08:鉄鉄鉄

 あの恥ずかしいパレードのお陰か、初日以降、町の人は随分と落ち着いたようで、私の馬車が通りを走っていても群がって道を塞ぐ事は無くなった。それぞれが顔を上げ、走り去った私の馬車に向かって無言で会釈するか、手を振るのみ。

 それを見送ったエーディトが感心したように呟いた。

「本当に慕われていますね」

「う~ん。そう言うのは私じゃなくて、フィリベルト様に向けて欲しいわね」

「あらそれは無理ですわ」

「どうして?」

「一般的に男性よりも若い女性の方が人気がありますし、さらに……っん。奥様はとてもお美しいので、無理からぬことです」

「その言い淀んだ沈黙に入る台詞の方が気になるんだけど?」

「喉の調子が悪かっただけです、他意はございません」

「ふぅんまあいいわ。そう言うことにしておいてあげる」

 住民が落ち着いたお陰で当初の視察のスケジュールもつつがなく終わった。



 三日後、まず山の視察に行っていたヘルムスが帰ってきた。

「お帰りなさいヘルムス」

「町の留守を守って頂きましてありがとうございます。

 ところでこの三日間に何かございましたか?」

「……どうしてそういうことを聞くのかしら?」

「三日前に町を出た時と比べて、住人の態度が随分と違います」

「そ、そうかしら、気のせいじゃない」

「……帳簿を見せて頂いても?」

「……どうぞ」

「ところで奥様、三日前に使われましたこの治安維持費と言う名目の費用ですが、少々多くないでしょうか?」

「多くはないと思うわ」

「どのようなことをなさったのかお聞きしても?」

「……」

「おい衛兵を呼んでくれ」

「ちょ!? 横領じゃないわよ!?」

「ええ分かっていますよ。わたしは町に何が起きたか確認したいだけです」

「くぅ……、分かりました、話します」

 と言う訳で初日に起きた問題から、その解決方法までを説明した。

 パレードの告知に道の警備、さらにその時の護衛と、使った人員が多かったことに比例して持ち出し金は地味に多かった。

 もちろん自腹を切って切れないほどの額ではない。だがこれを自腹で払うのはちょっと違うと悩んだ末に公費とした。そして公費ならば、使用すれば帳簿に書くのは当たり前の事、名目を散々悩んだ末に帳簿に記載した。

 ここで聞かれなくとも帳簿を見れば、まあ遅かれ早かれ発覚したはず。

 発覚が早かったのはヘルムスが優秀だったと思えば、詮無きことか。


 ちなみにそれを聞いたヘルムスは盛大に笑った。

「もう! だから嫌だったのに!!」

「はははっ失礼。事情は理解しましたが少し金額が高すぎますね」

「ごめんなさい」

「いえ必要なことでしたから謝罪は不要です。そうですね、商人ギルドに少し補てんさせましょうか」

「どうやって?」

「そのパレードで彼らは売上を上げたのでしょう? ならばそこから少々頂きますよ」

 そう言ってニヤッと笑うヘルムス。臨時の税だろうか?

 流石は元お爺様の部下だ、やることがえげつないわ。


 その辺りの算段は勝手にやって貰うとして、私は今回の視察の件を確認した。

 むしろ私にとってはこっちが本命だ。

 テーブルに地図を広げつつ、測量調査した山に駒を置いていく。赤が不可で青は可だ。まず黒の駒が二つ置かれた後、赤の駒が西へ進んでいきかなりの場所で青に変わる。

「当初よりもかなり西に行きますが、幸い街道は西に延びていきますので、ここでも問題は無いかと思います」

「そうね、私も問題ないと思う。

 それよりも黒い駒を置いた理由を聞いていいかしら?」

「鉄です」

「ええ~っまた出たの~?」

 念のために当初に出た場所に黒を置いてみるが、随分と離れている。

「遠いわね」

「ええ、ですが間にいくつか山がありますので、この間の山からは鉄が掘れる可能性があると考えた方が良いかと思います」

「確かにそう考える方が良さそうね。

 いいわ分かりました。二度手間になるけど、フィリベルト様が戻っていらしたらもう一度説明をお願いするわね」

「はい畏まりました」

 そしてフィリベルト様は、途中雨に降られたそうで半日遅れの翌日に帰ってきた。



 私が山の調査を終えたと伝えると、フィリベルト様は訝しげにこちらを睨みつけてきたが、行ったのがヘルムスと分かると態度を軟化させた。

 もう少し自分の妻を信じて欲しいわよね?

 ぷりぷりと怒っていたのも束の間の事、代わって町長をやっていた私を、「ご苦労だったな」と、労ってくれてすっかり機嫌が良くなった。

 エーディトがジト目を向けているが知ーらない。


 いよいよヘルムスの報告が始まると、フィリベルト様は「そうか、鉄がとれる山が新たに二つか」と唸った。

 その唸り声の理由は簡単だ。

 今のざっとの位置関係は、『今回の山==最初の山=湖』だから、真ん中に町を造ると、湖がさらに遠くなり治水の規模はさらに大きくなる。

 治水を嫌って町を湖寄りにすれば、遠い方の山から取れた鉱石を遠くに運ばなければならなくなる。将来の利益を考えれば治水をすべきなのだが、その労力がいまは無い。

 ほんと悩ましいわ。


 いや、違う……

「陛下のご判断を待つと決めたのですから、ひとまず忘れませんか?」

「だがな……」

「あらフィリベルト様ったら先を見過ぎていませんか?」

 足元すくわれますよと、冗談めかして言った。

「そうか、そうだな。よしひとまず忘れよう。いまは街道を優先する」

「はい!」

 とは言ってみたものの、本気で忘れられる案件ではないから、これはただの気分転換の戯言でしかない。


 部屋に戻ってベッドに寝転がった。

 エーディトの「しわになります!」と言う小言を聞き流しながら、今やるべきことを思い浮かべていく。

 まずは街道だ。

 二本は隣国アルッフテル王国との約束で三年以内。そしてお父様と約束した王都への街道も、資金を融通して貰った手前放置はできない。

 三本の街道を同時に着手しようにも、仮に工夫は金で雇えてもそれを管理、指揮する文官ものが居ない。


 せめてヴァルラお姉さまの伝手が借りれれば……

 いいえ駄目ね。

 お爺様と宰相の地位を争った先々代ヴュルツナー侯爵はお爺様を嫌っている。そしてその息子も同じく宰相の地位を争い、結果は真逆。今度はお爺様があちらを嫌った。

 つまり二人が犬猿の仲と言うのは有名な話だから、口を利いて貰っても、そもそも来ない上に、お爺様まで臍を曲げるという最悪もあり得るわ。


 まだまだ女の私が出張る必要があるし、私はそれが好きだから苦は無い。

「でも……」

 私はそう呟きながら下腹部に手を触れた。

 いままで一度も遅れた事が無い〝月のもの〟が今月はまだ来ていない。いちおう長旅の疲れの可能性もある。

 だけど、私は何となくそうではないと確信めいた気がしていた。

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