第114話 カブのスパルタ特訓
――ドゥルルルアアアアンン……キキーッ!!
「うわっ!」
まただ……。ミルコがカブに乗るのに苦戦している。
自転車に乗った経験がないとやっぱりこうなるのか。ま、じきに乗れるようになるだろ。
それよりアイツに渡す給料どうしよ……?
やっぱり定期便の配達を覚えてもらって、配達し終えたらその日の分を渡すのがいいかな?
いくら払おう?バダガリ農園を往復すれば大体3500ゲイル、もしくは2000ゲイルの収益。
あいつにはその日の収益の……そうだな、4割を支払う事にしよう!
ドゥルルルルー……。
「あ、……いい感じ……いい感じ、わっ、うわーっ!!」
キキィーー!
「お、ミルコ。今結構走れてたんじゃねーか?」
「は、はい!何となくですがバランスをとるコツを掴んだ気がします!あははっ面白いですカブ君に乗るの!!」
ミルコの爽やかな笑顔が弾ける。
「そうだろ?カブに限らず原付やバイク……自転車も含めて、初めて乗れた時はめちゃくちゃ嬉しいからな」
その時俺のズボンを隣で見ていたターニャが引っ張った。
「ターニャもカブ乗る!うんてん、うんてん!」
「ははは。お前はもうちょっと背が伸びたら絶対乗ってもらうぞ〜」
俺がターニャの頭を掴んで小刻みに揺らすと、ターニャは嬉しそうに笑った。
「ういーー!」
――キキッ!
Uターンしようとしたミルコが再びコケそうになっている。
「ミルコ、曲がる時はハンドルを回すんじゃなくて体を曲がる側にちょっと傾けるんだ。そしたら自然に曲がるから」
「は、はい!」
――約1時間後、ミルコはなんとか乗ることだけは出来るようになった。
「うわぁーー!カイトさん、カブ君めちゃくちゃ楽しいです!!」
限りなく楽しそうに笑顔で話すミルコと対照的にカブは疲労困憊という感じで引きつった表情だ。相当気を使ったらしいな。
「はあ……はあ……。き、きつい……」
息を切らせたようなイラストをタブレットに表示させたカブは、珍しく強い口調でミルコに言った。
「ミルコさん、特訓です!このままじゃ僕の魂が疲弊して消滅しちゃいます!3日以内にカイトさんみたいに乗りこなせるようになって下さい!!」
おお、凄い気合いの入り様だ!っていうか疲弊すると消滅するんか、お前!?
「まあカブの言ってる事は一理ある。今のままじゃ到底バダガリ農園の配送なんて無理だしな」
ミルコはちょっと悔しそうな顔をしたが、すぐにまた明るく笑った。
「やったりますよ!俺、こう見えて結構根性あるんで」
「はっはっは。頼もしいぜ」
「頑張って下さいミルコさん!」
「ミルコがんばれー」
カブとターニャもエールを送っていた。
それから夕方近くまで特訓し、ミルコはギアチェンジも含めてかなり上達した。
――ドゥルーーン。
「おっ、いい感じだな!」
「ははっ、なんとか運転出来そうっす!まだカイトさんみたいにスムーズにいきませんが……」
俺は笑って答える。
「ま、正直運転なんざ慣れでしかない。ずっと乗ってりゃ逆にカブでコケる方が難しくなるぜ」
「そっすかー」
俺は日本でカブを走らせていた時の事を思い出した。
「俺のいた国じゃ運転技術とかより交通法規の方が厄介だった」
「交通……?」
ミルコは初めて聞く単語に首を
「ああ、俺のいた世界じゃカブみたいな単車やら車やらが多すぎてな、道路は複雑だし色々法律で規則が定められてて、色々面倒くさかったんだ」
「へー……」
「そういう意味ではこのスズッキーニはめちゃくちゃのびのび運転出来るわ。信号すらないしな!」
ミルコはちょっと考えるような仕草をしてから口を開いた。
「……カイトさん。カイトさんって、他の国からじゃなくて全く別の世界からやって来た――みたいな感じでしたっけ?」
俺も少し考えて、ミルコに隠す事なく全てを話した。
「……へえー!そんなに文明の進んだ所なんですか!いやー、俺行ってみたいなー」
「もう1週間ぐらいしたら一瞬だけ戻る。そしてカブみたいなバイクをもう一台買って持ってくるつもりだ」
「おおー!いいですねー。仲間が増えるよカブ君、どう思う?」
不意に意見を求められたカブは戸惑っていた。
「え、ええ!?……いや、い、良いと思いますけど。ぼ、僕は後輩にパワハラしたりしませんし……」
「何慌ててんのカブ君?」
「コイツ結構嫉妬深いんだよ。バイクのくせに」
「あはははははは!し、嫉妬深いんですか??面白いっすねカブ君!!」
ミルコは大笑いしていた。
あ、そうだ!一応これも紹介しておこう。
「ミルコ、実はこの近くに会社の事務所にする建物があるんだ」
「え!?」
俺はミルコを連れて、道からちょっと離れた所にある例の事務所を見せた。
「うわっ、こりゃ本格的な事務所っすねー!ここにカブ君やその新しいバイクを置いて配達に行ったりする訳ですかー」
「ああ、ここだと俺の自宅よりヤマッハに近いし、軽油とか荷物も持ち込みやすい」
「確かに……」
「それと、この事務所がないと困るんだ。俺の自宅を会社の事務所にしてると、商談とかする時に自宅に招待するしかなくなる。自宅の存在は基本的にごく一部の人間にしか教えたくない」
ミルコは少し上を向いて聞いてきた。
「僕以外にカイトさんの自宅を知ってる人っているんですか?」
「今はいないけど……明日、商工ギルドのマスターのセシルって奴を呼ぼうと思ってる。もちろんこっちの事務所にも案内するつもりだ」
ミルコはハッとしたような顔になった。
「あっ、……カイトさんってセシルさんと仲良いんでしたね!」
俺はすぐにイングリッドの顔が思い出された。
「
「……ま、まあ……」
そう、ミルコはイングリッドと付き合ってるんだ。
全部筒抜けだったか……。俺はちょっと照れ臭くなった。
「もういっそセシルさんと結婚したらどうっすか?」
え……、それに俺はすぐには答えられなかったが、それがいいとは思っていた。
「……うん、いずれ結婚はするだろうな」
ミルコは笑顔で俺の隣に立つターニャに向けて言った。
「子供とか出来たらターニャちゃんも嬉しいんじゃない?」
「おー、こども!?ターニャこどもすき!かわいがるー!」
お前も子供だろ。と俺は心の中で突っ込んだ。
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