第112話 人工ウイルス
レイとイチカがステーションの管理人室内で楽しそうに談笑している時に、レイが血を吹いて倒れる。あまりに唐突な出来事に自分は呆然とするけど、流石にイチカとアリアーナは対応が早い。即座に医療班が呼び出され、レイは医療用ポッドにぶち込まれる。
悪い予感自体はしていたのだが、散々検査しても異常なしだったのに急に血が全身から噴き出るってどう考えてもおかしいだろ。そして症状と検査の結果から、過去にAIが人間を滅ぼすためにまき散らしたという人工ウイルスに感染していたことが判明する。
「……どういうものなんだ、それは」
「人工ウイルス、というよりかは正常な細胞に置き換わるナノマシンって言った方が良いわね。宿主に気付かれないように擬態して自己増殖して、正常な細胞にどんどん置き換わっていって……一定の数まで増殖したところで一斉に溶けてなくなるわ」
「……致死率は?」
「100%」
過去には猛威を奮ったらしいが、今は予防接種に含まれているナノマシンがこの人工ウイルスに対しても効くようで、まず発症しない。……ただ、ベレーザ星系の住民はその予防接種をまだ受けていなかったため、今回レイが発症したと。
即座にその予防接種をベレーザ星系の住民に打ち始めるが、既に発症してしまっていたらどうしようもないほど自身の身体の細胞が置き換わってしまっているようで、すぐにレイは危篤状態となる。
……流石に、タイミングが合い過ぎている。自分がAIについて『人間の脳をベースにしたAI』を思いついたタイミングでこれか。どうやらこの人工ウイルスは、脳にまでは置き変わらないらしい。むしろ、人間を極力苦しませてから死なせるために脳だけは正常なままなのだとか。
持ち込んだのは、遺棄された宇宙船を開封した自分達だ。外れだと思っていたが、とんでもない大当たりだったらしい。各惑星にまだ直接立ち寄ってはいないため、予防接種が届けられれば各惑星の住民は助かる。助かってしまう。
よって倫理的にまだ許される流れで、善人寄りで、裏切らなさそうで、自分の脳を元にAIを作られたとしてもメンタルが壊れなさそうな、人間の脳を確保出来るのはこの機会以外無いだろう。
「……レイを一時的に起こすことは出来るか?」
「目を覚まさせたら、いつ痛みで発狂して死ぬか分からないわよ。
……話すことが出来るのは数分ぐらいね」
フィアが今この場にいなくて逆に助かったというか、そんなこと考えている時点で自分がおかしな人間であることぐらい自覚している。ただ、おそらくこの機会を逃してはいけない。
「レイ。聞こえるか?
恐らく……いや、間違いなくこのままだと助からない。だから聞くが、どんな形になってもレイは生き続けたいか?」
自分の言葉は、レイに届いているのか、全身がボロボロになりながらもレイは頷く。その頷きで顎の肉が剥がれ落ちても、目玉が零れ落ちても。自分が『どんな形でもか?』と再確認した時にもレイは頷き、そして再度レイは失神した。
「この医療用ポッド、この中に居れば脳だけでも数年は持つ、だよな?」
「ただの延命にしかならないけど、一応生きている状態ではあるわ。
……何を、するつもり?」
「アデラを呼べ。脳を弄り回す研究畑の出身だ。頭に過ったことぐらいはあるだろう。
……人間を脳だけで生きさせる。ついでに、莫大な演算能力も持たせる」
本人の了承は取った。恐らく、レイ自身もまともな状態で生き永らえることが出来るとは考えていないはず。問題は開発が間に合うか、そもそも脳だけでずっと生きることが出来るかの2点か。倫理的に許されるかどうかは今は考えなくても良いや。あと、暴走する可能性とかは面倒なので今は考慮にすら入れてない。
何か絶句しているアリアーナは、それでもアデライーラさんを呼んでくれたので人間の脳を使ったAIの構想について話してみると『実現できる可能性は十分ある』とのこと。流石は学習装置の生みの親だ。何でこんな人がネルサイド協定に居たのかは気にしないでおく。
……恐らく、自分がレイ以外の存在を拾った場合でもこうなってはいたのだろう。この世界の病気とか、人工的に作られたウイルスっていう存在を自分は甘く見ていたし、いずれ打たないといけないとは思っていたが、レイは視野外だった。。
そう言えば、管理AIが作りだしたメイド姿の美少女はレイとそっくりだった。……もしかしたら、というかもしかしなくてもあのAIはレイ本人か、それに近しい存在であるということは推定できる。こうなることは、既定路線だったってことかよ。何というか、やり切れない怒りすら湧いて来るわ。
……でもそうすると、レイは自分自身でこうなるように誘導していたってわけだから案外本人視点でも悪いものではなかったりするのかも。あくまでも希望的観測だけど、もしそうなら少しは気持ちが楽になる。
しばらくすると、レイの身体は完全に崩壊し、脳と神経だけの状態となる。この状態でも生きているってもう何かそれだけで怖いな。
この状態で意識を覚醒させられるわけないので眠ったままなんだけど、ここでフィアが帰って来て色々と絶句してた。……予防接種って大事だったんだな。フィアがあれだけ叫んでいた理由もよく分かったわ。
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