第6話 妖精達の異常な行動
夢の中で私は必死に走っていた。息が苦しくて、脇腹が痛い。
誰かを追い掛けていて、手を伸ばすが、後一歩の所で逃げられてしまう。
強烈な不安と焦りが心拍数を更に上げる。
ーーーーーー返して!
捕まらない焦りに夢の中の私が叫んだ。
これは夢だと冷静な部分の私が『何を?』と、夢の私に聞き返す。
ーーーーーー大切なの。とても大事にしていたの。
どうやら私は大切なモノを盗られたらしい。
嫌だよね、大事にしていたのにね。
昨日だって、ランジ様がくれた月餅を取られたんだよ。チュウ吉先生に。酷いよね。
ああ、月餅食べたかったなぁ。
ーーーお腹空いた。
腹の虫が鳴いたその時、ペチン、と額に衝撃が来た。
「フィア!!いい加減に起きなさいよ!朝食食べる時間無くなるわよ!」
「ハッ!?私のご飯は!?」
慌ててガバッと飛び起きる。ん、アレ。カリンがいる。
ボンヤリとした視界がハッキリしてくると、ここは私とカリンの部屋だった。見慣れた下級女官の簡素な宿舎だ。
「やぁっと起きた。ほら、顔洗って支度するっ!席は取っておくから。急ぎなさいよね」
「ううう、カリンいつも有り難う~大好きだ~」
感謝を込めて抱きついたが容赦なくベリッと剥がされる。
「ハイハイ、じゃぁ二度寝しないように!」
一言多いカリンはそう言って私の額をチョン、と突いて、何やら呪文を唱える。
ほんわかと身体が温かい。
「ンンー?カリン私になにしたの?すっごくホワホワ~ってするんだけど」
「知らない?よく母親が子供にするーーーっごめん。無神経だったわ」
ああ、そういう類のーーーよくあるおまじないって言うやつだ。
そんな顔しなくていいのに。私が孤児院で育った事、気にしちゃったのか。私は特に気にしてないし。特に前世を思い出してからはね。含めれば結構なお年じゃないかな?
でも、うん、こういうのは何歳になろうと嬉しいよね。やってもらえるのは。
心が暖かくて、擽ったい。
「え、嬉しいよ?カリンが心配しておまじないをしてくれて。ふふふ、だから気にしないで」
ホッとしたのか、カリンは顔を上げてくれた。
「最近、妖精が騒がしいでしょ。噂だと、下級だけど精霊もうるさいみたいだし。気休めだけどね」
うん、笑顔戻った。ヨシ。
しょげてたら、可愛い顔が台無しだよね。
カリンは可愛いって言うよりも美人系だけど。
聖霊の件は、ちょっと心当たりが無いわけでも無いが、言える事ではないので、内心で謝る。
ーーーごめん、カリン。
「そうなんだ。カリンは優しいね。いつも有り難う」
部屋を出ようとするカリンに声を掛ける。
「優しくなんて、ないよ」
「え、何?聞こえなかった」
「何でも無いわよ、お寝坊フィアちゃん。早く来なさいね」
今度こそ、振り向かずにカリンは部屋を後にした。
「おまじない、か」
私は穏やかに微笑む院長先生をおもいだす。
この世界の孤児院は大体教会に併設されていて、尼僧が子供達の世話をしている。
神に仕えし者でも男性は神官、女性は尼僧と別けられていて、主に尼僧がいるのが教会と呼ばれ、孤児院が併設されているのだ。希に、教会に神官が居たりする所もあるらしい。
因みに結婚オッケーな緩さだったりする。
うちの神様からしてゆるーい方々らしい。
あ、尼僧は還俗してからになるけどね。
顔を洗ってさっぱりすると、手早く髪を編んで纏める。因みにめちゃくちゃ長い。
前世基準で言えば平安時代ですかーって位に長い。
この国の女性が髪を切るのは、美容的に整える程度か、前髪やサイドに変化を付ける為に部分的に短くする位で、バッサリと切る習慣が無かったのだ。
切る時は、尼僧になる時か、犯罪を犯した時とされていた。
まぁ、昨今は外の国の影響もあって、交易の盛んな街や領都では短くしたり、自由に髪型でお洒落を楽しむ女性も増えているとか。
後宮では保守的な人も多いので、殆どの女性は皆長いままだ。
「院長先生、お元気かな」
おまじないも、あれだけ沢山の子供が居たのだから、他の尼僧を含めても一人ひとりに施すのは不可能だろう。一体どれ程の魔力が必要になるのだろう。
魔力量の多い、高位のお貴族様程あればいけるだろうが。
切なくなるのはきっと夢見が悪かったからだ。
この世界での、推定七歳までの記憶が無い事を少しだけ惜しんだ。
「フィアー!こっち、こっちよ、どこ向いているの!」
未だ朝の光が儚い時間帯なのに、食堂は下級女官で溢れている。
一人の声は囁き程度でも、数が集まれば中々の賑やかさになる。
そんな中でも、カリンの声は直ぐに聞こえた。
それもその筈で、カリンは意外と近くに居た。入り口に近い場所なんて珍しい。
トレーが二つ。いつも通りの朝。何気ない日常にひどく安心する。
「有り難うカリン。今度の休みに甘いものでも食べに行こうよ。ご馳走するわ」
「ハイハイ、休みが取れたら良いわね、ほら、早く食べないと遅れるわよ」
休み取れたらいいなぁ。私は溜め息が出そうになって、慌てて気を引き締める。
「フィア、第一王子殿下だけどね、公爵令嬢と婚約破棄するんじゃないかって。今朝はこの話題で持ち切りよ。抜かったわ。この私が聞き逃すなんて」
話題を先取り出来なかったのが悔しいのか、カリンは酸っぱい様な、苦い様な顔をしている。
「またそれは。そんなことしたら、えーと、ほら、政治バランスがーとか、何とかーとか、あるんじゃない?」
「余り驚いて無いわね」
ジトーっとカリンから視線を感じたが、スープに浸したパンを頬張って誤魔化す。
リンファ様があれからチョイチョイ姿を顕すので、井戸端会議の内容を教えてくれるのだ。
その中に王子の婚約破棄の話しもあったからね。
「んー。話し聞いた感想になるけどね、そんな感じの雰囲気だったじゃない?」
「それもそっか。アンタってば、微妙に雰囲気読むっていうか、察するというか」
うんうん、そうでしょう、フフン。
得意になってお澄まし顔を披露していた時、急に隣のテーブルが騒がしくなった。
穏やかとは言い難いし、猥雑さを一欠片含んでいても、朝の好ましい雑音は、一転、少女の泣き声で、どことなく緊張感を孕んだものになった。
知らないフリ、という名の好奇心が食堂に充満する。
あの子の同僚だろうか。宥めているが、シャクリを上げていて、よく聞き取れない。
が、ここからは泣いて震える身体が良く見える。
「ふーん。彼女、契約妖精がいたらしいわ。それが戻って来ないって」
カリンがコソッと囁いて教えてくれる。
よく聞こえたなぁ。本当、耳が良いよね。
「戻って来ないって•••あり得るの?」
「普通ならあり得ないわね。どの程度の力を持っている妖精なのかはわからないけど、いくら気に入った物があっても、お腹が空いたら戻ってくるものよ。お腹空いているのにも気が付かない位、何かに夢中なのかしら?動けなくなっている訳じゃ無ければ良いわね」
お腹が空いたらって、身も蓋もない例えですね、かりんさん。
「心配だね。あの子の妖精さん、早く戻ってくるといいのに」
カリンはちょっと眩しい物を見たような顔をして、頷いてくれた。
いつもの様に宝物庫へと向かう。
チュウ吉先生は最近忙しくしてるので、独り歩きだ。
ーーーちょっと寂しいなんて思ってないから!
下級女官の通り道は整備されてるとは言い難く、枝を伸ばした木々は、新緑で彩られ始めていて、これから葉が折り重なり、空の面積を奪っていくのだろう。
行く手を阻んでくる憎き梢を腕で避けると古びたガゼボが見えてくる。
蔓で覆われてはいるが、誰か気の利いた者が手入れをしているのだろう、内側は綺麗で、下級女官が良く利用しているのを聞く。
聞くだけで、実際使用しているのを見た事が無かったが、それもたった今終わりを告げた。
泣いている女官と慰める同僚。とってもデジャヴー。
あの前を通るのは気不味い。とっても。
私は腕で避けていた小枝をそっと戻して
踵を返し、もう一つ脇の小道へと進もうとしたーーーその時、涙混じりの大きな声が辺りに響いた。
「あの子が私の所に三日も戻らないなんて今まで無かったのよ!?絶対にあの子達の所為よ!何が舞姫よ!乙女、乙女って。未だ候補の候補じゃないの!」
「しぃーーっ!駄目よ、滅多な事を言うものじゃないわ。落ち着いて、ね?」
「どうせ今回も『候補者』で終わるわよ。もう百年も大神殿では選ばれていないって言うじゃない。そうなれば不敬も無いわ」
「お願いだから声を落として!ライシャ。候補者には貴族もいるの、忘れないで。それに、今回はーーーほら、例の子爵令嬢が選ばれるんじゃないかって。物凄く聖霊達に好かれてるって噂よ」
「じゃぁ、きっとそのーーー」
そろり、ソロリ、と私は渇いた小枝を踏まないように後退る。
最後に聞いたライシャと呼ばれていた女官の言葉に心臓が跳ねた。
ーーーじゃあきっとその子爵令嬢が盗ったのよ、と。
何かとんでもない事に足を踏み入れてしまった予感に、私はとてもチュウ吉先生に会いたくなった。
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