カタワレトイウベキカナ

ゅゆつづ,

プロローグ

 ゆりかごの中であなたたちは目覚めた。

 なんのため────

 愛されたいか?

 復讐したいか?

 守りたいか?

 それとも


 



 白を基調に構成された部屋に男、パレスが椅子に腰掛けていた。

 部屋に窓はない。あるのはとそこに横たわる少女だけだった。血痕はなにかを引きずったように廊下へと続いている。

 手には丁寧に使い込まれた日記帳と万年筆を持っていた。

 パレスの朝は記録から始まる。誰から命じられているという訳ではないが、ある日、試しに記してからずるずると続けてしまっていた。

 記述している内容は目の前の少女だ。

 無造作に伸ばした白髪はベットを根のように蹂躙し、かすかに赤黒く汚れたワンピースから生える手と足は枝のように細い。眠っていて今は見えないが瞳は青く輝いている。

 少女に名前は無い。パレスが知らないまたは忘れたのではなく、そもそも付けられていないのだ。

 少女に名付けが許されているのはパレスの知る限りでは一人しかいない。パレスの主である母だけだ。

 今日も今日とて彼女の健康状態を坦々と書き留めていく。

 昨日は元気に動いていた分、眠っている時間が普段より少し長い。

 だが、もう時期起きるだろうとパレスの脳内では杞憂に過ぎなかった。

 記録し終えたパレスが次に向かったのは今いた部屋を出て右にある、『蘭荘』と呼ばれる部屋だった。

 しかし、蘭荘へ続く道には強固な扉が取り付けられており、これ以上進むことはできない。その代わり、パレスの腰辺りに位置する場所に丸い穴が空いていた。

 パレスがそのまま突っ立ていると、

 コロンコロン────と静かに音を立てて半透明の球体が転がってきた。

 パレスは大事そうに取ると、割れないよう慎重に懐へしまう。

 パレスが踵を返して来た道を戻る。

 その時、


 「パレスーーーーーーーーー!!」


 過剰なまでに豪快な甲高い声が廊下中に響いた。

 パレスは眠り姫が目覚めたかと、内心ため息をついて返答する。

 「どうされました?今そちらへ向かいます」

 「来なくていい!私がそっちへ行く!」

 そう廊下に木霊すると、先までパレスが記録を録っていた部屋から少女が走ってくる。

 「おはようパレス。きょうこそ一緒にあそぼ」

 「私が任された任務はこの場所の管理と警備です。遊ぶことは任務外なのでできません」

 「えーつまんない。ここにはわたしとパレスの二人だけしかいないんだからいいじゃない」

 少女は頬を膨らませ地団駄を踏む。

 「それを言うならあなたが来るまで私は一人でした」

 「それとこれとは話がべつでしょ」

 「任務外のことですので」

 パレスは雑務をこなすかのように返答する。

 「ねえパレス?」

 「はい、何でしょう」

 「左のおくにはなんで行ってはいけないの?」

 「危険だからです」

 「きけんなの?」

 「はい」とパレスは首肯する。

 少女が疑問に思った左の奥とは蘭荘とは真逆に位置する道であった。

 両脇には少女がいた部屋と酷似した部屋が幾つかあり、その内の何個かはパレスが物置や球体を保管するために用いていた。

 パレスが危険だと説明した場所はその更に奥である。

 パレスたちがいる廊下とは裏腹に、進めば進むほどどんどん暗くなり得体の知れない恐怖を感じてしまう。

 ここで少女はふとあることに気づいた。

 「でも、パレスはたまにおくに行ってるよね」

 「私の任務は管理ですので。全体を定期的に周回しております」

 「なにそれズルい!私もいきたい」

 「時期がきたら行けますよ」

 「ほんと、どうやって行くの?いついくの?」

 「私も初めてのことですのでお答えできません。ただ、必ずその時は来ます」

 少女は嬉しさを体全体で表そうと飛び跳ねる。

 パレスはその光景を微笑ましく、そして興味深く眺めていた。

 瞬間、ゴーーーーーーーン!!!という、少女の叫び声とは比にならない轟音と地響きが周囲を覆い尽くした。

 「ぱ、パレス。なにがおきたの?」

 「お答えできません。ですが、良くないことであるのは確かです」

 部屋が歪み、壁の至る所に亀裂が走り出す。そこから赤い液体が滲みでてきた。

 奇妙なのはそれだけではない。

 一歩一歩着実に近づいてくる足音。その正体を二人はすぐに見ることになった。

 「わわ、なにこれ気持ちわるい」

 少女が悲鳴混じりに声を漏らす。

 一言で表現するなら、化物だった。

 人と呼べる部位は足だけで、それ以外のほとんどが異常な速さ形態を変化させている。変化し続ける箇所からは無数の目と触手が生えては消えるのを繰り返しており、気味の悪さから、いつしか二人を目と触手の数を数えるのを諦めていた。

 二人はこれ以上喋ることはせず少しずつ後ずさりしかできなかった。

 だが、そんな痴態を嘲笑うかのように化物は触手を勢いよく突撃させる。

 ターゲットは少女だった。

 首から四肢までありとあらゆる箇所に巻き付いてくる。あまりの速さに少女は為す術もない。

 咄嗟のことにパレスすらも対処できなかった。

 巻きついた触手は器用にしならせて少女を引き寄せる。少女から響く鈍い音は見るも無惨だった。

 化物と少女との距離が寸になった時、音を発さず、瞬く間に化物諸共溶け始める。

 パレスの視界にもう少女の姿は存在しなかった。

 徐々に地響きも収まり、亀裂からの赤い液体も零れる程度になっていた。

 液状化した化物は床をへばりつき、床に赤黒いシミを残して元来た道へと帰った。

 化物がいた場所には少女だけが残されていた。しかし、これまでの天真爛漫な少女は面影もない。純白のワンピースは灰色に染まり、青く輝いていたきらびやかな目は赤く虚ろな目へと変貌している。

 少女はパレスを見て不気味に微笑んだ。



 「ただいま、パレス」



 雄叫びを上げ顕現した歪、

 容赦のない悪に弄ばれて、

 堕天した。

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