第42話 直接じゃないならセーフ
シン、と静まり返ったサロンに、淡々としたカリンの声が落ちる。
西大陸の南の島々で私が好きそうな果物を採った帰りに見かけたそうだ。
そこにメルガルドの補足が入り、大体の背景が見えてくる。
「カスタリア帝国のハリビル商会の船にですか••••」
「ええ、ザッとしか視ておりませんが、アレクスト王子であることは間違いないでしょう。ただ、状態異常にあるようでーーーああ、病気や怪我ではありませんので、その辺は心配無用です。それに、一応の加護は付けておきましたので、危険が付き物の航海とはいえ、彼の身は守られますのでご安心を」
アレクスト王子が生きている。
例え状態異常の張り紙がくっついていても、これは朗報なのでは!?
ティティの想い人が、ちゃんと手を伸ばせる所にいるのだ。
「ーーー生きている。良かった!」
私は込み上げる熱いものを抑える様に、少しずつ逃がす様に呟いた。
知らずに胸の前で指を組んでいたらしく、熱い吐息が指に掛かった。
セバスチャンを見れば、深く深呼吸の後、ゆっくりと瞬き、潤み始めていた瞳を隠した。
そうして落ち着くと、いつもの冷静沈着な執事の姿に戻る。
「さて、セバスチャン。公爵家はどう動きますか?」
セバスチャンは聞きたい事はまだまだ山とあるだろうに、それを全く感じさせずに綺麗に礼を取ってみせた。
流石は出来る執事の鏡だよね。メルガルドも少し見習えばーーーと思ったけど、メルガルドはあれで良いのかも知れない。
「どうか、レイティティア様にはご内密にお願いいたします。これから公爵様達と連絡をとりますが、アレクスト様の現状を把握した後で、次の手を取るかと思われます」
いくつかの布石は置く。その上で最善を取れるようにすると。
セバスチャンって将棋とか、チェスとか得意そうだもん。ティティのお父様ーーー公爵とかも、頭脳プレイなキャラっぽいし。
「承知しました。まだーーー見かけた海域に船はいるでしょう。大型の船舶ですし、寄港出来る港は限られます」
ロウは片眼鏡に掛かる前髪を無造作に払いながら、意味深な視線をメルガルドに送った。
流し目ってヤツですかね、今のは。宮廷でご披露したら、ぶっ倒れる御婦人方を大量生産するに違いない。
そんな色気を振りまくロウに対して、メルガルドが心得たとばかりに口を開く。
「地上にもお喋りな聖霊が多くて困ったものですねぇ」
一見、皆に向かって話し掛けているように見えるが、その様子はまるで独り芝居を演じているかのようだった。
いっそ清々しいほどに、お一人様楽しいをしているメルガルドだけど、流される独り言の中に重要な情報も含まれていた。
ーーー船の寄港先だ。
きっと船の周りにいた妖精か精霊に荷物の降ろし先を読ませいるんだと思う。
フロースも、「これ位ならね。俺達が直接動く訳じゃないしさ」って。
公爵家でも、手に入る情報だろうけど、手にするまで掛かる時間と労力を考えたらお得なのは間違いない。
ーーー嫌ですねぇ、年でしょうか。独り言が多くていけません。
そう締めくくって独り芝居を終われせたメルガルドに、いつもだろう、とラインハルトがボソッと行ったけれど、駄目だよ?本当の事を言ったら。ほら、壁際でメルガルドがちょっと涙目になってるじゃない。
私も、深々とお辞儀をするセバスチャンに声を掛けようとしたら、背後から大きな手の平が私の口を塞いだ。
「モガッ!フガッーーーン?」
全てが上手くいくように祈ってるって言うはずが、モガモガフンガフンガとどこかの宇宙人みたいな返事になってしまう。
口を塞がれたまま、犯人を後ろに仰ぎ見れば、人差し指を口に当てて「ダメ」って、ラインハルトがちょっと首を傾げている。
何だろう、その可愛い仕草は。
「女神の力が発動してる。抑えるんだ、フィア」
発動って、私は何もしてないよ?
私の心の声を読んだのか、いいえ、と応じたのはロウだ。
頭の上で盛大にクエスチョンマークを飛び散らかしている私は、口を塞いでいる手を離して貰おうとペチっとラインハルトの腕を叩こうとした、その時。
ーーーーーーコロン、と胸の前で組んでいた手から紫色の丸いガラス玉がポロリとこぼれた。
それは床に落ちる前にラインハルトの手の平が受け止める。
それを目で追っていた私は、ごく自然な仕草で、それを唇に当てるラインハルトにドキリと胸が弾む。
長い指に挟まれた小さな丸い石に、まるで愛おしいものに触れるかの様で。
形の良い唇に触れられたのが自分の様な感覚に陥ってしまう。
「な、な、にを、してるの、ラインハルト」
何か変な汗が出てきそう。
今までで一番、どんな顔をすれば良いのか、選択に困る。
「それは、フィア様の発動したお力を閉じ込めたものですよ」
「ほへ?あ?え?ーーー。」
気が動転していた為に、ロウにおかしな返事をしてしまった。
こうしてお馬鹿な子のイメージが蓄積されていくのだろうと思うと、ちょっと悲しい。
「出かかった力の発動をラインハルトが抑えたからだね。綺麗に結晶化してる」
フロースは久しぶりに見たよそれ、って柔らかな笑みを含んだ口調で言う。
私は意識してやった事ではないので、曖昧に笑う事しか出来ない。
何をどうすれば結晶化したんだろう。
そこにスイっと寄ってきたカリンが、もの珍しそうに石を眺めて、あっ、という顔をする。
一瞬、煌めいた瞳は真っ直ぐに私を映した。
「これ、あまり力篭って無いから、お守りになるんじゃない?セバスチャンにあげても良いと思う」
「俺が余分な力を吸い取った。これ位なら問題ないだろう。少しだけ、タイミングが良いと思う事が増えるくらいだ。だが、神の力で出来ているのは間違いない。ここへ高度なーーー別のものを入れる事も可能だ。それは好きにすれば良い」
中に入ってるのはヘボいモノでも、入れ物は頑丈って事かな。
「何かして、差し上げたかったのでしょう?フィア様からセバスチャンに渡してあげて下さい」
私には、いまいち線引きとやらの境界線がわからない。この玉をあげるのは良いのかな。
ーーー地上の事は、地上で生きていく者にこそ選択し、決断する権利があるんだよ。
ーーー今はもう、昔とは違うからね。独り立ちした子に、いつまでも親が口出ししてはいられないだろう?
ーーー人の子のは神の手を離れたんだよ。
遠い昔の記憶を掘り起こされたように浮かび上がる言葉。
懐かしい、誰かの声で。
神はただ見守る。時折、ほんの少し、手を添えるだけだと。
請われる声と、届く声に、気まぐれに応えれば充分と淋しげに笑った誰かが、一瞬だけ浮かんで、消えた。
「ーーー良いの?」
「元より神は気まぐれを起こすもの。届く声に応えるも否も。直接手を下す訳じゃないし、俺達とちがって、まだまだ未熟過ぎるフィーがへなちょこ女神パワー使ったって、影響なんて無いさ。与えた力ーーーお守りなんて、使う人間次第だし」
へ、ヘナチョコは余計です、フロースさんや。
私は頭を下げるセバスチャンに結晶を握らせる。感極まっているようだけど、大丈夫かな。
そんなに凄い物じゃ無いし、便利でもなさそうなんだけど。
そんな私にセバスチャンは涙で喉を詰まらせて、だけどしっかりと声に出した。
「出会って間もない、わたくし共の為に、心より何かをしたいと思って下さったのでございましょう。その御心が何よりも嬉しいのでございます」
ーーーきっと、姫様のそのお優しさがあるからこそ、皆様のご協力が頂けるのです。
最後は良く聞こえなかったけど、喜んでくれるなら良かったよ。
カリンのこの思い付きが、後にあんな役に立つなんて、この時は思っていなかったんだけどね。
「うむ。フィアよ、へなちょこでもそれなりに使えるようにせねばの?なに、我らも契約聖霊として共に頑張ろうぞ」
チュウ吉先生、へなちょこは余計だってば!
そしてロウの片眼鏡が光ってるのは光の加減ですよね!?
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