6.VS.上級生
竜が幻獣を捕食したとか、竜が壁を破壊したとか、竜が魔道具を壊したとか、竜が天使様を殺そうとしたとか。
オセロの悪評は速やかに学内に広まった。
ユディがオセロと廊下を歩けば人が割れ、食堂に行けば周りの席が空く。
前にも増して孤独が深まった気がした。
ユディはとぼとぼと力ない足取りで寮へ帰る。
「お疲れ、ユディ。よかったらこれ」
寮の談話室を通ると、ウルティがお菓子を差し出してきた。
花柄のペーパーナプキンにマフィンが包まれている。
「うちの家から荷物が届いたから、お裾分け」
「あ――りがとう!」
人から物をもらうことは久しぶりだったので、ユディは感激した。
「ここで食べて行く? ちょうどお茶も入ったところだし」
「いいの?」
ウルティは数人の友人たちとお茶会中だった。
ローテーブルには山盛りのマフィンがあり、カップに注がれた紅茶が湯気を立てていた。
皆、ユディのために席を詰め、一人分座れるスペースを作ってくれる。
「じゃあ遠慮なく」
「うるさいわね!」
座りかけたところで、談話室にミゼルカたちが入ってきた。
ユディは思わず座りかけの姿勢で固まったが、自分に言われているわけではないと気づく。
ミゼルカはいつも連れている友人たちに言ったのだ。
「やめた方がいいって。アレはヤバいよ」
「大丈夫よ。あたしの彼氏、すごい強いもの」
口元に優越感をにじませて、ミゼルカがこちらを一瞥してきた。
ユディは何度目かの悪寒を覚える。
「――って、あ!」
ユディはいつの間にか手の中のお菓子を食べられていることに気づいた。
オセロだ。我が物顔でマフィンの半分を咀嚼している。
「竜さん、いや、竜様の分もあるけど」
ウルティがもう一つマフィンを包むと、オセロはそちらも平等に搾取した。
あくびして談話室を出て行く。
「お茶はごめん、やっぱりやめとく。誘ってくれてありがとう」
オセロに気づくと、談話室にいる寮生たちに緊張が走ったので、ユディはやっぱり誘いを断った。
二分の一ずつになってしまっている両手のマフィンに口をとがらす。
「なんでわざわざ人のを取るかなあ」
「ユディのだから欲しいんじゃない?」
ウルティはふふっと微笑ましそうに笑ったが、ユディは笑えなかった。
それが本当なら俺のものは俺のもの、おまえのものも俺のもの、骨の髄までいじめっ子である。
(オセロの正体、皆にばれないといいけど。
契約解除できるまで平穏に過ぎて欲しいよう)
ユディは階段を上りながら平和を祈ったが、希望は翌日すみやかに裏切られた。
「ユディ=ハートマン? 竜使いの」
昼休み。
ユディは校庭で赤毛の男子生徒に話しかけられた。
ネクタイに入っているラインは青、三年生だ。
友人らしき男子生徒を二人連れている。
「俺はランス。君と同じで召喚士目指してるんだよね。
せっかくだから竜を見せてもらいたいって思ってんだけど、呼んでくれない?」
「……呼んでも来ないです」
ランスが吹き出した。
バカにしているのと本当におかしいのと、半々といった雰囲気だ。
「いいねー、素直! バカ正直に無能っぷりをさらけだしてくれるなんて。
どこの世界に自分の契約獣を呼び出せない召喚士がいるの?」
「む、無理やり契約させられているだけで、ちゃんとした契約獣でもないんです」
ランスはこらえることなく爆笑した。
連れの二人も吹き出す。
「おっかしー! 幻獣に無理に契約させられてるって。
召喚、マジで失敗してんだ。全然いうこと聞かないんだ?」
「……そうです」
笑い転げるランスに気分が悪くなる。
ユディは無視して立ち去ろうとしたが、腕をつかまれた。
「俺さあ、実はすでに二年生の時から中級召喚士の資格持ってんだよね」
ランスは胸にある中級召喚士のバッチを見せつけてきた。
たいていの生徒は卒業と共に中級召喚士の資格を取得するが、在学中の取得も可能だ。
休日に特別学校に通い、召喚士協会の定めている課程をこなせば良い。
「そんなんだと、もう同級生が契約しているような幻獣じゃ相手にならなくて。
もっともっと強い幻獣と戦いたいって思ってるんだよね」
「離してください」
ランスに近寄られると、ユディは香水の匂いに気づいた。
たまにミゼルカから香ってくるものと同じだ。
どうやらミゼルカの彼氏はこのランスという先輩らしい。
「呼べないってウソしょ。失敗してるんでしょ。
なにせ竜を召喚するまで一度も召喚成功しなかった落ちこぼれちゃんだもんね。
俺が手伝ってあげるよ。杖出しな」
ユディは嫌がったが、他の男子生徒がユディのカバンから杖を出し、ユディに握らせた。
「ほら、君も一応唱えて唱えて。
我が呼びかけに応えよ、ユディ=ハートマンと契約せし黒竜よ」
ランスはユディの手をつかんで、無理に杖を振らせる。
来ない、来るわけがない、というか来ないで欲しい。
ユディは心の底から願ったが、人の夢同様に
「――だれを呼びつけてるか分かってんだろうな?」
オセロは出現した。ランスの頭上に。
赤髪の男子生徒を蹴倒し、背中に立って頭を踏みつける。
「人の昼寝を邪魔しやがって。今度てめえを幻界に呼びつけるぞ」
ソフトな死刑宣告にユディは震えた。ひとまず讃えて懐柔を試みる。
「その人、竜に会いたかったんだって。強いから!」
「俺は会いたくないけど? コンマ一秒たりとも視界に入れたくないけど? 不愉快すぎるから二度と呼べないように喉潰して重りをつけて海底に沈めたいけど?」
「どいてあげてくださいお願いします偉大で寛大なる黒竜様!」
踏みつける力が弱まったのか、ランスはなんとかオセロを跳ね除けた。
鼻血を拭きながら、オセロをねめつける。
「噂通りの乱暴者じゃん。その方がやりがいあって燃えるわ。
俺、強い幻獣と戦いたいんだよね。相手してくれよ、黒竜さん」
「私闘は校則で禁止されて――」
ユディの制止は風の前の塵だった、二人とも聞いていなかった。
「十秒楽しませろ」
「は?」
「俺を十秒楽しませられたら呼びつけたことを許してやる」
「上等」
もうダメだとユディは悟った。
だれか先生を呼びに行こうときびすを返すが、唐突に視界が様変わりした。
周囲は山林、学園が遠くにある。オセロの転移魔法だ。
「邪魔が入ると面倒だ」
「同感だよ」
ランスは杖を手に取った。友人たちに頼む。
「おまえら一応、捕縛用の魔法を準備しといてくれよ」
上位以上の幻獣を召喚する場合、万が一、契約前に攻撃されたり逃亡されたりしないよう手を打っておくのだ。
ユディは自信家のランスが手順を守ることを意外に感じたが、裏を返せば、彼自身が弱気になるほど格上の幻獣を呼ぼうとしているということかもしれない。
何が召喚されるかと固唾を呑む。
「行くぜ。おまえじゃ十分かかっても倒せねえようなのを呼び出してやるよ」
ランスはオセロに杖を突きつけた。
宙に召喚の魔法陣が現れる。
「開け、幻界の扉。
我が心、我が願い、我が誓いを聞け。
出でよ、
霊亀。背に桃源郷を背負う巨大な亀。
クラスは上位だが、防御力だけならば王獣の幻獣だ。
「はっ、どうだよ。こいつの防御は学園の結界よりも固いぜ」
ランスは早くも勝ち誇ったが、霊亀は違った。
魔法陣から前足まで出したところで、敵の姿に
「おぬしは――! 失礼する」
霊亀は甲羅に首をひっこめ、幻界へ引きこもった。
ランスはぽかんと、輝きを失った魔法陣を見上げる。
「……は?」
「一秒かよ」
「待て待て待て、何だ今の!
幻獣自身が召喚キャンセルって、そんなの、そんなの――普通ないだろ!」
「うるせえ。残り九秒はおまえらに楽しませてもらうからな」
ランスはいまだかつて経験したことも見聞きしたこともない事態に混乱していたが、オセロは構わない。やる気満々に拳を鳴らす。
ユディは契約主としての責任から、涙目で杖をかまえた。
「うわああああっ!」
突然、ランスの友人が地面に引き倒された。
足にからみついたツタに引きずられ、巨木の下へ引っ張られていく。
「魔獣!?」
巨木の葉は黒く染まり、根元ではたくさんの動物が血を流して死んでいた。
巨木と共生関係にあるツタが地面をのたうち、ユディにも襲いかかってくる。
「よーし、おもしろいものが見られそうだな」
オセロはユディを抱えて上空に退避した。
逃げ回るランスたちを見下ろし、嬉々としてヤジを飛ばす。
「はははっ、 ほらほら、逃げろ逃げろ! 捕まるぞ!」
「オセロ、ここ立入禁止区域だって分かってて来たでしょ!?」
ユディはオセロに食ってかかった。
下にいたときは気づかなかったが、上から見ると分かる。
巨木の周囲、自分達がいた辺りには赤い布をつけたロープが張り巡らされているのだ。
「あいつらがまともに俺と戦って十秒も楽しませられるわけないだろ。
俺は先の読める賢い幻獣だから、ちゃんと他の手段を考えといてやったんだよ。
俺様超優しい。超親切。控えめにいって気遣いの神」
「なんでそう最低最悪な方向に頭が回るの!?」
ランス達は魔獣に苦戦していた。
ツタが丈夫で魔法の風刃でないと切れないのだが、切っても切っても再生してくる。
得意の召喚をする暇がない。
ならばと全員で火の魔法で攻撃するが、その後が大問題だった。
「くっそ、やっぱ燃え移った!」
ツタが絶命するまでにのたうつせいで、あちこちに火が燃え広がる。
ランスは汗をぬぐいながら友人たちに呼びかけた。
「だれか水使える幻獣か、火を扱える幻獣呼べ!」
「ムリだ、もう魔力使い切ったよ」
「俺もだ」
「はあ!?」
ランスは顔をしかめるが、そういう彼自身も使い切っているのだ。
火の海がじわじわと三人に迫る。
「オセロ、火を消して!」
「なんで?」
「十秒楽しんだから、もう十分でしょ?」
「呼びつけたことに関しては許してやるけど、助けてやる義務はないな」
ユディは杖を握った。
こうなったら消し止められるかは賭けだが、自分が何か幻獣を召喚するしかない。
「おまえが俺にキスするなら助けてやってもいいけど」
「え?」
「どうする?」
金の目が意地悪くこちらの反応をうかがっている。
ユディは眉を逆立て奥歯を噛み締め、オセロの頬に唇を押しつけた。
「これでいいでしょ?」
「ご主人サマの仰る通りに」
オセロは何かの魔法を発動させた。
火勢はみるみる弱まっていく。
ユディは胸をなでおろしたが、よくよく観察するとランス達の様子がおかしい。
喉を押さえてあえいでいる。
「オセロ、どうやって消してるの?」
「真空にして。空気がなければ火は燃えないから」
「火が消える前に先輩たち死ぬよね!? 水、水で消して!」
「火を消せとしか聞いてないしぃー」
「じゃあもう魔法解いて! 私が何か幻獣呼ぶから!」
オセロはちっと舌打ちした。
それまでの魔法は解除して、大量の水を火事場の上空に呼び出す。
「オセロ、多すぎ!」
ユディはオセロの肩をつかみ、ランス達は頬を引きつらせた。
やっと空気が吸えるようになったと思ったら今度は上から大量の水だ。
火の海地獄からの真空地獄、からの水責め地獄の三連コンボだった。
「おまえらごときが俺を呼びつけるなんて一億光年経っても許されないことを理解したか?」
「……お呼び立てして、大変申し訳ございませんでした」
すり傷を作り、土に汚れ、灰にまみれ、ずぶ濡れになって泥を浴び。
ランス達は完全に戦意を喪失し、オセロの前に首を差し出すようにがっくりとうなだれた。
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