第20話 どちら様?が増えました
「あの、どなたかとお間違えでは?」
神の御前だというのに。
跪きその膝よりも頭を低くしなければならないというのに。
私はそれすら忘れて、今し方言われた言葉に疑問符を盛大に飛ばした挙句、呆けた。
で、思わず出ちゃったんだよね。ポロッと、口から。
ティティは銀の髪が土に付くのも構わずに額ずいている。
トレーナーとスエットなのにキマって見える不思議。
アレだ、イケメンが芋ジャージを着てもイケメンの法則って奴だ。
カリンも跪き頭を下げているが、こうしてると、上級精霊然として見える。
眠る前にカリンから精霊だった事をあまり驚いていないって言われたけど、充分驚いていましたとも。
くしゃみをしたら黒い糸が鼻の穴から出てきて吃驚、引っ張ったら思いの外長くて二度と吃驚、その正体が昨晩食べた切り昆布だとわかった時の衝撃位に驚いた。
って言ったら酸っぱい顔されたけど。
ーーーーーー解せぬ。
そして今はそれ以上に驚いています。
だって跪こうと思ったら、凄い勢いで花神様に止められて、御側近のロウ様ーーーって言ったら様は必要ありません。呼び捨てで!って言われたし、もうどうしたらいいの!?
で、ボヘっと突っ立っておりまするのですよ。
ロウ様ーーーーーーロウはさっきから私から視線を外さず、何かを『視て』いる。
みられても困るモノはないけど。あ、前世持ちだった。
それでも神様に知られたって困ることは無いよね。
そんな私を余所に、ロウは一つ頷く。
「これはーーー。思った以上に厄介そうですね。『人の身』になる為に神力を封じた。その際に失敗でもして記憶まで封じてしまったのだろうと、推察してましたがーーー先程迄は。フィア様の事ですし」
なんだろう。さり気なく駄目な子扱いされてない?私。
「皆、そろそろ立ってくれる?俺も混乱してきたよ。疲れたし、どこかでお茶でもしようよ」
ええ、私達も朝になったら移動する予定でしたが、なんせイベントがいっぱいでしたので。
ーーー正直、お茶よりも、お風呂に入ってお布団で安眠を貪りたいです。
というか、花神フロース様ーーーこちらも様付けを激しく拒絶されたーーーは殿方だったのですね。
女性にしては背が高いなぁと思ってましたが、そうですか。
普通は声で気が付きそうなものだけど、あまりの美女っぷりに思い至リませんでした。
「そこのーーー神獣かな?力が弱っているみたいだけど、俺達の側は瘴気を勝手に浄化するから、結界張って浄化する必要は無いよ」
勝手に浄化って凄い。自動で空気清浄機なんだ。ついでにフローラルなアロマ機能も付いててお買い得だわ。
心なしか周りも明るくなってきたと思ったら、夜明けでした。
「お茶よりも先に休息が必要でしょう。フィア様の目が死んでいます。どこかへ休める様な場所にーーー数百年前でしたらここの、そうあの森の方、ガレール地方、アルディア王国の翡翠城があったのですが。ココで翡翠が採れなくなってきたと、遷都してしまいましたし」
ティティが驚いている。そうか、ガレール地方って言ってたもんね。
「ーーーあの、森にお城が?本当に?言い伝え、お伽噺だと思ってました」
思わず、と言った風情で、独り言だったのだろうけど、ロウがそれを柔らかく拾い上げた。
「はい、レイティティア嬢。ほら、小高い山に見える所、分かりますか?覆い茂る木々に隠されていますが、朝日が当たる時、あの山の天辺ーーー翡翠城の名前の由来にもなった塔の屋根は翡翠で飾られ、若葉色に輝く星を頭上に飾ります。ガレールの琅かん翡翠は魔力が多く含まれ、エメラルドにも勝る輝きと言われる程。ご覧なさい、今、当にその輝きが生まれ出る時です」
朝日が触れる木々の合間から、キラキラと美しい翠と銀の瞬きが溢れる。
風の揺らめきも星の瞬きに変えてそれは不毛の大地にも届く。
銀の粉を散りばめた光は花崗岩で出来たと城の壁だと言う。
「森の向こう側からでは見えないのでしょう。不毛の大地、瘴気渦巻くこの北側の地からしか見えないとは皮肉なものですね」
どことなく教師っぽい説明に、学校の先生みたいだと思ったら、ロウは繊細な美貌に苦笑いを乗せて言った。
「私は貴女様の教師としての役割もあったのですよ」
その少し寂しげな瞳に責められている気がして俯く。
全く覚えの無い、今初めて聞く情報に、それは私が元々持っていたものだと言われても、困惑を通り越して人違いでは?との思いの方が強い。
だってさ、ちょっと疲れたから休ませてーって、お邪魔できてしまうお城があった?なんて想像出来ない。
それに、いくら神様でも見知らぬ人の家には行かないよね!?
あの場所に行った事があるのかな?
ーーーーーーその先を考えたく無くて、思考を態と逸してる。
逸脱させて、考えない様にしている。
でも、どうしても、思考の隅から入り込む、女神の側近として名高い、東大陸ジンライ帝国の皇子だった過去を持つジン•ロウ。
東の側近、叡智の神人。西大陸カスタリア帝国の皇子だった西の側近、勇知の神人ラインハルトと並んで、吟遊詩人の歌に、昔語りによく出てくる、地上を守護する女神メイフィアが側近。
背筋に冷たい汗が流れる。
信じがたいーーーとてもじゃないが、信じられない。
縋る様にチュウ吉先生見れば、カリンの肩の上で丸くなったままだ。
畏まって頭を下げているらしきポーズだけど、丸いお餅にしか見えない。
蒲公英ちゃんが不安な私の心情を汲んでくれたのか、ふよふよと頬に寄ってくれる。
蒲公英ちゃん、私もう疲れたよ。
「ーーー兎に角、今は休みたいので、どこかに移動しませんか?」
あ、ちょっとヤケクソ気味に言ってしまった。
「それならば、ガレール領が一番近いと思われますので、私の家へ避難ーーーいえ、是非いらして下さい」
「ではお言葉に甘えて、レイティティア嬢のガレール公爵家に参りましょう。転移しますが、どの辺りを目安に?」
「バルサ湖のーーー」
そう言いながら、ティティが地面に地図を描きはじめた。ロウとフロースが頷きながら、二、三、確認してる。
バルサ湖って、北の大地に在りながら、冬でも氷らぬ鏡の水面って歌にある湖だよね。
そんな感想を思ってた私の耳がパキン、と薄い岩が割れる音を拾った。
「ーーー?」
音の方を見た私は、ヒュっと息を吸いこむ。
カリンがトドメを刺した筈の大百足の足が動いている。
足だけが、何かを探すように蠢いて、ジリジリと寄ってくる。
音を立てたらマズイ。見つかってしまう。咄嗟にそう思って動けなくなる。
それでも何とか後退ろうと、足に力を入れたのがまずかった。
ーーーカツン、と踵に当った石が跳ねた。
「フィア伏せろ!」
誰かが叫んだ。そうだった、カリンもいるし、そう言えば神様もいたんだよね。
な、なんとかなる筈!
私は言われた通りに恐怖をなんとか抑えつけて伏せようとしたその時、鋭い紫電の光がドンっと目の前に落ちた。
閃光に眼をキツく瞑る。
焼けそうな光。瞼の裏にも焼き付く程の。
コロコロパラパラと石の跳ねた音と砂塵が舞う気配。
ジャリっと乾いた土を踏む足音に、私はこわごわと瞼を持ち上げた。
そこには独り、長身の青年がいた。
まだバチバチと放電している辺りをーーー煩わしそうに首を一度振って散らす。
そのまま細身の長剣を軽々と大百足から引き抜く姿を見た私は、瞬きも呼吸も出来なかった。
金色にも白金にも見える、太陽の光を集めた輝く髪。白皙の肌に、天の寵愛を宿した細工師が魂を込めて彫り上げた様な、繊細にして怜悧な美貌。太陽を南国の海に閉じ込めた瞳。澄んだトルマリンブルーの中に光る金色が神秘的に煌めいている。
スラリとした体躯は、靭やかな、鍛え抜かれた刀剣を思わせた。
「あっちゃぁー来ちゃったよ、どうしたらいいかな、ロウ」
「暫くはフィア様を与えておけば静かにしているかと」
「フィー、記憶無いけど」
「居ないよりはマシでしょう」
背後で物騒な神様会議しないで下さい。何ですか、ソレ。
と、いうかあの方は一体どちら様でしょう?
そう言う隙も無く私の身体は硬い筋肉に包まれた。ギュウギュウと。
あの、息が出来ないのですが。
「ーーーようやく見つけた。フィー、フィア、探した。何処にもお前を感じられなくてーーー気が狂うかと思った。俺のメイフィア」
あ、何か意識が薄っすらとぼやけてきた。
ロウとフロースが何か言ってるけど聞こえないよ?
あれ、カリンは?チュウ吉先生と蒲公英ちゃんとーーーああ、ティティの銀髪が綺麗だったなぁ。
そこで私の意識はプッツリと、途切れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます