2-3 あなた、おかしいわよ

愛華あいかとは仲直りしたのか?」

「そもそも私と木戸さんは喧嘩けんかなんてしていないわ」


 とっさに出たのがそんな言い訳だった。


「愛華は気にしていたぞ。それに、野沢は瞑想めいそうをしに行こうとしていたんだよな? ……瞑想って、よくわからないけど、そんなことをするってことは野沢だって多少はご乱心だったってことじゃないのか?」

「……」


 図星だった。

 平常心になろうと思って教室を飛び出たのだ。


「……そうよ。あのときは感情的になっていたわ。だから、一度気持ちを落ち着けようとしたのよ。木戸さんにも髪の色と眉の色が合っていないだなんて言ってしまって、すごく後悔しているわ。……でも」

「でも、何だ」

「自分から木戸さんに話し掛ける勇気が出ないのよ」


 佐藤蒼紀はぷっと吹き出し、腕で口元をおおった。


「なによ」


 どうして何度も笑われなければならないのだろう。


「野沢って普通なんだなって思って」

「ふ、普通って?」

 首を傾げる。

「普通の定義がわからないけれど、私ってそんなに変わっている?」

「変わっているか変わってないかと聞かれれば……」


 彼は言いかけて目を泳がせた。言葉を選んでいるのが手に取るようにわかった。


「……やっぱり、私はおかしいのかしら」


――あなた、おかしいわよ。


 ある人物によく浴びせられてきた言葉だ。目の前のクラスメイトもそう思ったのだろうか。答え合わせのつもりで訊いてみたが、恐らく正解なのだろう。


 私は、おかしい。


「ごめんなさい。自覚はあるの」

「い、いやいや! ええと、変人って意味ではなくて、学年代表になるくらい頭がいいし、美人だろ。でも、話してみると普通のニンゲンって感じだなって」


 目の前に座るクラスメイトは、たどたどしくも精一杯、言葉をつむぎ出そうとしている。

 どうしてだろうと首を傾げ、すぐに気が付いた。

 自分のためだ。

 彼は、目の前の相手が傷つかないように言葉を選んでいるのだ。


 初めて経験する感情が胸の中を満たした。湯船につかったみたいに体が温かくなっていく。


 「あなたはおかしい」。

 そんなことばかり言われて育ってきたから、この気持ちをなんと形容すればいいのかわからない。


 気を遣ってもらったことに感謝すべきだろうか。

 迷っていると、「あ、悪い」と彼はなぜか口元に手を当てた。


「美人って言っちゃった。容姿のことは言われたくないんだよな」


私がずっと黙りこくっているため、怒っていると勘違いしたようだ。


「……そうよ、見た目で判断されるのは嫌い」


 勉学に関しては努力しているつもりだ。それなのに美人だから特別扱いされているのだと勘違いする人物が一定数いる。

 容姿を話題にされたくない理由は他にもある。幼少期から苦手だった人物、野沢優丞ゆうすけに似ているからだ。


「あと、木戸さんも同じことを言っていたけど、私は褒められるほど頭がいいわけではないのよ」


 そう言うと彼は目をまたたく。


「……答えたくなかったらいいんだけど、野沢は入試で何点をとったんだ?」

「入試? ……確か、450点くらいだったかしら?」


 入試の得点は合否とともにメールで知らされた。一か月も前のことだ。詳しい数字は思い出せない。

 ポケットをまさぐりスマホを取り出す。


「メールを見返してみるわ」

「いや、そこまでしなくていいんだけど。……点数、あっさり教えてくれるんだな」


 「普通」の人は教えないものなのだろうか。他人の成績に興味が無い分、自分の点数も隠す必要が無いように思う。


「でも、私の点数なんて知ってどうするの?」

「その、俺は430点で、点数を知ったときには高得点だと思ったんだ。寮の入所費が免除されたし。でも、入学してみたらクラスで下から二番目。野沢は、新入生代表になっただろ……」


 ぽつりぽつりと話す彼の主旨をくみ取り、「そういうことね」と合点した。


「つまり、『自分と二十点しか差が無いお前がどうして首席になるんだ、おかしいだろ』って言いたいのね」

「そんな言い方してないぞ!」


 彼はなぜか声を荒らげた。


「私、学力試験の成績は一位じゃなかったらしいの。新入生代表を依頼されたときに、校長先生から説明されたわ」

「どういうことだ?」


 佐藤蒼紀そうきも木戸愛華あいかも、どうして「頭がいい」だなんて買い被ってくるのか。

 その理由がようやく分かった。

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