進路

第14話

「さて水嶋さん。そろそろ決まったかな?」


 ついに十月に突入した。


 十一月には学校行事の一大イベントである文化祭が待ち構えている。となると、そろそろ文化祭の準備が始まってくる頃。


 私の通っている高校はちょうど去年から文化祭の一般公開を始めたらしく、どんな文化祭になるのかと、柄にもなく楽しみでそわそわしている。だけど、まだそわそわしている場合ではない。


 私には文化祭の前に乗り越えなければいけない課題があったのだ。


「あとうちのクラスで文理が決まってないのは水嶋さんだけだよ?」

「すみません……」


 確かに文理選択の最終期限まで残り一週間というこのタイミングで選択希望の紙を白紙で出しているのは私くらいだろう。


 今の時期になっても決めることができていないんだから、もう先生が勝手に決めてくれたらいいのになあ、なんてことを考えてしまう。どうしようもなく投げやりが過ぎることは分かっているけど。


「何度も言ってるけど、先生は文系の方がいいと思うけどな」

「はい……」


 自分自身が元々優柔不断であることに加えて、日和の存在が私の中で大きすぎたせいで、どちらにも振り切れないでいる。


 自分の成績や得意教科だけを見ると私は確かに文系。だけど、日和は理系。


 文理が別れてしまえば、同じクラスになれることは絶対にない。こんな救いようのない理由で悩んでいるなんて誰かに話してしまえば、バカにされるか、もしくは呆れられることは間違いない。自分でも呆れているくらいなんだから、先生に話すなんてもっての外だ。


 先生が私の目の前で小さなため息をつく。


 担任の芝野海しばのうみ先生。国語教師で私の担任。


 はっきりと何歳なのかは知らないけど、おそらくまだ二十代の可愛らしい先生だ。


 ピンクが好きらしく、いつも必ずピンク色の何かを持ち歩いている。


 顔も可愛いし、身長もそこまで高くないので、ふわふわとしているイメージがあるけど、先生としてはしっかりとしていて、私のせいで何回ため息をつかせただろうかと申し訳なく思う。


「何度もすみません……」

「いいのいいの。まだ期限は一週間あるんだから」

「はい……」

「あ、期限と言えばさあ、ふっ、実は今日も『えー、まだ芝野先生のところ、決まってない生徒いるんですかあ?』ってバカにしてきた先生がいたなあ。誰とは言わないけどさあ。あの先生は期限って言葉を知らないのかな? 数学教師だから国語能力皆無なのかな?」


 今日も今日とて、先生から禍々しいオーラが放たれる。


 クラスのみんなは知らないと思うけど、普段ふわふわしている芝野先生は時折こんなふうに自分の中の悪魔に乗っ取られることがあるのだ。私はひそかに心の中でブラック芝ちゃんと呼んでいる。


 まあ私的にはこれくらいの暗さがある方が人間味があって好きだけど。


「はあ、あの小川おがわとかいう性格最悪ゴリラ教師め…… 絶対ぶちのめしてぐちゃぐちゃにしてゴミ焼却場まで運んでやる……」


 説明しよう。


 小川とは隣のクラスで担任をしている数学教師のことで、生徒に課題を出しまくる上に忘れ物をすると烈火の如く激怒するモンスター教師のことである。ちなみに学生時代はラグビーをしていたらしく、筋肉ムキムキのまさにモンスターゴリラ。この学校での生徒人望ピラミッドの中では最下層にいる先生だ。


「先生ー」


 私は芝野先生を現実に引き戻すために、先生の目の前で小さく手を振る。


 先生がこうなるのはいつものことで、対処の仕方にはもう慣れたもんだ。


「はっ…… ごめん、またやっちゃった、私…… ふう、落ち着かないと。よしっ、進路の話に戻ろうか」


 先生が頬を両手でパチンと叩いて、私に向き直った。


 たぶん気が付いてないみたいだから、小川という個人名が出てきたことは黙っておこう。


「何度も呼び出しちゃってるけど、焦って欲しいわけではないからね。どこかのゴリラはバカにしてきたけど、大切なことはしっかり考えた上で決めた方がいいに決まってるから」

「……はい。ありがとうございます。一週間後までにはちゃんと決めます」


 ……とは言ったものの、ちゃんと決められるだろうか。不安しかないけど、なるようになるかという諦めもある。もちろん諦めていいような選択ではないことも分かっているつもりではいるけど。


 良い意味でも悪い意味でも、日和は本当に呪いみたいなものだなと思ってしまう。


「とりあえず今はもう時間もないし、教室に帰ってお昼ご飯食べていいよ。あと放課後にまた呼ぶかもしれないからね」

「はーい……」


 私は「失礼します」と軽くお辞儀をして、職員室を後にする。


 ふと考えていたことは進路のことではなく、この残り一週間の間で、ブラック芝ちゃんがあと何回みれるかなあ、なんて、的外れなことだった。

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