07:憂鬱なる日々

 私がシュリンゲンジーフ城に入り二週間が経過した。

 事あるごとにアピールする作戦も功を奏せず。初日以来、フィリベルト様が私の寝室を訪ねてくることは無かった。


 と言うか!

 フィリベルト様は、今は領地の治安回復の為に尽力しているからか、そもそも私との時間をほとんど取っては下さらない。


 だから決して私の魅力が無いわけではない!

 ……と思いたい。



 フィリベルト様は朝食を終えると訓練に入る。訓練のない日は私兵を連れて視察に出かけられ、夕刻ごろになると帰ってくる。

 そんなフィリベルト様のお忙しい姿は城の皆も見ているはず!

 しかし新婚ほやほやなのに、その新妻を放っぽいて、おまけに初日以外に妻の部屋に立ち寄らないと来れば、城の中で私とフィリベルト様の不仲説が噂になるのは時間の問題だった。

 実際に伝え聞いた時なんて、あらやっと流れたのってなもんよ!


 妾の子だからと田舎の領地に引っ込んで、社交界に出ることもなく男性付き合いも苦手。ぶっちゃけ同年代の男性と言われて、真っ先にエーベルハルトおとうとの名前を上げる私が、お話する時間がほんの僅かしかない、おまけに相手は鉄壁の防御を誇る、フィリベルト様を誘惑できるわけはなかった。


 うん、二週間はちょっと掛かり過ぎたけどやっと気づいたわ!


 と言う訳で、

「ひとまず誘惑は止めるわ」

「分かりました」

 あれほど一年を連呼していたエーディトが、あっさりと自分の意見を取り下げたことに驚いた。

「もっと反対されるかと思ったけれど、どういう心境の変化かしら」

「心境なんて変化してませんよ。

 ただわたしは、わたしの大切な奥様に対して、下世話な噂が流れているのが許せないだけです」

「あら良かった。私も同じ気持ちだったのよ」

 フィリベルト様は責任感の強い人だ。ついでに不器用よね。

 だからきっと治安回復するまで他ごとに目を向けることはあるまい。となれば、親睦を深めるのは後回しにして、まずは女主人としての地盤を固めてしまおうと考えた。

 外堀である使用人一同が『奥様と離縁しないで~』と言えば流石にフィリベルト様も思いとどまるに違いない。

 と言うようなことを伝えたのだが、

「誘惑しながらそんなことを考えていたなんて、やっぱり奥様は奥様ですね」

「それ、褒め言葉じゃないわよね?」

「いいえ褒めていますよ。だから頑張ってくださいませ」

「なんか引っかかる言い方だなぁ」

 しかしエーディトはクスクスと笑うばかりだった。

 まあいい、そうと分かれば早速行動だ。




 支度を終えて朝食の席に座った。

 時刻は朝食の時間の十分前、いつも通りフィリベルト様はまだ来ていない。

 それから五分後、食堂にフィリベルト様が現れた。

 立ち上がり、「旦那様おはようございます」と挨拶を交わす。

「ああおはよう」

 彼は私の名前を呼ぶこともなく、いつも通りに歩きながら・・・・・そう返して席に着く。

 後は粛々と食事をする。そしてフィリベルト様は自分の分を食べ終わると、「貴女はゆっくりと食べてくれ」と言ってさっさと席を立ってしまう。


 さて昨日までならこれだけだったが、今日はフィリベルト様が席に着いたタイミングで私が口を開いた。

「旦那様、少しお話がございます」

 ザワッと食堂が揺れた。

 主人の話に耳を傾けていたどころかそれに動揺するとは、やはりこの城の使用人らは程度が低い。


「なんだろうか?」

 とても綺麗で穏やかな瞳が私に向けられた。

「本日、城下の町に行ってみたいのですが、よろしいでしょうか?」

 本来であれば領内の、おまけに城を出てすぐの町に行くくらいで許可を貰うなんて馬鹿らしい。しかしシュリンゲンジーフ伯爵領ここはまだ治安の悪い領地であるから、このような手間も仕方がない事だろう。

 その証拠にそれを聞いたフィリベルト様は良い表情かおをみせず、

「頑張ってはいるのだが、町の治安はまだ決して良いものとは言えない。

 用事があるのならば、貴女が直接行くのではなく使用人を使うか、商人を城に呼ぶのでは不都合だろうか?」

「いいえ、私は旦那様が護っている町を見てみたいのです。それにこちらに来てから一度も教会に行っておりません。

 ですが、どうしても許可が頂けないのであれば諦めますわ」

 神頼みとは、我ながらとてもズルい言い方だなと内心で苦笑した。


「教会か、ふむ、貴女はそれほど信心深い人だったか」

「いいえ違いますわ。

 これは私が前から行っていたことですが、教会には戦争などで親を亡くした子供や、やんごと無き理由で身分を捨てるしかなかった者が滞在しております。

 少しでもその支援が出来ればと、食料や布などを持って伺っているのです」

「なんと素晴らしい。とても立派なことだ」

「いえこれは私に限った事ではございません。

 貴族の女性であれば皆がやっているのではないでしょうか」

 謙遜ではなくて事実の話だ。

 私は自分の虚像が、必要以上に大きくみられることは好きではないので、さっさと否定した。


「分かった。とても素晴らしいことなので俺が付いていければ良かったが、生憎今日は視察があって難しい。貴女がこちらに来るときに護衛に付いた騎士を貸そう。

 それでも万全とは言えないが、十分に注意して行って欲しい」

「お気遣いありがとうございます。十分に注意いたします」

 少し無理を言ったけれど何とか許可は貰えたわね。

 おまけに護衛まで貸してくださったわ。


 こちらに一緒にやって来たエーベルハルトおとうとは、一通りの護衛の訓練を受けているが、彼は所詮一人だから私を護るにも限界がある。

 非常時は彼を残して逃げるのが私の役目だが、そのようなことが起きない方がいいに決まっている。そして犯罪者は相手の数を見て行動するから、護衛を借りれたことはとても有難かった。


「ああそうだ、護衛の騎士で思い出した。

 貴女がこちらに来るときに、隊長を務めていた者を覚えているだろうか?」

「いいえ。申し訳ございません。

 私は直接お話はしておりませんので……」

「そうかそれは残念だ。

 あの騎士はライナーと言うのだが、俺と一緒にクラハト領に行った兵士だ。機会があったら是非に話してみると良い」

「まぁ! 彼はクラハト領を護ってくれた騎士様だったのですね」

 クラハト領を護ってくれた騎士がもう一人、なかなかの奇縁じゃないかしら?


 あらっでも待って。

 フィリベルト様を慕って来た人が多いと聞いていたから、探せばもっといるのかもしれないわね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る