第262話 ヤケ酒だ!!


「おおっ、そうか。良かったよカイト社長。正直安心した!」


 ワグナスはいい笑顔で答えた。安心した、というのは本音だろうな。


「カイトさん!?本当に良いんすか??」


 ミルコは慌てて聞いてくる。ボルトも何か言いたげな様子だ。


 俺は落ち着いた態度で静かに二人に告げた。


「気持ちは分かるけど、こうした方が絶対にいい。理由も後で説明するわ」



 そんな感じで俺達スーパーカブはサガー(キャットも含む)と協定を結んだ。

 そしてサガーの本社を出る時、最後にこんな会話をした。


「カイト社長。有意義な契約ができて良かったよ。そちらのカブについてはしっかりキャットさんと連携して注視しておくので任せてもらいたい。今日は来ていただいてどうも、ありがとう!」


 俺は笑顔で冗談交じりで話した。


「ああ。サガーとキャットに守ってもらえると助かるぜ。その噂が広まってよ、『カブにちょっかい出すとあんたらに捕まるぞ』って話が町中に広まってくんねーかな?ははっ」


 俺は冗談半分で言ったつもりだったがワグナスは真剣だった。


「うん。もちろんそのことは新聞にも載せるつもりだし、ウチの従業員にもお客さんや住民達に伝えさせるつもりだよ。なのでカイト社長も、ヤマッハ内で荷物は配送しないと喧伝けんでんしておいて欲しい」


「おう。分かった。これからもお互いの成長のために頑張っていこうぜワグナスさん!」


「ええ!もちろん」


 俺は最後にワグナスと握手をした。



 山際が少ししゅ色になりかけている。時刻はようやく夕方に差し掛かる頃だ。


 俺達は本部に帰るべくバイクに乗り込んだ。



 ――ドゥルルルルー……。



 そして出発しようとした時……お!?見たことのある人物がこちらに歩いてくるぞ。



「あー。スーパーカブさんだ!こんにちは。もう来てくれたんだ。早いね!」



 それはあのベアトリクスだった。彼女はやはり元気な声で俺たちに挨拶した。


「あっ!ベアトリクスさ……」


 思わずボルトが声を上げるが、すぐに押し黙ってしまった。

 ……何故かと言うと、その隣には見知らぬ男がいたからだ。


 そして、その男がまだ建物の外にいたワグナスに声をかけた。


「親父、式の日程決まったぞ」


「おーそうか!はっはっは。良かったな二人とも」



「あっ!こんにちは。これからもよろしくお願いしまーす」



 ベアトリクスは、その男にべったりとくっついてなんとも嬉しそうな表情をしていた。



 あ、あらー……。



 真実を知った俺はしばらくその状況を眺めていたが、やがて我に帰った。そして思った。


 ボルトは大丈夫か?


 俺はボルトの顔を見ると、少しだけ口を開けたまま固まっている。

 その表情は、気力、知性、余裕、元気さ……といった、それまでのボルトが持っていたものが全て抜け落ちたような虚無な顔だった。


 こ、これはやべぇ……!


 俺はすぐ様カブ90に跨るボルトの横に駆け寄り、右腕で肩を抱いて聞いた。


「おい、ボルト大丈夫か!?……大丈夫じゃねーな!うん、今日は飲むぞ」


「……」


 ボルトから返事は無い。俺の声が届いているのかどうかも不明だ。



「おうミルコ、これで酒買ってこい!お釣りは取っとけ」



 ミルコはボルトを慰めようとしている事を察してくれて、俺がミルコに1000ゲイル札を渡すと、


「了解っす!」


 とだけ言い残して猛スピードでセローでヤマッハの食材屋の方へと走っていった。



 俺はカブ90に跨りながら力なくうなだれるボルトを励ましながら、二人でなんとか本部へと戻ってくる事ができた。


 途中で酒を買ってきたミルコと合流した。よし、これでボルトを励ます準備は整ったぜ!


 失恋なんて酒飲んで忘れろぉぉ!ボルトーー!!



「あ、おかえりー!サガーどうっ……!?」


 出迎えたガスパルがボルトの様子に異常を感じて言葉を詰まらせた。


「な、なんかボルトおかしくね!?」


「うん、おかしいぞ」


 俺もひとまず同意して事情を話そうとすると、ターニャが嬉しそうに、かつ誇らしげにガッツポーズを決めながら報告してきた。


「おじ、ターニャ皆の前で発表したよ!」


「お、おお。……そ、そうだったなターニャ。どうだ?皆の前で状況を伝えるってのは結構難しいかっただろ?」


 ターニャは満足げに微笑みながら内容をリピートし始めた。


「うん。えーっと、最初はね、バーディー村に行くとちゅうでベアトリクスと会ってボルトが好きになってねー……」



 あっ、ターニャその話題は今マズい……。



「ぅあふっ、ぇえふっ!!ぅゔゔーっっ」


 すると、ボルトが嘔吐えずくような声を上げて地面にへたり込んだ。


「わあああああああああああああああ!!!!」


 ボルトはタガが外れたように号泣しながら何度も拳で地面を叩いた!


「うわあああああああああっ……ぅふうぅぅうっわああっ!!!!」


 ボルトは飲んでもいないのに今にも吐きそうなぐらい苦しんでいる……ちょっと外に出そう。


「い、一体……な、何があったんだよボルトに!?」


 困惑するガスパルとドン引きするターニャを横目に、両脇を俺とミルコに支えられながらボルトを外に連れ出した。


 よく見るとターニャは何やらメモみたいなものを取っていた。偉いぞ!いや、今はそれどころじゃねえな。



「あふぁああああぁぁぁぁっ……ぼ、ぼ、僕ゥ……」


 外でもボルトは地面に四つん這いになりながら泣き叫び続けた。


「人をっ、す、好きになる事なんてないとぉ……おもっ……思ってたのにぃぃ……っっ、ぁうぁあああぁっっ……」


 ターニャはやはりボルトを悲しそうな顔で見つめつつもしっかりメモを取っている。


「ボルトが、すごい……おおなき、してる」



 そして俺はもう下手になぐさめたりせず、ボルトの肩に手を置きながら、ミルコが買ってきてくれた酒を差し出した。


「ボルトよ、辛いだろうけどよ、これはもうどうにもならんぜ。誰も悪くねえしよ。もうここは酒ガバガバ飲んで寝て忘れろ。……な!」


「うぇええっ、あり、ありがと、ございます……カイトさぁん、」



 そこにはいつもの余裕綽々よゆうしゃくしゃくとした青年の姿はなく、悲しみに打ちひしがれた一人の男がただただ叫び涙してうなだれる光景が展開されていた。



 そして酒をガバガバ飲んだボルトは悲しみが一定のラインを超えたらしく、少しだけ元の饒舌じょうぜつさを取り戻していた。


「ぼ、僕はね……本気で好きになったんすよ……あの人を。ガチ恋っす、ね……」


「うんうん」


「ボルト、ガチ恋……」


 俺は相槌を打ち、ターニャはメモをとる。



「ぐすっ、正直、……サガーの本社前であの子の笑顔を見たとき、ぐすっ、勃○ぼっきしちゃったぐらいでしてね……」


「ぎゃははははははは!」

「あはははははは!!おまっ、け、健康じゃねーか!?」

「今日のボルト面白いわ!はっはっはー」


 俺達は爆笑した。それにしても男ならではの会話だ。……いや、ターニャもいたわ。


「ボルトが……ぼっきー!……ぼっき、ってなにー!?」


 俺は飲んでいた酒を吹き出した。



「お、お前にはまだ早えぞターニャ!?」

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