10:白馬に乗った……①

 一ヶ月ほど経ちお爺様が居ない日々にやっと慣れてきた頃、執事見習いのエーベルハルトが執務室にやってきた。

「失礼します。奥様と、旦那様に来客でございます」

「ベルハルト、次からは旦那様を先に言うようになさい」

「えっと、来客のお方は奥様だけをお呼びです。旦那様は俺が良かれと思って……」

「どういう意味だ?」とフィリベルト様。

 しかしエーベルハルトの言葉はしどろもどろで要領を得ない。


「整理すると、相手は先触れ無しで突然やってきた。

 そして私だけを呼んでいるのね。

 その方の性別は?」

「男性です」

 念のために聞いたらまさかの異性だったのでギョッとしたわ。

「……ほぅ」

「心当たりはございませんよ!?」

「そのようなことは疑っていない。なんせベリーの好みは一般的ではないからな」

「そ、それはまぁそうですけど……」

 面と向かって言わなくても……

 あとベルハルト、いま笑ったの忘れないからね!

「よし会おう」


 私はフィリベルト様と共にエーベルハルトの後について歩いていた。

 う~んムスタファならベルハルトが知らないわけないし、ほかの男性って?

 頭を悩ませている間に応接室が見えてきて、いよいよ動悸の激しさも最高潮になる。しかしそのドアをエーベルハルトは素通りした。

「エーベルハルト、ここじゃないのか?」

「はい違います。お客様は城門でお待ちです」

 応接室に通らず城門? ますます分からない。


 良くわからないままに着いていき玄関ホールを抜けて中庭へ。

 いつもは上がっているはずの跳ね橋が下りていて、城門が開けっぴろげになっていた。その橋の上には、白馬に乗った身なりの良い金髪の青年がいた。

 一瞬、姉の婚約者クレーメンスを思い出したが、髪の色が少々薄いようで、違うと確信した。

「これは物騒だな。ベリーはそこで待っていろ」

 そう言うやフィリベルト様は私を手で制し、エーベルハルトを連れて跳ね橋の方へ歩いて行った。

 何の話かしらと一応足を止める。

 すると視野が広くなり、私も真ん中の白馬以外にも目を向ける余裕が出た。驚くことに白馬の青年の後ろには、完全に武装した騎兵が五〇ほど整列しているじゃないか!

「何あれ?」

 身なりからして間違いなく貴族だろうが、領主の屋敷に完全武装した騎兵を連れてくるなど聞いた事が無い。

 そりゃああんなの応接室に入れるわけないわ……

 フィリベルト様の言葉を借りれば、あんなモノ物騒・・以外何物でもない。


 フィリベルト様が歩いていくのを見送っていると、馬上の青年がどうやら私に気付いたらしい。

「おお貴女はベアトリクス嬢ではないか!」

 そう叫びつつ白馬がこちらに向かって疾走してきた。

 ちょっとだけ距離が離れていたことが不味かったのか、フィリベルト様の反応は遅れ、まんまと白馬の青年は私の前まで走り込んできた。

 彼は私の目の前まで来ると、ひらりと馬を下りて膝を付いた。

「ベアトリクス嬢、お迎えに上がりました」

 名前を呼ばれたので青年の顔を見るが、……膝を付いているからいまは頭頂部からおでこしか見えないけど、しゃがみ込む前にちゃんと見た。

 うん見覚えはないわね。

 フィリベルト様が走って戻っていらして私の横に並んだ。しかし彼が私の名前を呼んだので、こちらを見る目は、誰だと問い掛けているように見えた。

「申し訳ございません。私にはあなたとお会いした覚えがございません。

 お名前をお聞きしてよろしいでしょうか?」

 金髪の青年はバッと顔を上げて、よくぞ聞いてくれたとばかりにその顔に微笑みを湛えて輝かせた。線の細い優しそうな顔。

 いままでの令嬢ならば赤面の一つや二つした事だろうが、私の心には全く響くことない。むしろ『笑ってないでさっさと話して誤解を解けよ』と、目を細めて上から睨みつけていた。

 おやっと彼は首を傾げる。


「こほん。わたしはハーラルトと申します」

「ハーラルト様……やはり存じておりません。失礼ですが私に何かご用でしょうか?」

「シュペングラー公爵家次男ハーラルトをご存じでないと?」

 うえぇっ公爵家ですって!?

 公爵家は現在、この国にたった二つしかない王族の血族の一族だ。

「失礼いたしました。シュペングラー公爵家の名はもちろんは存じております。ですが、ご令息のお名前までは勉強不足で存じておりませんでした」

「左様であったか、許す」

「それは兎も角。私はやはりシュペングラー公爵家とご縁がございません。

 本日は私にどのようなご用向きでございましたか?」

「ベアトリクス嬢、貴女は国王陛下の勅命で無理矢理好きでもない相手と縁談を組まれたと聞いた。

 どうだろうわたしが父上に口添えする故、一緒に王都へ帰られまいか?」

「……ん?」

「ん?」

「ハーラルト様は何やら勘違いをなさっておいでのようですが、私は無理矢理この縁談を受けたつもりはございませんわ」

「ベアトリクス嬢、安心召されよ。

 ここにはシュリンゲンジーフ伯爵が居るだろうがわたしも居る。安心して今こそ本当のお気持ちをお伝えくだされ!」

 ああやっと分かったぞ。この人は人の話を聞かないタイプの人間なんだわ……

 まぁそれが分かった所で、公爵家の次男を無下に扱う訳にはいかないので、事態は一向に改善しないのだけどね。

 せめてお爺様が居て下さったのならば、もう少し穏便・・に事を進めることが出来たのに。


 さてどうするかなとフィリベルト様に視線を向けると、彼はなぜかハーラルトのさらに先、つまり跳ね橋の方を見ていた。

 釣られてそちらに視線を向けると、先ほどの騎兵から一騎離れて、こちらに近づいてくるところだった。

 よく見れば鎧の装飾やらが後ろの兵と違っている。どうやら身分のある騎士の様だ。

 騎士は私たちの近くで馬を降りて兜を脱いだ。馬はそのまま、一人でこちらに向かって歩いて来た。よく訓練されている馬のようで、乗り手が離れても暴れることなく静かに佇んでいる。


「失礼を承知で勝手に名乗らせて頂きますが、わたしは今回ハーラルト様の護衛を承りましたペルレと申します」

「俺は領主のシュリンゲンジーフだ」

「もちろん存じております。英雄フィリベルト殿にお会いできて嬉しく思います」

「期待外れだろう」

「いえそのようなことは決して」

「こほん」

「おっと失礼しました。

 ベアトリクス様にお伺いいたします。いまのご自分のお立場に満足しておられますか?」

「ええ勿論よ」

「ささ、聞こえましたか?

 お二人は本当に愛し合っておられる様子です。お二人の幸せを願い、潔く身を引くのも出来る男の態度ではないでしょうか?」

「いいや今のは絶対にお前が言わせた台詞だ、わたしは信じないぞ」

「やれやれ困りましたね。

 分かりました、さっきのは無しで。えーと実は公爵閣下だんなさまより秘策を頂いております。こちらをお使いになられますか?」

「なんと流石は父上! わたしのよき理解者だな!」

 さあ早くと急かすハーラルト。

 それをペルレは体よくあしらいながら、

「若、少々お待ちください。シュリンゲンジーフ伯爵閣下にも同意を頂かなければ」と言った。

 はは~ん。二人の関係性が見えてきたわ。

 暴走するハーラルトを、ペルレが上手く公爵の名を使って制御しているのだ。

「俺の同意が必要と言うのは何の話だ」

「シュペングラー公爵閣下はわたしに仰いました。

 惚れた女を奪うのならば決闘以外にないと! さぁどうでしょう、ハーラルト様の洗練された槍さばきを恐れるのならば、今のうちに負けを認めると良いでしょう!」

 えーとツッコミどころが満載で、もはやどこからツッコんで良いのやら……

 奪うとか言っちゃってる所や、槍が得意な英雄に槍の勝負を申し込むとか、う~ん公爵は、いやペルレは何を考えているのかしら?

「つまり俺にベアトリクスを賭けて勝負しろと言う事か?」

「その通り!」

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