機械と肉、海の夢

へむ

第1話 妖怪のお仕事☆

15m四方ほどの部屋に通された。特に何かが置かれているわけではない。からっぽのキューブだ。部屋の中心に裸の男がこちらに背を向けて立っている。背はそれほど高くはなく、筋肉質な胴体をしている。もっとも、そのことにほとんど意味はないが。


機械化された四肢は最新のモデルだった。ロゴマークが変わりより洗練されたデザインになっているらしい。腰の辺りから背骨に沿って銀色の光沢が走っている。光沢はうなじを通り後頭部まで続いている。磁力を使って体を浮かせる装置だろう。筋肉を水中のレベルまで弛緩させ、睡眠の質を高めるための機械らしい。これもこの間最新型が発売されたものだ。


 頭蓋骨は外され、透明なプラスチックに取り換えてある。脳漿に覆われた脳が見える。これは特に意味がない人体改造だが、「脳は美しい。人間であることをアートに。人生を表現に」というキャッチコピーとともにここ最近流行している。


 後ろから背中を押され数歩前に出る。ドアが閉まる音がした。振り返ると俺を連れてきた大柄の男がドアの横で腕を組んでいた。ドリルが付き出したような奇妙な髪形で、黒く窮屈そうな上着を着ている。ズボンも黒いが、こちらは不自然なほど太い。


目が合うと男は顎をしゃくって前を向くように促してきた。


「あの男の後ろに立て。近づいて声をかけて、それから肩を掴んで振り向かせろ」


「なぜ?」


「黙ってやれ」


 不愛想に指示を出すと男はうつむいてしまった。しばらく眺めていたが、コミュニケーションを取るつもりはなさそうだった。


 前を向いて咳ばらいをする。ほとんど残響はなかった。一歩踏み出すと靴が少しだけ沈み込むような感触がある。目を細めて観察すると壁も弾力のありそうな材質で作られているように見えた。


「あの」


 男の肩を掴む。ちょうど機械と体の結合部分に中指があたった。反応がないので、軽く腕を引くと、腰の辺りからねじれて上半身だけがこちらを向いた。振り向いた男の目は黒々として顔の半分近くを占めていた。胸の辺りから昆虫の足のようなものが無数に伸び、不規則にうごめいている。


「少し痛んだ牛乳を下さい。リンゴはある種の愛情のはずでしたが、今や私を蝕み苦しめます。この足は不随意運動を続けます。私は消えてしまいました。というより、今この瞬間にいったてもなお、私は・私を・私として、身体感覚によって同定できていません。というのも、物語とは違い私には思い返す愛情がないのです」


 男はそう言うとうつぶせに倒れ、壁に向かって這い始めた。両手両足は脱力し床に引きずられているが、昆虫の足は力強く、男は壁を這い上がりやがて天井に張り付いて止まった。


「妖怪を見たのに驚かないな」


 天井を見上げていると横に大柄の男が並んだ。


「いや・・・」


「意識ははっきりしているか?」


「そうですね・・・今のところ」


「あいつと目があって声を聞いてたように見えたが」


「ええ、目は合いました。たぶん。声も聞こえました」


「なるほどね」


 大柄の男はにやにやと笑いながら俺を眺める。


「もたもたするでない。さっさと終わらせんか」


 声の方を見るといつの間にか老人が部屋に入ってきていた。白髪の老人は、見慣れない物を押しながらこちらに歩いてくる


「珍しいじゃろ?これは乳母車というもので、かつて幼児の運搬に使用された代物だ。信じがたいことに動力は自分自身!さあ、わしが可愛いベイベーを持ってきてやったぞ。好きな物を選べ。迷うなよ。直観が大事だ」


 乳母車の中には様々な道具が入っている。


「何に使うんですか?」


 老人は乳母車に手を突っ込むと黒光りするものを取り出した。ショットガンに見えるが軍用の物とは形状が異なる。


「これはアンティークじゃ。でもなかなか威力がある。弾は二発しか装填できんが、わしのお気に入りの道具だ。ほれこの通り」


 轟音が鳴り響き、天井から血をまき散らしながら男が落ちてきた。みぞおちの辺りに穴が開いている。血液と義肢を制御するための油が床に広がっていく。


「どういうことですか?」


「ははは、どうもこうもない。見た通りだよ。で、何に使うのか、だっけ?」


 老人は乳母車を俺の前に押し出してきた。


「こいつにとどめを刺す道具を選びなさい。それが今後君の仕事道具になる」


 俺は木製の柄が付いた大型の刃物を手に取った。そして倒れている男の横にしゃがみ込み、そして頭に思い切りそれを叩きつけた。一度目は角度が悪かったようで頭に沿って横に滑り、耳を切り落としてしまった。もう一度振り下ろすと透明のプラスチックにひびが入った。脳漿がとろとろと流れ出てくる。何度も振り下ろすうちに息が切れてくる。何度目かで刃が完全に頭の中に入り、脳をかき混ぜるとがたがたと痙攣していた男は大きく跳ね、静止した。


「すばらしい!異常なほどすばらしい!ぶらーぼ!ぱちぱちぱち!」


 老人は微笑みながら拍手をしている。


「道具選びに品がある。それは肉切り包丁というもので、料理にも使える。家で使ってもいいぞ?よろしい。採用じゃ」


「お前才能あるよ。ひさびさの採用だ。俺は戸坂。今日からお前の同僚になるわけだな。よろしく」


 大柄な男は戸坂と言うらしい。手を差し出してきたので、握手をした。


「あ、採用ですか。どうも。ただ、今の仕事を辞めるのはちょっと・・・」


「不衛生で低賃金の仕事に見えたがね。よろしい。それでは詳しい服務規程は食事でもしながら決めようかの。その前に体を洗ってきなさい。靴に脳みそがへばりついとるぞ。戸坂君、洗浄室に案内してやってくれ。あ、それと包丁忘れんようにな。これからは常に携帯しておきなさい」


「あいよ。ついてこい新人」


 我々は部屋を出た。



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