第44話 修行をしよう!4

 そんなこんなでやって来ました、カタルよりも更に南のアルディア王国最南端、ウルムの街。

 ここは王家の直轄地で、温泉や、風光明媚な遠浅の海があり、漁港と言うよりもリゾート地のイメージが強い。

 磯臭さがあまり無いし。

 カタルの海の方が磯の匂いが強い感じがする。


「フィア様、ラインハルトとしっかり手を繋いて下さい。絶対に離さぬようにーーーラインハルト、頼みましたよ」


 この年で迷子防止とな?!

 頷くラインハルトにしっかりがっしりと手を繋がれる。


「カリン、フィア様に掛けていた術をここにいる全員にお願いします。我々は少々目立ちますからね」


首を傾げるティティに、私は認識阻害みたいな術を掛けてもらうんだよって説明する。


 すると、ホワっと暖かな空気が全身を包む。


「僕は姿を消して置いたほうが良いの?」


 ロウが、そうですね、と言うとカリンの姿がすうっと消えた。カリンの肩に乗っていたチュウ吉先生も一緒に。

 途端に見えない不安が押し寄せてきて、心細くなる。

 ラインハルトが手を繋いてくれているけれど、私が後宮女官になって、前世の記憶を思い出してーーーそれからずっと側にいてくれた存在は大きいんだなぁって思う。

 いつの間にかこんなにも頼りにーーー依存してたんだ。


 すると、ポンポンって頭を撫でる見えない手がここにいるよって教えてくれて安心する。


 ポポは私のポケットにいて、モゾモゾ動いて存在を示してくれる優しさが嬉しい。


「フィー、力を今出来る全開の五分の一位を心掛けて、発動しっぱなしでいこう。外には出さないで、いつものように循環させるんだ」


「ーーーーふへっ!?」


「暴走しても、俺が抑えるから心配はいらない。外にも漏れないように、フォローもする」


 や、やっぱり修行ですか!







 ウルムの港街は商業に特化したカタルと違い、海岸線の景観から観光地として賑わう。質の良い温泉もあって、懐豊かな人々がこぞって別荘を持ちたがる土地だ。


 少し猥雑な雰囲気の小路を通る。

 湯治の為にやって来た者は宿で貸し出す揃いの木札を腕に付けている。それを見せると提携している飲食店などで、食事が出来るらしい。ただの観光としてやって来た者も、バターの溶ける匂いや、甘い焼き菓子の香りに誘われて財布の紐を緩めている。


 観光地だけあって、喧騒を行き交う人々の装いは様々だ。

 生立ちも身分も、故郷ーーー国すらも違うのだろう。西大陸の共通語と東大陸の共通語が飛び交っている。


 カタルの孤児院でも出歩く事は少なかったし、後宮に勤めてからは尚更で、私に取ってみれば、それは新鮮な光景だった。

 物知り博士で説明上手のロウが、ガイドをやってくれるだけあって、凄く楽しい。ティティも興味深く聞いている。


 所謂大人の事情とやらで、表には出す事の無い裏話を「内緒ですよ?」って教えてくれる。

 時々、フィア様、力が閉じていますよって注意されるけど。



 ラインハルトと繋いでいる右手から、やんわりと押し戻される暖かい力の流れは、出し過ぎた私の力を分かりやすく教えてくれる。


 こうやって力を出したり引っ込めたりするのはラインハルトじゃないと駄目なんだよね。


 ロウとフロースが手伝ってくれた時は、自分と違う力の感覚が明確過ぎて、異物が入ったと直ぐに分かった。

 それはメリットなんだろうけど、デメリットが大きかった。


 目眩を起こして倒れてしまったのだ。乗り物に酔った感じにも近いと思う。

 使い慣れれば、滅多に起こる事でも無いみたいだけど現状の私では、起き上がれず、目も開けていられない状態で、ロウとフロースの二人に導いてもらうのは、ラインハルトに却下されたのだった。


 なんにせよ、ここまでぶっ通しで、力の扉というか、それを開きっぱなしにしているのだ。いい加減に疲れも出てくるし、お腹も減る。

 まだお昼には遠いなー。お腹空いたなーって思ってたら、案の定、腹の虫が音を鳴らして訴えた。


「ロウ殿、少し休憩されてはどうか?姫様は一食が少ない故、そろそろ小腹も空くであろうと存ずる」


わかってますよ、って頷くロウの向いた先には小洒落たカフェ。

オープンテラスの広々とした庭が見える。

紅茶が専門らしく、客に運ばれる品物はティーセットや、氷の入ったグラスは、琥珀色に苺を溶かしたような色合いが陽光に透けてとても綺麗だ。


テーブルとか内装も可愛い!ティティと目を合わせて頷く。ウンウン。こう言うのって良いよねぇ!入りたくなっちゃうよね!


私は、早く、早くと、ラインハルトの手を引く。


「姫様、なんだか散歩をしている犬のようだぞ?」


ブハっと笑いが起こる。

それは、私がご主人で、ラインハルトが犬って事?


大きなワンコを見上げる。随分と毛並みが良さそうだ。血統書付きですかね?


「ああ、言われてみれば」

「そうだねぇ。フィーが何かを見つけて行こうとする度に、ラインハルトに手を引かれて戻されていたもんね」


あれ、犬ってもしかして私の方なの!?違うよね?あ、ティティまで笑ってるー!

この調子じゃカリンやチュウ吉先生もきっと笑っているに違いない。






「はい、フィー。あーん」


口元に差し出されたフォークには、フワッフワなパンケーキ。一口の大きさに品良くカットされて、ちゃんとクリームに小さく切った果実も付いている。


機嫌の良いフロースの笑顔が眩しい。そして私は恥ずかしい。

因みに、右手はラインハルトに繋がれたままだ。

食べる時ぐらいは修行も中断で良いだろうと、手を離そうとしたんだけど、離れなかったんだな、これが!

私の中で、開けっ放しだった力の扉も締めようとしたけど、脚を隙間に挟んで阻止された感じ?

ラインハルトの力が、スッと私の中に抵抗なく流れ込んで来て、力の循環を促す。


なんで?ってラインハルトを見ても、ふんわり笑って「ーーーダメ」って。

繋いだ手を口元へと動かされて、絡めた指先に唇が触れた。


伏せた長い睫毛が影を作る。マッチ何本乗るかな。

摘んで引っ張ってみたくなっても仕方が無いと思う。出来なかったけど。


私の視線に気が付いたラインハルトが、フッと視線を上げた。

トルマリンブルーの瞳が甘く微笑むから、胸がざわめいて、落ち着かなくて、顔を反らした。


その時ーーーパクっと指を咥えられた。


ッ、な、なにをーーー!?って思うよね。


ここはお外ですよ、お家じゃないんですが?しかも人様の前で、何してるんですかーーー!?って。


『ーーーダメ?』

『だ、駄目、ダメに決まってるでしょう!?』


ダメ、駄目ってやり取りをラインハルトとしていたら、フロースが「じゃぁ俺が食べさせてあげるよ」って事になったんだよね。



フロースの機嫌が良いのは嬉しくなるけどね、今度はラインハルトが無言で紅茶を飲んでいて、右から圧が来るのですが。

心なしか、握られた右手に力が込められた気がする。


向かいの席ではティティと技芸神が、キャッキャウフフと、和やかに女子トークをしてて、なんて羨ましい。


私もあそこに混ざる予定だったんだけどなぁ。


ーーーああ、パンケーキが美味しい。




そうしてパンケーキを頬張る私に、それまでニコニコとお茶を優雅に飲んでいたロウが、フィア様、と申し訳なさそうにな顔で、私を呼んだ。


「ーーー?」


私は口の中にまだパンケーキが入っていたので、首をコテっと傾ける事でロウに先を促す。


「この後、少々寄り道をさせて頂きたいのです。ーーーこの場所から少し離れた所なのですが」


ロウがそっと目を伏せて、カップを置く。

何だろう、やるせないって表情かな?


「ーーーロウ?」


ごくん、とパンケーキを飲み込んだ私は気になってロウに呼び掛けたけど、ハッとしたロウが直ぐに緩く左右に首を振って、いつもの微笑を浮かべた。


「食べ終わって、落ち着いたら、参りましょう」


私は問うことはぜずに、頷くだけだった。

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