第15話 幕間:ロウ視点

 俺は魔道具屋の店主のロウだ。伝説の勇者パーティの魔法使い職を引退してからは、この仕事をしている。

 本当の名前はグロウ・アレイスター。世間では「大魔法使いさま」と呼ばれている。名前だけが有名になって一人歩きして、本当の名前を明かせば呑気な魔道具屋の生活は送れないだろう。


 最近、魔道具屋にやってきた娘――ロザリーも大魔法使いに憧れていると言っていた。過去の俺を尊敬する目を見た瞬間、正体は絶対に明かせないと思った。


 魔道具を作るのが趣味で、楽しくて……それが伝説の勇者を引退した理由と知られれば、あの可愛らしい瞳が幻滅の色に染まるだろう? 想像しただけでも耐えられなかったんだ。


 ウサ耳の魔道具で十分幻滅されたって? ハハハッ! 魔道具で幻滅されるのは別に構わない。俺の趣味だからさ。単に趣味が合わなかっただけだ。

 ロザリーが初めて魔道具屋に来たときには、五年前に魔獣から救った娘だと一目で分かった。


 なぜかといえば……好みドストライクの娘だったからだ。

 少し吊り上がった目、自信ありげな顔はツンデレな性格に違いない。メイド服がよく似合いそうだ。魔力量が多いと当時も感じたが、技に磨きをかけて勇者パーティの一員にまで成長するとは。感慨深い。


 それが役立たずと言われて勇者パーティ追放? 中級の魔獣討伐でロザリーの実力を見させてもらったが、役立たずとは思えない。魔道具の扱いにはすぐに慣れて天性のセンスさえ感じる。

 何かの間違いでなければ、人間関係のトラブルだろうか。彼女の勝ち気な性格は敵を作りそうだ。


 ロザリーの近くにいる白い光は妖精だろう。俺が近づくと隠れるから、どうしても俺に見つかりたくないらしい。理由はよくわからないが。

 妖精とロザリーは良好な関係のようだし、彼女に害はなさそうだからそっとしておこう。




 ある日、魔道具屋に馴染みのない客がやってきた。膝当てや古びたマントを羽織っている姿からして冒険者だろう。密閉された店内では、男の汗の臭いがだいぶ漂ってくる。


「ここが、あの追放聖女の魔道具を作った魔道具屋だな。攻撃魔法の習得ができるという」

「ああ」


 その評判は嘘ではないから、一応頷いておく。魔道具を使いこなせるかはその人によるが。

 剣士が攻撃魔法を習得できると、遠距離攻撃も可能となり戦闘に有利となる。


「攻撃魔法の魔道具を一つもらおうか」

「俺の魔道具は注文を受けてから一つずつ手作りしている。出来上がるのに一週間かかるが良いか?」

「なに? では、店に置かれている魔道具は……?」


 棚に並べている魔道具は買えないのかと視線を送ってきた。よく同じことを聞かれる。奥に下げればいいのだが、なんせ置き場所がない。


「あれは貸出用のサンプルだ。メンテナンスのときに貸し出すことがあるが、売ってはいない」

「サンプルでいい。売ってくれ」


 ……しつこいな。サンプルに食い下がってくる。

 その人に合わせて作ることで魔道具の精度は遥かに上がる。サンプルでもそこらの魔道具よりは良いものだという自負はあるが、絶対に売ることはできない。

 条件を飲んでくれないのなら――無理に売ることもないだろうと断ることにした。それに、ロザリーを追放聖女と揶揄されたことは許しがたい。


「魔道具の質を落としたくないから、サンプルは売れない。待てないのなら、他の店をあたってくれ」

「……わかった。『一週間』待たせてもらう」


 嫌な客だ。一週間を強調して言われた。

 しかし、注文を受けた金をもらう以上は、ちゃんと作るか。

 重い腰を上げて魔道具の作成に入った。

 魔道具の質はもちろん落とさないが、ある小細工を施した。


 そして一週間後。


「これが……魔道具か?」


 出来上がった魔道具を見て、冒険者はイラついたようにこめかみをピクリと動かした。

 ブタの鼻の形の魔道具だ。耳にかけることができ、激しい戦闘にも耐えられるように考慮されている。鼻から吸い込んだ息が爽やかな香りになる効能付きだ。

 ちと匂うしつこい客にはお似合いだと思ったが。ま、豚の鼻のダサい見た目は誰でも嫌だろうがな。


「騙されたと思って付けてみろ」

「……こんな魔道具は買えないな」

「ま、そんなこと言わず」


 装着するだけはタダだとか適当に言ったら、冒険者は嫌々ながらも鼻に付けた。

 豚の鼻、想像以上に似合ってるな。

 ブブッ! と吹きそうになったが、なんとかそれを防いだ。無理に笑うのを我慢したせいでお腹がヒクヒクと暴れている。

 呼吸を数回した冒険者の反応は……。


「……息がしやすい。香りも爽やかだ。体が軽くなったような気がする」


 見た目以上の効果を実感してもらえたようだ。


「攻撃魔法の試し打ちもしてみるか?」

「やろう」


 そうして、攻撃魔法が発動したことで豚の鼻の魔道具は買われていった。

 

 数日後、あの冒険者からクレームが入った。


「攻撃スキルが出てくるのが遅い! しかも、ブタの鼻の形! この魔道具屋のセンスはどうなってるんだ! パーティメンバーからも笑われたぞ!」


 大きな声で立て続けにクレームを言われたので、耳の奥がキーンと鳴った。


「魔道具の効果はお前が追放聖女と呼ぶロザリーと同じだ。そもそも、魔道具がすべてだと思うのが間違っている。あいつーーロザリー以上に攻撃の魔道具を使いこなせる奴はいない。あいつは規格外なんだ」

「あの追放聖女が規格外!? ……やってられない!」


 肩をいからせて、店を去った。


「ククッ。おかしいな。あいつ、本当にブタの鼻を付けて戦ったんだな」


 ブタの鼻は取り外しができない設計で、鼻以外に装着しても効果が出ない鬼設定だった。

 追放聖女と呼んだおしおきには丁度よかったが、いたずらが過ぎた。


「ロザリーのように魔道具を使いこなせる人が出てくるから、魔道具屋をやってよかったなと思えるんだよな」


 魔道具を使うセンスがある人を見ると、もっと魔道具を提供したくなる。次は趣味全開を控えたいと思うが、怒った顔も可愛いんだよな。ロザリーは。……って、好きな子をいじめたくなる男児か!

 もう来ることはないと思うが、豚の鼻の冒険者の注文はもうお断りだ。

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