第3話 己の立場:2
リョウが棒の指す方向に視線をやると丸い中庭のような場所を突っ切った先に扉が見えた。ここは何だ?石の壁、剥き出しの地面、左側に続く壁の裏側からは金属を叩く音が聞こえ、煙が立ち上っている。中庭と呼ぶことにしたこの場所に自分たち以外の人影は無く、壁の中に続く扉も出てきたところとこれから向かう先、そして自分から見た左側の壁にあるのとで三か所。太陽の日差しは冷え切った体に心地よかった。空気はひんやりとしているがさっきまでいた所よりはマシだ。何かのフンのような香りが漂っているのを気にしなければだが。
座り込んだままキョロキョロと周りを見渡しているリョウを立ち上がらせると男は後ろから棒で小突きながら自分が指した扉へと急かせた。
「歩け、急げ」
さっきまでつまらなさそうにして、全てが心底どうでも良いみたいな態度だったくせに、いざ外に出るといきなり元気だなこの野郎は。この番組のスタッフはどうなってるんだ、いったい。抗議のメールでパソコンをパンクさせてやるからな、待ってろよ。そんな事を考えながらリョウは背中を押されつつ歩いた。
これがテレビのドッキリに過ぎないという考えも実はぐらつき始めていたが、リョウはめげずにそれにしがみ付く。無意識のうちに仮説と相反する事象は無視する。少なくとも、昨日までは真冬の12月だったのに、今いるこの中庭の体感気温は春か秋のそれ。明るい所でやっとまともに見られた男の顔は日本人のそれではない。髪の毛も金髪よりの茶色だ。さっきから喋る言葉も明らかに日本語じゃないのに意味が分かる。そんな不都合な事実は意識の底に沈め、番組ディレクターとトオルか誰かが「はい!大成功!」って叫びながら飛び出してくるのを待つリョウ。待っているのに誰も出てこないまま、ついには扉の前に着いてしまった。リョウはどうするべきか分からずに立ち止まる。
もう看守としか思えなくなってきている男が扉をノックする。
「2等級審問官様、ガズンです。連れてきましたです。入っちまってよろしゅうですか?」
敬意を払う喋り方、なのか?コントでしか聞いた事ないような男の喋りに気を取られてリョウは扉の奥から漏れてきたくぐもった声が何と言ったのかを聞き取れなかった。それは「入れ」とも取れたし、「くたばれ」とも解釈できる返事だったが、ガズンと名乗った男は躊躇なく扉を開け、リョウを中に押し込んでから自分も続いた。
奥にもう一つ出口がある質素な部屋だった。部屋の隅に木製の机と椅子が一脚あるだけ。机には
「ガズン、ダエモンを一匹連れてくるのにどれだけ時間をかけているんだ?私に昼食を取らせない気かね?」
書類からリョウとガズンに目線を移した男はため息交じりに問いかけた。
「すいやせん2等級審問官様、マーズの馬鹿がこいつだけ下の獄房に移してやがりまして、マーズから聞いて直ぐに連れてきやした」
マーズの名前が出た途端に審問官は呻きながら片手で目頭を押さえた。
「またアイツか。今度は何だ?死んだ叔父の面影でも見えたのか?村の祭りで鼻っ柱を折られた相手にそっくりなのか?何だって奴は毎度毎度ダエモンの中から一匹を隔離したがるんだ?」
「いえ、それが、こいつが妙な見た目だってんで、きっと正体を隠してるってんで、へい」
そう言いながらガズンはリョウを机の前に押し出した。
「良いかね、ガズン。私がいつもお前たちに言っている事があるね?召喚の儀の際は必ず、必ずだ、実体化するダエモン達をその場で計測して危険度が大きいと判断すれば直ちに消去するのが手順だ。危険な者はそもそも円の外に出さないのだ。ましてや、我々が関わる3級以下の召喚で危険度の高いダエモンが現れた記録が一つもない。それでも。それでも貴様たちは木偶人形のように毎回、毎回、毎回!勝手な妄想で!!ダエモンを訳の分からんところに隔離しては私の報告書作成の邪魔をしている!!!」
静かに喋り始めていた審問官は次第に声を荒げて、最後には立ち上がってガズンに向かって怒鳴っていた。
「へい、すいやせん、でもコイツはマーズの奴が……」
「黙れ!!」
まだ何か言いたそうなガズンを睨め着けながら審問官はゆっくりと息を落ち着かせた。気を取り直したように再び椅子に腰かけると書類をまさぐりながらいつの間にか手にしていた羽ペンでリョウを指す。
「何度言っても理解が追いつかない奴らと過ごすのが如何に苦痛か、分かるかね?まぁ良い。お前が最後のダエモンだ。さっさと報告書を書き上げたいので協力したまえ。氏名、年齢、職業は?」
2人のやり取りを聞きながら益々混乱していたリョウは、この茶番の発言権が自分に回ってきた事だけは理解できた。
「あんたがディレクターか?何の番組かは知らないが、人を拉致してこんな扱いを受けさせるのが許されると思うなよ!さっさと俺の服を返せ!良いか、俺は……」
言い終わらないうちに横から腹をガズンの棒で殴られ、リョウは膝から崩れ落ちる。
「ああ、そうだった。ガズン、分かるように教えてやれ。私がこのダエモンの記録紙を準備している間に終わらせるんだ。もう食べ終わっていても良い時間だからな、さっさと片付けよう」
ガズンに指示を出した審問官は一枚の紙にペンを走らせ始めた。
「良く聞け、泥喰い。お前はダエモンだ。誰でもない、ただのダエモンだ。偉大なお方が召喚した。ここはヴァール砦だ。2等級審問官様の質問に答えろ。答えないと殴る。口答えすると殴る。2等級審問官様を襲うと殺す。食堂が。閉まる。前に。全部。答えろ。分かったか?」
一言おきにガズンは床で腹を抱えているリョウを殴り続けた。背中、腕、足。殴られる痛みよりも言われている言葉の方が衝撃的だった。ここまで来たらもうテレビのドッキリ説は通じない。こんなの演技じゃない。自分はダエモン?召喚された?ヴァール砦?
「わ、分かった、分かったからもうやめてくれ」
声を絞り出すリョウの言葉を聞いてから、もう数発殴ってガズンは審問官に向き直って得意げに胸を張った。
「おや、聞き分けの良いダエモンで助かる。もう一度聞く。氏名、年齢、職業」
審問官がやや驚いた素振りで書き込んでいた紙を横にどけ、もう一枚を取り出してペンを構えた。
「トウドウ・リョウ、21歳、郵便局員。教えてくれ、ダエモンって……」
まだ状況が今一把握できていないリョウは今一番引っかかっている言葉、デーモンに似た言葉の意味を訪ねようとしたが再びガズンの一撃で転がされた。そのまま更に殴ろうとするガズンを審問官が一喝して止める。
「良い!珍しく時間のかからなさそうなダエモンだ。案外、言葉で一度説明した方が建設的な会話ができるかも知れん」
審問官はそう言うとペンを置いて、腕を組んで椅子の背もたれに体を預けた。
「ダエモンとは我々人間が住んでいるこのファルナジアの大地、その外の世界から来た者の総称である。勝手に入り込む輩も稀にいるが、お前の場合はフローディウス様の弟子達が恒例の実地研修で召喚なさった10匹のダエモンの内の一匹だ。ここはお前の世界ではない。元居た世界でお前がどんな立場だったとしてもここでは関係ない。私は2等級審問官のアマネウスだ。私の仕事は召喚されるダエモン達の聞き取り調査を行って召喚の課題にどれほど合致しているかを明らかにする事。聞き取り調査が不可能であると判断すれば私の一存で処分できる。お前たちダエモンは危険だから自由にさせてもらえると思わない事だ。聞き取り調査の可否以外でも私がそう判断すればお前を引き渡しに適していないとして処分できる。さぁ、時間が惜しい。私の質問に正直に答えろ。必要な情報を得たら食べ物もくれてやる。良いな?」
リョウはアマネウスが静かに語る言葉を一つ一つ理解する度に血の気が引いていくのを感じていた。異世界、だって?自分は異世界に召喚されていた!?裸で目覚めてからここまでの度重なるストレスが限界を突破してリョウの意識はガズンも、アマネウスも、ダエモンも居ない平和な世界へと旅立った。
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