第49話 ロザリーは夢を見る

 私はモヤのかかった薄暗い空間にいた。見上げれば、尖塔の建物……修道院が見える。


 井戸で水を汲む修道女の姿が見えた。珍しい白銀の長い髪はソニアだ。ということは、この修道院は極北のアデンブル修道院らしい。

 後ろから近づいても、彼女は私の気配に気づかない。


 何やらソニアは誰かと話している。彼女以外には誰もいないのに。

 と、ソニアが見つめるバケツから相手の声がした。

 

「我ならば、この状況を変えることができる。このチャンスをものにできるかは、お前の決断次第だ」

 

 この邪悪な気は見覚えがある。大魔法使いさまと協力して倒したはずの魔獣、ネアトリアンダー。

 まさか復活したの? いや、完全なる復活ではない。

 肉体は滅んだが、憎しみの心で出来上がった怪物がそこにいた。

 

 止める間もなく、ソニアは魔獣の手を握り返してしまった。

 魔獣の精神が、ソニアに入り込んでいく。ソニアの皮を被った、別の生き物がそこにいた。

 その生き物は私に気づくことなく、井戸から立ち去った。


 急に霧が立ち込めて、また別の空間に移動する。

 暗い地下牢だった。そこには、鎖で手を拘束されたロウがいた。


 鉄格子を叩いても、まるでびくともしない。やはり、私はその場には存在せず、ただ映像を見ているだけなのだ。

 

「あと二日生かしてやろう。どうせロザリーは証拠不十分で捕まる。せいぜい苦しめ、大魔法使いよ」

 

 鉄格子の外からは、怪しく笑うソニアがいた。

 

「頭を働かせるようになったな。自ら手を下さないあたりが」


 強く言い返したロウに、ソニアは不服とばかりに眉を寄せた。


「何も言わせぬように、口をちょん切ってやろうか」

「はいはい。大人しくしていますよ」

 

 信じられなかった。大魔法使いさまが捕まってしまうなんて。これが現実だとしたら、大魔法使いさまの命が危ない。

 

 ソニアの皮を被った魔獣の狙いは、私に罪を着せて、大魔法使いさまをおびき出して殺すことだった。

 大変まずい状況だわ!

 

「……ご主人さま、うなされていましたが大丈夫ですか?」

 

 目を開けると、妖精リアが私の顔を覗き込んできた。

 私はベッドからガバッと上半身を起き上げる。

 

「ロウが危ないわ!」

「落ち着いてください。私に話してもらえませんか?」


 リアは今にもこの部屋から飛び出しそうな私を止めてくれた。

 

「これは夢が危機を教えてくれたんだわ。ソニアが……この前、ロウと一緒に倒したはずの魔獣に取り憑かれているの! ロウはソニアに捕まって身動きがとれないみたい。こうしてはいられないわ!」

 

 一気に話すと、リアにも緊迫感が伝わったようだ。

 

「大魔法使いさまが捕まった!? 大変です!」

「……私がなんとかしなくちゃ!」


 私も部屋から出ないように言われて、思うように身動きがとれない。だとしたら。 


「サラ! いる?」

 

 隣の部屋に向かって叫ぶ。使用人のサラは、私の有事に備えて隣の部屋が与えられていた。

 

「はい。ロザリーさま」

 

 すぐに返事があった。使用人の朝は早いようで、仕事着で私の部屋まで駆けつけてくれた。

 

「いかがされましたか!」

「急ぎで、第一王子を呼んできてほしいの!」

「はい、承知いたしました。すぐに呼んでまいります」

 

 私の無理なお願いにも、サラは「頼ってくださって嬉しいです!」と意気揚々と返事をしてくれた。

 

 私に呼び出された第一王子は、不服を顔の全面に貼り付けたような顔をしていた。


「ルイさま、待っていました!」

「こんな朝っぱらから何の用だ。俺も忙しいんだ。伝言があるのなら、メイドに手紙でも渡してくれ」


 取り合わないつもりの第一王子に、私はパンッと手を合わせた。

 

「そこをなんとか! こんな状況で手紙を書く時間なんてないわ! ロウが大ピンチなの!」


 私の剣幕に押されたのか、第一王子は黙った。

 

「……要件はなんだ。簡潔に説明しろ」

 

 嫌がっているけれど話を聞いてくれるらしい。口は悪いけど、優しいわね。

 私は彼に夢の内容を説明した。

 

「……つまりは、過去と現在の夢を見て、ロウが邪悪な力を手に入れたソニアに捕まったということだな」


 一行で綺麗にまとめてくれた。できる男は頭の回転が早いらしい。

 

「そうです。大ピンチです。なので、一緒に来てくれませんか? ほら、私が逃げ出さないように監視役が一人必要でしょ?」

「――――は? 俺は奴が大っ嫌いなんだ。なぜ俺が、奴の救出に向かわないといけない!」

 

 長い溜めの後に、ブツブツと文句を垂れてきた。

 

「あら? 昔は仲が良かったと聞いたんですが……」

 

 秘蔵情報を放出すると、第一王子は目を開けたまま固まった。

 

「……それは誰から聞いたんだ?」

 

 私はニヤリと笑った。

 

「ふふふ、王女さまから教えてもらいました。それなりに剣の腕が立って、私の監視もできて……となると、ルイさましか適任はいません!」

「……セドリックだっていいだろうが」

 

 間髪入れず言い返された。

 あ、第三王子のセドリックさまもとい、シスコン王子もありだったな。そういえば、今年の剣術大会で優勝していらっしゃった。この第一王子のルイさまは三回優勝して、それ以降は出場自粛されたんだけど。


「図星だったな? セドリックを連れてきてやろうか?」

 

 フッと第一王子は意地悪な笑みを浮かべた。

 

「いいえ! ルイさまに一緒に来ていただきたので、お願いします!」

「……一日だ。それしか時間を与えられない」


 要は一緒に行ってくれるということだ。私は気を良くした。

 

「ありがとうございます! よろしくお願いします!」

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