第2話 エダノさんー魔王を倒すと決めた者

「と言う事は、ここで何をするか決めなきゃならないんだな? さっき見せられた奴ら見たく決めた事を続けなきゃ消滅かぁ」

 落胆するエダノさんにチュートリアルさんは黙って頷いた。


「まさかオレが異世界転生やアニメの様な出来事に巻き込まれるなんてなぁ……」

 チュートリアルさんの前に立つ男……髪型が整っており、スーツ姿で清潔感がある……誰がどう見ても会社員だ。


 名前はエダノさん。小中高大とエスカレーター式に進学し、一族の経営する企業へ就職。

 世界的な金融危機が勃発し、同時に彼の父が取締役の座を失い、親族たちに裏切られ、妻と子供は実家に戻ってしまった。経営破綻の一歩手前まで追い詰められ、全ての責任が彼に押し付けられてしまった。


 そして、その苦労を乗り越えてようやく業績を上向ける事が出来た矢先に……

「オレの車とトラックが正面衝突しちまったんだよな」

 即死だったため実感がわかないエダノさんは渋い顔をしながら言った。


「異世界転生と言えば魔王を倒すとかが王道だよな。……そしたらオレは魔王を倒す勇者に転生するよ」

 エダノさんの決断にチュートリアルさんの光が一瞬だけ鈍くなった。


「魔王を倒す勇者でよろしいですか?」

「ああ、いいよ」

 エダノさんの顔には迷いの色すらなかった。むしろ、期待に心躍らせているように見えた。


「承りました。『魔王を倒す勇者』に転生を……」

 チュートリアルさんが言い終わる前にエダノさんの体は消えていた。

 この世界は容赦や遠慮、余韻などとは無縁のようだ。


            ***


「……」

「……だね」

 声が……声がどんどん近づいてくる。

(オレはどこに行くんだ? この声は一体……?)

 目を開けると、目の前には苦悩に満ちた男女がいた。

(おーい、そこの人たちー。)

 懸命に問いかけるエダノさんだがどうやら声は届かない。


「まさかこの子に勇者の印が現れるなんて……」

 女性は不安気に肩を震わせている。


「数千年に1人だけに兆しが現れると聞いていたが……神よ、なぜ我が子に……」

 男性の方もうつむき肩を震わせながら言った。この世界の神とは勇者を指す。魔王を倒したという伝説の存在だ。


「この子には神々の祝福が宿るような名前をつけたいわ」

 涙を拭いながら女性は言った。


「そうだな、それなら『エーダ』はどうだ? 古の言葉で勇猛なる者と言う意味を持つエーダだ。神よ、この子にありったけの幸運が降り注ぎますように……」

 男性は笑顔を浮かべ祈った。


「あぶー。バッバブー!」

 思うよに動けぬと思っていたエダノさんだが、どうやら赤子に転生していたらしい。


「まぁ、なんて無邪気な笑顔。大切に育てましょうね……」


 時が過ぎ、彼は神童として知られるようになった。幼いとは言え、転生前の記憶がそのまま残っ……


            ***


「ストップ、ストッープ! 会話を丁寧に再生してくれるのは有難いけど長すぎだよ。これさ、倍速に出来ないの?」

 シマダは思わず声を上げてしまった。


「『倍速』……とは?」

「うーんとね、モノを見る時の再生速度を変える事かな? 1倍速だと普通の速度で、2倍速だとその倍早くなるって事……かな?」

 シマダの説明を聞き、チュートリアルさんしばし考えた後、おもむろに語り出した。


「『倍速』とはこう言う事でしょうか?


 異世界で勇者に転生したエダノさんは、仲間たちと共に魔王と戦い、勝利を収めました。

 しかし、魔王を倒した事でエダノはこの世界に存在出来る条件を失い、消滅の事実に直面します。

 仲間との別れを惜しんだエダノでしたが、自らの運命思いも馳せる暇もなく消滅したのでした」


「んんんー、それはそれで早すぎるー。長すぎるのもやだけど短いのもなぁ」

 このシマダ、かなり我儘である。


「そうですか……では最後を再生しま……」

「再生はいいよ。言葉で説明して欲しいなぁ」

 彼の言葉を遮ってシマダは言った。


「あなたの様な人は初めてです」

 光を強めながら頷くチュートリアルさん。どうやら少し嬉しそうである。


「では、簡潔に説明しましょう。


 魔王の討伐を果たしましたが『魔王を倒す』と言う目標を達成した今、彼の心は不安と焦燥に満ちています。


『魔王を倒す事がオレの存在理由だった……でも、それを達成した後、オレは存在し続けられるのか……?』

『次の魔王が現れるのは数千年後よ。これで安心ね、エーダ』

 と、エダノさんが心配そうにしているのを見て、ユーリは優しく微笑みながら話しかけた。


(次が数千年後……)

「ユーリ、オレさぁ一緒に村に帰れそうもないわ。ごめんな、この剣をオレの代わ……」

 そして言葉半ばに彼は消滅しました……と、言うエダノさんの最後でした」


 相変わらず淡々と話すチュートリアルさん。登場人物の会話もほぼ棒読みなのが少し気になる。


「え? 魔王を倒したのに消滅したの?」

 シマダはラストの展開に目を丸くして聞いた。


「魔王は倒しましたが天寿は全うしてませんからね」

 当たり前の事を聞くなと言わんばかりに鋭く輝くチュートリアルさん。


「これってもしかして、魔王を倒し続けなきゃダメだったって事? で言うか『ユーリ』って誰?!」

「『ユーリ』は転生したエダノさんの斜向かいに住んでいた幼馴染の魔術師です。……やはり初めからお見せしましょうか?」

 チュートリアルさんが再びシマダを光の中に包み込もうとした。


「いやいや、大丈夫! 登校中の電車の中でたくさん異世界系の本は読んでたから! ところで、エダノさんは何が正解だったの?」

 光から免れる様にシマダは身体中で否定しながら言った。


「正解と言っていいのかわかりませんが、魔王を生かさず殺さずゆるく戦い続けながら寿命を待つか、魔王と刺し違えて生き絶えるか……ですね」

 チュートリアルさんの光がまた曇るが、光に包まれているため表情は依然として読み取れない。


「『魔王を倒す』と言う宣言は達成してるのにねぇ。……もう一つ質問なんだけどさぁ。消滅したらどこに行くの? その、魂とかが」

 シマダの問いに光をより一層陰らせるチュートリアルさん。


「過去も現在も未来も何もかもなくなります」

「来世とかないの?」

「ないです、絶対に」

 シマダの問いにかつてない輝きを放ちながら、彼は断言した。


「そっかぁ……それだとよりもっと転生後にどうするか決めるのに悩んじゃうなぁ」

「じっくりと悩んでみてください。時間はたっぷりあります。では、次は『何もしない』を決めた方の物語です」

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