっている事を裏付ける様なものだった。
読んでいただきありがとうございました!
いつも応援ありがとうございます!
続きを読んでも良いよーって方は☆をポチッとお願いします(*゚▽゚)ノ
モチベーションが爆上がりします!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます