第55話 断末魔の叫び

「……本当にソニアは正気に戻ったのか?」

 

 沈黙を破るように第一王子は言った。

 そうしている間に、ソニアは短剣を持った手をゆっくりと下ろす。彼女から発される邪気は一時的に消えた。


「私……戻ってきたの? ずっと悪い夢を見ていたみたいだわ……」

 

 夢うつつのまま呟くソニア。そして、短剣を床にコトンと置く。


「何が起こったのかは、すべて知っているのよね?」


 私はソニアに問いかける。

 魔獣がソニアの体を使ってやってきたことの記憶が残っているのか、彼女は黙って頷いた。

 

「一度ならず、二度も魔獣の餌食にされるなんて、仮にも聖女だったのに呆れるしかないわ!」


 厳しくソニアに彼女の責任を問いただした。

 大魔法使いさまのロウも、この場に駆けつけた第一王子や修道院にいた人たちも命の危険に晒されてきた。

 魔獣をその体に受け入れてしまったソニアのせいだ。

 

「……私は、聖女に向いていませんでした。聖女の資格がなかったのよ」


 私を追放しておいて、今さら聖女に向いていない? 気づくのが遅いわ!


 そもそも聖女の資格って何かしらね。

 回復魔法が使えること? 神に仕える意志? 民衆の命を第一に守ること?

 そんなものは知ったこっちゃない! 一人の人間として、手の届く範囲の人をどれだけ笑顔にできるかってことじゃないかと思う。それは聖女に限った話ではなく、勇者などのヒーローにも当てはまる話だけど。私に言わせれば、ある程度の力さえあれば聖女に資格なんて必要なし!


 

「聖女の資格うんぬんというよりは、そもそも実力がなかっただけよ。心の弱さは致命的ね」

「はい。……ごめんなさい」

 

 やっと素直になった。でも、もう遅い。すべては起こってしまった後だ。

 

「ロザリー、どうか私を助けてください!」

 

 ソニアは私の手を握りしめて懇願してきた。

 今はソニアの意志が勝っていて、魔獣は鳴りをひそめているけれど、いつネアちゃんに戻ってしまうか分からない。

 決着を付けるとすれば、今が絶好のチャンスだ。

 

「勇者パーティのメンバーはこぞって私に助けを求めてくるのね。フィアルとネイヴァに続いて三人目。嫌になっちゃう。私があなたを助けるのはただ自分がそうしたいと思ったから。情けをかけるわけじゃないわ」

 

 ただのお人よしだと思われたくなくて冷たい言い方になったけど、それでもソニアは感激に瞳を潤ませていた。

 

「ありがとうございます」

「じゃあ、ソニアの指輪……魔獣の核が宿っているのを浄化させてもらうわ。そうなると、あなたの自慢の指輪が破壊されることになるけれど許してね」

「もう執着はありませんので、大丈夫です。よろしくお願いします」


 私は手を広げて、浄化の魔法を発動させる。


「行くわよ。浄化魔法――ホワイト・ピュリフィケーション!」

「……そうはさせぬ」

 

 ありえないことに、ソニアの口の半分がへし曲がって、ネアちゃんの言葉を発した。

 ネアちゃんが防御の魔法を発動し、浄化魔法は弾かれてしまった。

 彼女の半身を操っているのだ。片足をグググと曲げ、床の短剣を取り上げて、首に向けた。


「この娘を殺す」


 宿主を殺して、さっさと逃げようと考えたのだろう。

 しかし、それは私の想定内だった。


「さっきと同じことはさせないわ!」

「何!?」


 簡単なことだ。ソニアに回復魔法をかけながら、浄化魔法を打てばいい。私であれば、魔法を二つ同時に使うことが可能だから。魔力の消費は激しいけれど、力を振り絞る。

 やっていることはさっきと同じように見えるけれど。

 使い慣れた回復魔法は無詠唱で、さらに手を広げて――。


「浄化魔法――ホワイト・ピュリフィケーション!」

「う、うぎゃああああああああああああああああ!」


 断末魔の叫びが地下牢に響き渡る。

 白く清い光が指輪を包み込み、指輪は粉々に粉砕する。ソニアからネアちゃんを完全に追い払った。


『ご主人さま、やりましたね! さすがです!』


 邪気は消え失せて、妖精リアが元気に飛び回る。

 第一王子と修道院長はこの場面に圧倒されて言葉が出ないようだ。


「よくやった、ロザリー」

「ま、ソロ冒険者を志す身としては当然のことをしたまでです!」


 鉄格子の中のロウの褒め言葉に、私は胸を張った。

 第一王子はふと私の方へ体を向けた。

 

「ロザリー。お前は聖女に戻るつもりはないのか?」


 私が聖女に? いやいや、それはお断りです! だって……。

 

「冗談はやめてくださいよ! やっと解放されてソロ冒険者を目指せるようになったんですから!」

「いや、冗談じゃないが。歴代聖女の中でも、実力はトップだと思う」

「褒めても何も出てきませんよ。私の気持ちは変わりません」


 私はそう言い切った。

 第一王子は鉄格子の中にいるロウの無言の睨みに怯んで、「それは残念だ」とだけ言った。

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