悪徳領主の息子に転生したから家を出る。泥船からは逃げるんだよォ!

葩垣 佐久穂

覚醒の息吹

 ゲームと読書が趣味の大学生、亀山亘は強大かつ最悪な敵と格闘をしていた。

 全男の敵、やたらとバツの小さい広告と。


「ああーー。これ絶対ミスったら別のタブに飛ばされるタイプのやつ。だがこの先に桃源郷がある限り男ならやるしかない」


 ポチッとな

 案の定というべきか、亘の意気込みむなしくPCの画面は切り替わり、白い画面でロードを始めた。


「やってしまった。戻るボタン、戻るボタンっと」


 左向きの矢印を何度もクリックするがなぜか反応はなくロードが続くばかりであった。


「なんか変だな。あれ?」


 再び画面が切り替わると、そこにはまっピンクの魔法陣のようなものが表示されていた。


「出会い系か、風俗の詐欺サイトか。ついてない」


 そう思ったのもつかの間、亘の視界はぐるぐると回り始め、遂には真っ暗になり落ちていった。


 気が付くとやたらと豪華で巨大なベッドの上に横たわっていた。


 病院?とも考えたが、医療機器らしきものは見当たらなかったのですぐに思考を切り替えた。ホテル、誰かの家、天国、それとも臨死体験?あたりを見渡そうとするが、思ったように体が動かない。何とか首をひねることができたのでヒントを見つけようと目を凝らした。

 大きな発見として、少なくとも現実世界ではないことが分かった。燭台がぷかぷかと宙に浮いているばかりか、燃料がないのに燃えていた。


 その時亘の頭に電流走る。


「ひょんなことありゅ?(そんなことある?)」


「ひゃ?(は?)」


 しゃべろうとしてもまともに舌が回らなかったが、それこそが転生の証拠でもあった。


 ドアの開く音とともに足音が近づいてくる。


「ヴィクター、ご飯の時間よ」


 金髪碧眼でにこやかな笑みを受かべるこの女性は状況的に母親か乳母だろう。


「ひょっちょまへぇごひゃんはまじゅい(ちょっとまてご飯はまずい)」


「はーい。ミルクでちゅよ」


 身動きは取れないのに徐々にそれは近づいてくる。


「あーーーーー!」


(見せられないよ!)


 悲劇であったが、赤子となっている今仕方がないことであった。しかし、精神的には同年代の美女から授乳されたというのに欲情しなかったのは幸運というしかない。


 僕に赤ちゃんプレイの癖はないからね。

 嘘じゃねーぞ、ねーからな。

 でもおねショタは好きだぞ。あれは良い。人類の叡智エイチの結晶と言っても過言じゃない。

 てか前世は目覚める前にショタと呼べる年齢を超えてしまってたけど、今はそうじゃなーい。最高のおねショタチャンスじゃねーか。

 神様ありがとう。ありがとう。


 世紀の大発見(当社比)から数日が経ち、いろいろなことが分かってきた。まず身体能力は赤子そのものなものの、どんな原理なのか聴力、思考力はそのままであった。転生モノでは赤子のうちに魔法の練習をするのが定番だか、残念ながらどこに力を入れても何をしても反応はなかった。

 母アデリナは例の授乳してくる美女で、父トラウゴットは小太りで元イケメンの雰囲気があった。フリードリヒという兄もいるらしいが、この数日で顔を見ることはなかった。

 ベッドに始まり部屋中の装飾が豪華なことから予想はできたが、転生したこの家は貴族家だった。貴族家ということはそう!可愛いメイドさんにクールな執事!

 メイド萌の業を持つ亘の予想を裏切らず、メイドのマリーはアニメかラノベから飛び出してきたかようなメイド服を着た15、6歳ほどの可愛いらしい少女だった。


 一方執事は、クールとは程遠かった。


「ヴィクターお坊ちゃま入りますぞ」


 噂をすれば……


「まんだあい、あっちゃあけ(めんどい、あっちいけ)」


「お坊ちゃまはもう言葉をお話になられるのですね。クロウ感激でございます」


「……」


「臣下の言葉に安易に返答しないとは、聡明さと威厳までも。これでベルネット家は安泰ですな。地獄で先代に叱られずに済みます」


(地獄ってこのじいさん若いころなにやらかしたんだ)


 これ以上は面倒なのでとにかく黙って眠いふりをする。そうしていればヴィクターを気遣って部屋を静かに、一切の物音を立てずに出ていった。


 _____________________


 ベルネット家執務室


「またヴィクターのところへ行っていたのか?」


 トラウゴットはクロウから受け取った領地関係の書類をめくりながら問いかけた。


「はい。ヴィクター様はベルネット子爵家待望の次男ですから」


「あまり言いたくないが、貴族社会の次男には大したものは望めんのは知っているだろう。所詮長男のスペアに過ぎないというのが慣習だ」


「分かっておりますが……長男のフリードリヒ様は少々傲慢な節があります」


 クロウとトラウゴットの間を数秒の静寂が支配した。


「父の代から世話になっているよしみで今回の件は聞かなかったことにする。気を付けてくれ、お前を切りたくはない。それに間違ってもフリードリヒとヴィクターが兄弟でいがみ合うことは避けんといかん」


 ほんの一瞬クロウが苦虫を嚙み潰したような顔をしたが、幸か不幸かそれにトラウゴットが気づくことはなかった。


「では失礼します」


 クロウはほれぼれするほど丁寧で教科書通りの所作で部屋を出て、仕事部屋へと歩みを進めた。


「先代閣下、約束は果たせないかもしれません」


 一方執務室ではトラウゴットが書類の確認を本格的に始めていた。


「うーむ。屋敷の修繕に商会の誘致、アデリナのドレスもいい加減新調すべきだとすると赤字になりかねんな」


 仰々しく悩んだような動きをしたのち、ペンを持ち書類に一文書き加えた。


『本年は、豊作不作に関わらず昨年と同量の税を納め、倹約に努めること』と。


 _____________________


 翌日の朝アデリナの足音が亘の部屋に向かっていた。亘は恐怖と羞恥を感じながら、足音がそのまま過ぎ去ることを祈り続けたが、祈り空しく足音はドアの前で止まった。


「おはようヴィクター。おしめ変えるわよ」


 赤子なので仕方がないことだが、亘の意思に関わらず幾度となく漏らしていた。アデリナが母だと分かっていても、なかなか羞恥心はなくらななかった。しかし、昨日までの羞恥は序の口だったと思い知らされることになるとは思っていなかった。


「ごめんなさいね。トラウゴットに子爵夫人がおしめなんてと叱られちゃったから、今日からはマリーがすることになるわ」


「ヴィクター様、至らぬ点も多いとは思いますがしっかりと務めさせていただきます」


(スカートひょいってつまんであげるの可愛いなぁ)


 亘の脳が現実を拒否し、逃避している間に、マリーは手際よくおしめ変えを終わらせた。


 これでマリーちゃんいつでも子育てできるね。はーと


「奥様これでよろしいですか」


「マリー上手ね。安心してヴィクターを任せられるわ。これからよろしくね」


「ありがとうございます!」


 美しい主従関係が繰り広げられる中で一人の赤子が死んだ目をしていた。自分より年下の少女におしめを変えられることが、亘の心に計り知れない羞恥を与えた。


(もうだめ、お嫁にいけない……)


 前世で亘は2人の妹の兄だった。亘は性癖が歪むのを我慢した!!長男だから我慢できたけどそうじゃなかったら我慢できなかった。こうしてこの国にメイド萌ロリコン貴族が誕生することが防がれた。

 そして羞恥にまみれた亘は気づかない。肉体年齢で考えると完璧なおねショタ展開であることに。そして誰も気づかない。いち貴族家の次男がこの家を、この国を、この世界に大きな波を起こすことに。

_____________________


「お前たち荷物をまとめて南に行くぞ、エモニエ領はもうだめだ」


 重く淀む空気と響く轟音、悲鳴の中で家族を急かすものの、急いだところでどうにかなるのか、そもそも何が起こっているのか、彼には分からなかった。 


「そんな……」


「パパ、僕たちどうなるの?」


 子供は震える手で木彫りの人形を抱きしめた。


「大丈夫だ、大丈夫だ」


 その時、爆発音とともに空気の重さが急激に増した。


 翌日、彼はいつものように朝食を食べ、仕事を始めた。その翌日も翌週も翌年も。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


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