第58話 これは高く売れるぞ!


「ま、どれだけお前の存在を隠しててもいつかは目をつけられる。それまではしっかり仕事すっか!」


「それが一番です!」


 俺達はお互い顔を見合って笑った。



 その日は久しぶりに家でターニャの遊び相手をしたりしてのんびりとすごした。



 ――翌朝。


 俺は目を覚ますと布団から起き上がった。

 隣に敷いた布団ではターニャがスヤスヤと寝息を立てている。


「ふっ、俺より寝相が良いなこいつ」


 俺は便所に向かい用を足して顔を洗い、歯を磨いて作業着を着た。


 この世界では、俺は家から外に出る時は日本で働いていた時の会社の制服を着ていた。

 着慣れていて汚れても問題ない上、まあまあ丈夫なので重宝している。

 ちなみに仕事内容はトラックドライバーだ。


「おはようございます!」


「おうカブ、おはよう……」


 広い玄関に行くとカブが挨拶してきた。


 タブレットには寝起きのような眠そうな顔が映し出されていた。


「お前、眠くならねーんじゃなかったんかい!?」

「いやー、眠気は全くないですが、朝なので演出してみたんですよ!」

「パチンコ台みてーな事しやがって……」


「カイトさん。まだ早いですけどもう行くんですか?」


 玄関に飾ってある時計をチラッと見たら、午前11時半だった。こっちの世界じゃまだ朝5時半ってとこだな。


「いや、流石にまだ早すぎる。そうだな……ちょっとこの家の周りを散策してみるか」

「お!散歩ですか!?」

「おう、お前も来るか?」

「勿論でーす!!」


 ……という訳で、俺とカブは家の近所をしばらく歩き回る事にした。


 近所といってもほぼほぼ山だが、もしかしたら魚のいる川とか何か食用の木の実とかがあるかも知れん。


「一応用心して木刀持っていこう」


 少しだけ武装した俺はカブに乗らずに歩いていく。カブは自走して俺の横を歩く。


 いく先は特に決めてないが、今歩いている山道はいつも俺達がヤマッハへ行くのと逆方向だ。

 そういや今までこっち側に入って行った事なかったな。



 ――ザッ、ザッ、プルルルル……。


 数分程歩いたが特に周囲の自然に変化はなく、何処にでもありそうな木と草に囲まれている。


「……ダメだな。何もねーわ」

「そうですね、帰りますか――」


 ……とカブがつぶやいた時、俺は坂の上に何か得体の知れない黒い物体を見た!……何だあれ?


「あ、あれって……!?」


 しばらく俺達はその黒い物体を見つめていた。よく見るとちょっと小刻みに動いている。


 ――何だアイツ!?


「僕の記憶が正しければアレは――」

「何だ!?」


「動物です!」


「いや、それは分かってる!……もうちょっと詳しく――」


 俺が喋り終わる前にその黒い奴がこちらに向かって走ってきた!

 そして同時に正体が分かった!


「アレ、猪だ!!」


 豚のようなボディーに口元から大きな牙が生えている!!


 ――ツカッツカッツカッ!!


「やべえ!カブ、逃げるぞ!!」


 俺は後ろを振り向いてカブと共に逃げようとしたが、カブはそこに静止している。


 あ、そうか。カブはバックギアねえんだ!



 ツカツカツカツカッ!!!!


 しかし猪はカブには目もくれず俺の方に向かって突進して来た!!


 うおおおおおっ。



 ――ザザッ!


 俺は何とか横に飛び退いて猪の突進をかわす事ができた。


 それにしても近くで見ると猪は巨大な筋肉の塊だ。多分100キロぐらいあるぞアレ……。


 頼む、そのままどっかへ行ってくれ!


 という俺の願いも虚しく猪はぐるっとUターンして再び俺の方へと突進を始めた。


「くそっ!……」


 焦りはしているが、俺はさっきと状況がちょっと違う事に気が付いた。


 さっきは猪が坂の上から突撃して来たが今度は下から駆け上がってくる。

 そして相手の突進のスピードも大体分かっている!

 ――これが俺に大きな勘違いをもたらすのだった!!


「これは勝てるかも!?」


 そんな風に思ってしまい、俺は木刀を真上に上げて構えた。


 ――パパーッ!!


 カブが後ろからクラクションを鳴らした!


「カイトさん!ダメです!に居たままだと相打ちです……!!」


 ハッ、そうか!!確かに――ならこうだ!



 ――ガキッ!!!!



 俺は構えを上から横に変え、猪を横に避けつつ野球のバッターのようにフルスイングした!


「フゴッ!!」


 急所の鼻に直撃したようで猪はふらついた!よし、これで逃げれる……と考えていたら――そこに奴が現れた!


「ウォウ!!」


 バンだった!!

 俺と猪の前に登場するやいなやふらつく猪の喉笛に一瞬で食らいつき離さない。


「フゴーッ……」


 そのまま数十秒経つと猪は動けなくなった。


「うおお……強えな、バン……」


 あっけに取られる俺にバンは平然と挨拶した。


「どうもカイト殿。助太刀が遅れてしまい申し訳ない」


「何いってんだ。めっちゃ助かったぞバン。ありがとよ」


 そこへ笑顔のカブもやって来た。

「おはようございます。バンさん、助けもらって感謝です!」


「これもカイト殿とカブ殿へのご恩返しの行いです。お気になさらず……ところでこの猪はいかが致しますか?」


「ん?……いや、どうだろう?お前が食うんじゃないのか?今までのパターンだとよ」


 ここでバンは意外な提案をしてくれた。


「今回はカイト殿とカブ殿の力もあっての狩りでした。ですのでお二人に差し上げます」


 え……。


 俺は困惑してカブと顔を見合わせた。


「いや、ありがてえんだが猪を丸ごとってどう料理すればいいかも分からん。朝はミルコとの約束もあるし昼からはセシルに話を聞きに行くし、時間もない――」


 あ、そうだ!


 ここで俺は一つ閃いた。


「ミルコを迎えにいく時、ヤマッハでこの猪を肉屋に売ろう!」


「おおっ!なるほど。猪の肉は現代でも販売されてますしね!結構高値で売れるんじゃないですか?」


「バン、本当にいいのか?」

「どうかお気になさらず」


 涼しい顔をして俺達に猪を譲ってくれたバンは優雅に毛繕いをしている。


「よっしゃ。ちょっと待ってろよ!」


 ガラガラガラ……。


 俺は突如として目の前に現れた食肉に少し興奮しながら、家からカブの荷車を引っ張って来た。


「こんだけデカい猪だ。結構な高値で売れるんじゃね?しかも真っ黒な猪なんて珍しいな」


 するとバンが猪について解説した。


「これはブラックボアプリウス。かなり交戦的な性格で、いきなり『突進』してくるので要注意野生動物に指定されておりますな」



「……なんだそのPRIUSみてえな名前は?」


 あ、そうだ。売り物にするなら今のうちに血抜きをしとかなきゃな。

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