第92話 修羅場
――ドゥルルルルルー。ガチャガチャン……。
「ふーやれやれ……。なんとなく荒れるだろうと予想はしていたが……まさかここまでこじれるとは」
「カイトさん、ギルドの中で何があったんですか!?」
ヤマッハからの帰り道、俺はカブにギルドで起こったトラブルの話をした。
俺はその時の事を思い出しながら、カブに聞かせる。
あれから、どうなったか?まあ大変だったよ……。
――イヴは敵意を隠さず怒りの表情でセシルに詰め寄る
「セシルさん、あなたカイトさんの何なんですか!?」
イヴのその様子を見て、セシルは何か感じたような顔をした。
ちょっと考えてセシルは言った。
「……恋人……かな?」
イヴは「はっ」と勝ち誇ったような表情で、とんでもない事を口走った!
「言っときますけど私、カイトさんと一度寝たんですから!カイトさんの心は今は私の方に移ってるはずですよ!?」
お、おまっ……!?俺は慌ててイヴを制止した!
「おいコラ、イヴ!お前なんちゅー事言うねん。アレはお前が悪党の男に言われてそうしてたんだろ?誤解を招く言い方はやめとけ」
セシルは怒るでもなく焦るでもなくポカンとしたような表情で俺を見て、
「……そうなの、カイト?」
と聞いてきた。
もちろん俺はセシルに誤解を与えまいとして、セシルの目を見て真剣な顔で首を縦に振った。
「……困ったな」
セシルはポツリとつぶやく。
そしてイヴに向き直ってハッキリと告げた。
「私もカイトが好きなんだ」
「だから?」
イヴは苛立ちを隠さずムッとした表情で答えた。
「だから、カイトの事は信じてる」
そう言って俺の方を見てゆるく微笑むセシル。
良かった、イヴの発言より俺の方を信じてくれてるようだ!
「そうか……」
俺は安心してセシルに微笑み返した。
その俺とセシルのやり取りを横から見ていたイヴは、眉をひそめ歯を食いしばった苦痛に歪んだ表情で取り乱す。
「は……!?はああああああ!?なに、何何!!なんなの!!……カイトさん、何で私じゃダメなの!?嫌だ、……もう嫌!!……うっ!……うぅっ……」
気付いたらイヴは大泣きしながら悔しさを爆発させていた。
俺はしばらく見守ろうと思った。
「やっと見つけたと思ったのに……。人として、ちゃんと私を見てくれる人を見つけたって思ったのに!!!!……ううっ……」
そんなイヴの姿を見て思う。
ああ……、なんかやっぱり可哀想なんだよな……。
――ハッ!?
……そこで俺は気が付いた。俺のイヴに対する気持ちに。これは絶対にハッキリと言っておかねばならない!
「なあ、イヴよ」
俺はイヴの前に出て、しっかりと彼女の目を見つめた。
「話を聞いてる限りよ、お前の生い立ちや環境は確かにひどい。そして嘘をついてるようにも見えなかったし、出来るだけ助けてやりてえと思った。これは俺の本心だ」
「……」
イヴは無言で俺を見上げている。
「でも、それは可哀想って感情であって愛してる訳では決してない!」
その時……イヴの目から生気が消えた――それは最初に宿であった時の目と同じものだ。
正直俺もめっちゃつらい……。
それでも言っとかなきゃな、ケジメだ。
「だからなイヴ、こんなおっさんの事なんか早く忘れて、もっと若くていい男を――」
「――もおおおおぉぉっ!!!!」
突如大声を上げたイヴは、俺を指差し憤りをぶつける。
「あっ、あなたとっ!……私はあなたと一緒にいられるだけでよかった!そう感じたから私はこの国まで来たのよ!?私には帰れる場所も知り合いもいない、カイトさん、あなたが唯一の希望だったのにっ!!なんでよ……なんで裏切るの!?」
お、重い……。果てしなく愛が重い……。俺は苦渋に満ちた顔になった。
「うわああああ!!」
その時、恐ろしいことにイヴは腰に下げていた剣を抜く動作を見せ鞘に手を伸ばした!俺は一瞬血の気が引いた。
だがその時――!!
「危ないですよ?」
イングリッドがそれまで見せた事もないような俊敏さで近寄り、イヴの腕を後ろに捻り上げそのままイヴを拘束した!!
な、なんだ今の動き!?イングリッドお前は一体……??
「あぐっ……!なっ、なんで……あ、あなたみたいな方がこんな場所にいるんですか!?」
俺は意味が分からなかった。イングリッドはイヴを拘束しつつ笑顔で話した。
「いやー、だって館にいても退屈ですし。町で働いていたほうが勉強になるし面白いですから」
「イ、イングリッド。お前何者なんだ?」
俺は聞かずにはいられなかった。答えたのはセシルだった。
「イングリッドは貴族の娘。まあ令嬢というやつだな」
ええ!?き、貴族だと?
「……は、働く必要ねーんじゃねえか??……家はよく許してくれたな」
イングリッドはいつもの照れたような自然な笑顔で答えた。
「頑張ってごねました。へへ」
普通のギルドの受付としか思っていなかったイングリッドの意外な一面を垣間見て俺は驚嘆した。人間って分かんねえもんだな。
……しかし今はそれどころじゃない。
俺はイヴとそれを拘束しているイングリッドに近づいた。
イヴはやはり涙を流しながら俺をただ見つめていた。
そんなイヴの頭を右手でぐいっと押さえつける。
「うっ……??」
軽くうめき声をあげるイヴ。
「イヴ、お前はしばらく頭冷やせ。その間この物騒なもんは預かるぞ」
俺はイヴの腰に付けられた剣を外した。
「しばらくイヴの面倒見てやってくれ」
「分かりました!」
「……」
快く答えるイングリッドと対照的に、イヴは観念したのか何も言わずにただ力なくそこに立っているだけだった。
やがてそこにセシルも加わり、イヴに助言をした。
「余計なお世話かも知れないが、君は周りの人間を基本的に敵だと思ってないか?」
イヴは再びセシルを睨んで言った。
「だ、誰のせいでそうなってると思うんですか……!?」
セシルは少し首を横に振った。
「私とカイトの事に関しては申し訳ないが、君の望むようにはならない。でも、君の不安定な心を改善させる事は出来るかも知れない」
「は!?何それ?そもそもあんたさえいなかったら私は幸せになれた!」
本当に悲しそうな表情でセシルは返事をした。
「ごめんね。カイトの事はともかく、本当にあなたの事は助けたいと思うから」
イヴは再び泣きそうな顔になった。
「ふ、ふざけてんの!?屈辱的だわ……何で、敵のあんたに同情されなきゃならないの!?バカにしてる!?私を助けたいと思うならあんたの方がいなくなってよ!!」
「おいイヴ、いい加減にしろ」
俺は見ていられなくなってイヴの両肩を掴んだ。
「セシルも本当にお前を心配してる。そういう奴なんだ。そして……俺もお前の悲しい顔を見るのは辛いんだ」
セシルに目をやると、少し涙ぐんでいるように見えた。
「だったら私と――!」
「たが俺はお前とはそう言う関係にはなれねえ。お前が不幸のどん底にいた時、たまたま俺が手を差し伸べた事で、お前は俺だけが唯一の希望だと思い込んでしまった」
イヴは真っ直ぐ俺を見ている。
俺はチラッと横を見て言った。
「意外と世の中には希望が多いんだぜ?」
俺の目線の先にはアイツがいた。そう、ターニャだ。
ターニャは寝起きのせいかフラフラとこっちに歩み寄ってきて。そして、なぜかそのままイヴの足に抱きついた。
最高に空気を読んだ行動だ。えらいぞ!
急に足元にやってきた小さな存在に僅かな安らぎを感じたのか、イヴは涙を流しながらも一瞬、ほんの一瞬だがどこかホッとしたような顔を見せた。
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