相談
第51話
「あのっ、俺、水嶋のこと好きなんだ」
夕日が海と恥ずかしそうにした横顔を照らしている夕暮れ。
ご飯にカラオケにボウリング。マラソンメンバーでひとしきり遊び終わった後、たまたま千葉健太郎と二人になったそんなとき。唐突だった。
完全にないと思っていたので、まずは言葉の意味を咀嚼するところから始まり、そして驚く。
おかしい。優勝していないのに、そんなはずはない。
そう思っても、私の前で気まずそうにしている千葉健太郎の様子を見れば、私の変な妄想や思い込みなんかではないことはわかる。
「え、えっと……」
雑巾を力強く絞るようにして出てきた言葉はこれだけ。
混乱していたという理由もあるが、何て返せばいいのかわからなかったことが大きい。私が聞き漏らしていなければ、言われたことは好きということだけ。
ありがとう……はなんか偉そうかな。それとももうちょっと言葉を待つべきか。
「あの……」
「あ、はいっ」
私があれこれ考えていると、どうやら呼ばれたようで、パッと目を合わせる。
「俺と…… 付き合ってください」
「……っ」
千葉健太郎のストレートな言葉と瞬きすらない眼差しに、私は目を細めてしまう。
正直なんで私なんかを、という気持ちは心のどこかにはある。
日和みたいに明るい性格でもないし、琥珀ちゃんみたいに優しいわけでもないし、世莉さんみたいに顔が良くて完璧なわけでもない。
だけど、千葉健太郎はきっと真剣だ。私なんか、と思うことは失礼になるんだろう。
好きだと言われてどう答えるかはわからない。ただ、付き合ってくださいと言われれば、返すべき言葉はわかる。
「ごめん」
私にはこれしか言えない。どうしても。
「……そ、そっか。は、はははっ。そりゃそうだよな! そこまで仲良くもないのになっ。ごめん、急に変なこと言っちゃって!」
「……変なことではないと思うよ」
「っ……」
変なことではない。
「その。ダメな理由、聞いてもいいかな」
千葉健太郎はこんな私に告白してくれている。だから、私もちゃんと言おう。
「私、好きな人がいるの」
「……そっか。そう……か。うん、羨ましいやつだな、そいつ」
「でも…… いや、ごめん。なんでもない」
絶対に叶わないんだけどね、と言おうとしてやめた。それは今、必要のない言葉だろう。
「その、これからもさ、俺と友達でいてくれると嬉しい」
「うん。それはこちらこそ」
きっとしばらくは気まずいだろう。だけど、いつかは忘れられる。私はそう願うしかない。
「あの、千葉くんに一つだけ聞きたいことがあるんだけど、いいかな」
千葉健太郎は言葉を発さずに、こくんと頷いだ。
「後悔、してる?」
私に告白してくれているのに、他のことを考えるのは失礼だと思う。だけど、どうしても聞かずにはいられなかった。
千葉健太郎は答えに困ったように黙ったままだったが、しばらくして口を開いた。
「……俺さ」
「うん」
「本当はさ、マラソン大会で優勝したら告白しようと思ってたんだ。それは水嶋以外の他のマラソンメンバーには伝えて、協力してもらってて」
「……うん」
「でも優勝できなくて。だから今は告白するときじゃないって思って諦めてたんだ。だけど、優勝なんて何にも関係なくて、水嶋のこと好きなんだろって言われてさ」
「それは誰に?」
「相楽だよ」
「っ…… ……そう」
「うん。確かにその通りだなって。俺はきっかけがないと告白できないと思ってたけど、結局勇気がないだけだったんだってそのとき気が付いて」
染みる言葉だ。だって私もそうだから。
「それで勇気出しての結果だから。後悔は…… してないよ」
「……本当に?」
「……おう。なんならちょっとすっきりしたかもな!」
そう言って、笑っている千葉健太郎を見て、私はまた目を細めた。
凄い人だ。どうしてこんなにも凄い人が私の周りにはいるのだろうか。
「……じゃあ、俺、もう帰るわ」
「え、日和とか他のみんなは?」
「あ、そのことなんだけど、実はみんなもう先に帰っててさ。俺がそうお願いしたんだ。ごめん、黙ってて」
「あ、ああ、そうなんだ。そっか。じゃあ…… またね」
「おう。また学校でな」
「うん」
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