14🜚青の逆鱗

  

 第二次予選は、ドラゴンの“逆鱗”を持ち帰るもので、重篤な怪我人が出ても最後まで続けられた。爪に切り裂かれて落ちたのは、箒に乗った女の子だった。 



   🜚



 草むら。大きな膝の上。もう片方には黒い髪の男の子。

 ほうき星。願いが叶うと聞いて我先にと温かな背中側へ振り返る。


『おれはちちうえのようになる』

『あたしは――』


 また違う星の下


『ソラ、俺の名は……』 


 あたたかな記憶……ずっとここにいたい

 だって、その先は――


 ソラ……!

 ソラ……‼︎


 遠くで声が聞こえて振り向く。ああ、あっちはだ――


『どうして血の色が……ソラは天空生まれなのか?』


 どうして……

 どうして剣を避ける稽古ばかりするの

 どうして掃除しかしちゃいけないの

 どうしてみんなと血の色が違うの

 

 どうして

 スバル……

 

 あれ

 誰かが入っていく

 あたしのからだに

 どうして……

 

 かえして 

 

 ………

 ……

 …


 ソラは目を覚ました。


「ソラ!」


 ルキウスが目を見開き、両手を握る。深い安堵の息をついて肩を震わせた。


「よかった……それに、本当に……ごめん。君を……君にこんな大怪我をさせてしまうなんて」


「なにが……?」


 ソラはぼんやりした。どこか遠いところに行っていたような。ううん、違う。試験、試験を受けるんだ……がんばってまた――


 バァン


 鈍い衝撃が走った。ソラは後ろに回った首をのろのろ戻して見上げる。

「あ……」

 冷たく突き差す金色の眼。 


(殴られたんだ――)


「ジーク! なんてことをするんだ」ルキウスが叫ぶ。

 

 ダァン  

  

 またしても鈍い音が響く。今度はルキウスがジークを殴り飛ばしていた。


「幾ら君でも――ソラを傷つけるのは許さない」

 

 二人は一瞬睨み合ったが、ジークはソラに向き直って最後に一瞥した。


「自分の命を軽んじることが“勇気”か?」 


 言い残し、黒いマントを翻して部屋を出て行った。

 

  


「試験……試験は⁉︎」


 二人取り残された部屋でソラは白い顔でルキウスに縋った。

(もしかして、自分のせいで)


「“合格”したよ。君が竜の鱗を、剥ぎ取ったんだ」


 ルキウスはやさしい瞳でソラを見つめる。


「とても凄かったよ、ソラ。とても速くて……囮になると言って行ってしまった君に、僕たちは追いつけなかったんだ。君はやり遂げたんだ――魔法も使わずに、一人じゃ誰にもできないことを」


 でも、とルキウスは苦しそうに口を開く。


「ジークは、君はもう棄権すべきだと言っている。そして僕も……僕たち全員が、本選は辞退しよう」

「そ……んな」


 ソラは目を見開いた。


「ソラ。来期も、その次も挑戦できる。実際、一年生で一予選突破だけでも快挙だ。アウレス教官もハッパかけはしたけど、“勉強の為に”推薦したんだよ。僕たちが驕らず自分の不足に気づけるように――そして、とても学べたと思っている」


「でも………お願い、お願いします。あたしは棄権します。だけど二人は最後まで、行ってください。でないともう、きっともう、飛べなくなっちゃうんです」


 ソラはしゃくり上げる。

 ルキウスは落ち着くまでソラの背を優しくさすった。



 しばらくして、キィと扉が開いてヴィシュラが入室した。

 ルキウスと目を交わし慇懃なお辞儀をする。 


「ソラ、ヴィヴィが君を助けたんだ。多量の出血と心臓停止で応急魔法では間に合わなかったところを、特異な憑依術を使って中から君の命を繋ぎ止めた」


 ルキウスはヴィシュラの前まで行き深く頭を垂れる。


「ヴィヴィ……本当に何と言っていいか分からない。この国の王子として、ソラの友人として、心から感謝する。僕にできることなら何でもお礼をしたい」


「礼には及びませんわ、殿下……ソラはですもの」

 

 ヴィシュラは薄らと微笑む。


「ソラを看るのはひととき私に任せて、お休みになってください。もう二日も付ききりでしょう。ソラも着替えたりしたいでしょうから……」


「そうだね、お願いするよ。じゃあソラ……ゆっくりお休み」


 パタン ルキウスの足音は廊下に遠のいて行った。


「馬鹿じゃないの?」


 ヴィシュラはソラの横たわるベッドに無造作に腰を下ろした。


「無能が過信して動くのが一番害なのよね」


「はい……ごめんなさい」


 ソラは深く反省した。

 自分がいなくても、いやいない方がきっとルキウスとジークはなんなく合格を手にしただろう。『功にはやった』――一次予選すら、ソラは能力どころか心構えさえ達していなかったのだ。


「まああなた達には凶星でも、私にはだったわ――かつてない、ね」

 

 ヴィシュラは心から嬉しそうに口端を吊り上げた。


「あなた、天空の子だったのね」

「天空……? いえ、地上出身です」

「違うわ。見た目じゃ分からなくても、血が赤いのが“赤の民”、のが“青の民”――いわゆる神族よ」

「神族⁉︎ そんな、あたしがそんなわけありません。だって、こんな……」

「別に“神族”が民族的に優れているわけじゃないわ。魔素に触れた時の見え方だけで、体組織に違いがある訳じゃない。魔力量だって天空が濃いから差が出るだけで、本来は同程度の筈なのよ」

 

 実際のところ、ソラにはあまり関係のないことだった。どうにしろ――ソラは捨て子なのだ。

 そっと首輪の溝、紋章に触れる。


「でも、あたしの故郷はグリンデルフィルドなんです」


「地上に心があるのね。なお良いわ。ねぇソラ、私の国に来ない?」

「え?」ソラは驚いてヴィシュラを見る。初めて友好的な笑みを浮かべていた。

「命を助け合った仲じゃない――男なんて必要?」

 ヴィシュラの柔らかな手に握られて、ソラはしどろもどろした。

「え、あの、でも急に何で……?」

 チッと小さくヴィシュラは舌打ちする。


「あなたは無能にいるのよ。“中”に入って分かったわ……」


 ヴィシュラは首に手を伸ばす。

 

「この首輪が外れたら――世界があなたを欲しがる」


 ソラはぼんやりとしていた。あまり心をかすらなかった。

 それより心のうちにある幸せな記憶の余韻をとどめていたかった。


 そんな呆けたソラを見て、ヴィシュラは唇を噛む。


「でも絶対手に入れるわ……《ヴァルヴァラの灯火ともしび》を」


「ヴァルヴァラ……?」ソラは反応した。

「――知っているの? いえ、そんな筈ない」

 ソラも首を振った。

「似ていて……クラス分けのゴブレットに、ご主人様が“ヴァルヴァラン”って名乗って、初めて知って」

「ローディスが……⁉︎」ヴィシュラは顔色を変えた。


 考えこみ呟くのを、ソラは血が足らず、遠まる意識の外で眺めていた。

 

「“ヴァルヴァラ”は、地上のヴィシュラ王家の伝承であり、天空に刃向かって“消された”大魔法使いの名よ……」





 

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