【7】やっぱり復讐やめないから
昼食後、俺はちょっと気になることがあって弓槻を外に連れ出すことにした。
気になることというのは、彼女の復讐心だ。
当人と腹を割って話し合ったことは一度もないから、正直どんな気持ちでやっているのかは外側から伺うことしか出来ない。
玉砕覚悟でカマキリと本気でやり合う――いわば自殺志願者なのか、復讐という題目を掲げて、潰れそうな心を辛うじて奮い立たせているだけなのか、単純に姉を死なせてしまった俺への当てつけなのか…………。
元々扱いづらい性格なのは、海紘ちゃんのあしらい方を見れば何となく分かる。
二人きりの家族だから、お姉ちゃん子だったのも想像に難くない。
多分、見た目よりも子供なんだと思う。
だからこそ、何をしでかすか分からない。
子供で、脆いから、何がトリガーになって暴走するか分からなくて、怖い。
だから、弓槻の気持ちがちょっと和むようなことでもさせてみようと思ったんだ。
「ねえ、ホントに私も行くの?」
玄関先で待ちくたびれた俺の前に、ようやく弓槻が現れた。
当人の了承を得てから、かれこれ小一時間も待たされた。
一体ご近所に行くのに何をめかし込む理由があるのか、俺には理解出来ない。
「お前は少しでも早く銃の扱いが上手くなりたいんだろう? だったら俺の言うとおりにしろ。手先の器用さはとても大事なんだぞ」
胡散臭いセリフをもっともらしく弓槻に語る俺様。
一応これでも彼女の教官だしな。
「わかったわよ……」
終始ムっとしたままの弓槻を伴い、俺がやって来たのは海紘ちゃんちの店だ。
今日の手伝いには、俺だけでなく弓槻も強制参加させる。
こいつは、海紘ちゃんが遊びに来なければ、武器の扱いを練習しているか部屋に籠もっているだけだからな。
「こんにちはー、多島で~す。下僕を一人連れてきました~~」
「いらっしゃい! 待ってたよ。お、今日は弓槻ちゃんも一緒か。有り難いなあ」
俺は店のドアを開けて、海紘一家に挨拶した。
真っ先に声をかけてくれたのは、相変わらずイケメンタフガイなお父さん。
大歓迎の海紘ちゃんたちに弓槻の顔もほころぶ。
店内には、いつも暇そうな常連さんたちが来店していたけど、こないだの猟奇殺人の一件はお父さんがうまく誤魔化したのか、普段の和やかな空気に戻っていた。
「そんじゃあ、弓槻は俺と一緒にお菓子の選別と袋詰めだ」
「う、うん」微妙に緊張している弓槻。
海紘宅への出入りは多いけど、意外なことに家業の手伝いは今回が初めてらしい。
海紘ちゃんのお父さんに、海紘ちゃんとおそろいのパティシエ服を借りてなんとなくご満悦な弓槻。だけどケーキ屋というよりは薬局の方が似合っている気がするのは、そこはかとなく険が滲み出ているせいだろうな。
ふと気付くと、弓槻が俺を睨んでいる。
「……ん? どうした、弓槻。まさか帰りたいとか言うんじゃないだろうな」
「………………ど、どうよ」
「……はい? 仰る意味がよく理解出来ないのですが、弓槻さん……」
「こ、海紘と比べて、ど、どうなのよ」
「…………いや、同じ制服だな、どう見ても。色もおそろいだ。良かったな」
そういう意味で言ってるんじゃないってのは、さすがの俺でも多少は感づく。
でも認めたくない。
認めたら負けな気がする。
弓槻にまでそんな気持ちになられては、俺は一体どうしたら――
「まー、まーまーまー弓槻ちゃん可愛い! こっちいらっしゃい! 海紘と一緒にお写真撮るから! 海紘~~!」
ハイテンションな海紘ママが控え室に乱入し、弓槻を強制連行していった。
「やっぱ、親子だな。顔だけじゃなく、性格までそっくりだわ……」
俺はぼやいた。
店頭での記念撮影を終えた弓槻と海紘ちゃんが戻ってくると、お父さんの提案で、みんなで作業をすることになった。
海紘ちゃんはおしゃべりだから、マスクを二重にして作業に参加。弓槻はうんうん、と相づちを打つ方が多かったけど、それでもとても楽しそうだった。
途中俺はお父さんと一緒に外に出て、店先のイルミネーションの取り付けに着手した。
「例年はもっと早くから点けるんだけど、今年は省電力型で明るい新型に交換しようと思ってね。それがやっと今日届いたんだよ」とお父さん。
「おわー、すっごい豪華じゃないですか~。これ屋上から下げるんですか?」
「そうだよ。多島君は下で引っ張る係をお願いしたいんだ」
「了解です」
高い所から下げてみると、かなり立派なイルミネーションでボリュームもあり、遠くからでもバッチリ目立ちそうだ。
この街の人は結構イルミネーションが好きみたいで、あちこちの家が明るく照らされている。おかげで異界獣も居心地が悪いのか、住宅街や商業地域では、あまり拡散せずに暗がりで過ごす奴も多い。もしかしたら、街の人達が十数年前の異界獣騒ぎを忘れたくて、こんなにハデな電飾を点けるようになったのかもしれないな、と思った。
寒い中、鼻水を垂らしながら作業を終えた俺とお父さんは、暖かい店内に戻った。厨房では相変わらず弓槻と海紘ちゃんの二人が、仲良くお菓子作りに精を出していた。
俺は、海紘ちゃんのお母さんに入れてもらったカフェオレを、お父さんと奥のコタツ部屋で仲良く頂いた。
お父さんはお母さんに呼ばれて間もなく店先に戻っていったけど、多島君はもう少し休んでいなさいと言われて、……気付いたらコタツ寝をしていた。
「んん…………」
あんまりコタツが気持ち良くて、つい眠ってしまった俺。
目を開けると、そこには。
「あ~~あ、なんで起きちゃうのよ~、ショウくん」
海紘ちゃんのドアップがあった。
というか、チュー未遂な距離だ。
彼女の息が俺の顔にかかる。
……ヤバイ。俺、狙われてた……。
「えっと……これは……どういう、ことなのかな。既成事実でも作りたかったんか?」
「そうなような、違うような」
「と言いますと?」
「てっきり弓槻はショウくんのこと圏外だと思ってるって油断してたら、いつのまにか二人ともなんかいい雰囲気なんだもん。……焦るでしょ、やっぱ」
「………………へ? 今、なんて」
「だから、焦るでしょって」
「違う。その前」
「え? うーん……と、二人ともいい雰囲気?」
「そう! それ! 弓槻が俺を? まさか」
「じゃあ逆なら認めるの? 弓槻のことが好きだって」
「!?」
俺は、何も言えなくなってしまった。
……でも、微妙に違うんだ。俺の方は、気のせい、だから。違う……はず、だから。
「違うんなら、私がお婿にもらっちゃうぞ」
そう言って海紘ちゃんは、俺の顔を両手のひらで挟んで、おでこをくっつけてきた。
口ぶりは可愛いけど、目がゴッツいマジだった。
狩られる気分ってこういうのなのか。
「えと…………多分、好き……だと思う」
「そっかー」
海紘ちゃんは明るくそう言うと、俺を縛めから解放し、カーペットの上に仰向けにバタンとひっくり返った。「相思相愛じゃしょうがないなー」
「だから何で弓槻が俺のこと好きなんだよ。あいつは俺を恨んで――」
海紘ちゃんはムクっと起き上がって言った。
「だって、お父さんと外に出てたときもちょこちょこ見にいってたし、いない間じゅうずっとショウくんのことばっか話してるし、なんか嬉しそうだし、絶対好きに決まってる。だいたい、なんで弓槻がショウくんのこと恨むの? なんで?」
「それは…………言えないけど」
「なにそれ。じゃ、本人に聞くから」
海紘ちゃんは立ち上がろうとした。本気なのか?
俺は彼女の手を掴んで言った。
「ダ、ダメだ! やめてくれ。……また弓槻の傷をえぐることになる。お願いだ」
俺と海紘ちゃんはしばし見つめ、いや、睨み合った。
「……わかった。弓槻が悲しむんなら、聞かない」
「ありがとう」
俺は海紘ちゃんの手を放した。
夕食の時間が近づいたので、俺と弓槻は割れクッキーをもらって店を出た。
外に出ると、弓槻が「わあ……」と歓声を上げた。
日が落ち、群青色に染まる街の中で、昼間取り付けた極彩色のイルミネーションが燦然と輝いていた。俺も暗くなってから見るのは初めてだったから、実際には弓槻とほぼ同時に感嘆の声を上げていたんだ。
明るい礼拝堂の中で見るクリスマスツリーのイルミネーションとは違って、暗がりに色で絵を描いている屋外のイルミネーションは、それそのものが芸術品だった。
例えるならば、自らの光で闇に浮かび上がる、精緻なステンドグラスのようだ。
ん……?
いつのまにか、弓槻が俺の手を握っていた。
「きれいだな」
「きれいね」
俺は弓槻の手を握り返した。
彼女は振り払おうともせず、黙って俺に手を握られていた。
――この時俺は、弓槻と一瞬心が通じた気がした。
でも気のせいだったかもしれない。
教会への帰り道も、そのまま俺達は手を繋いだままだった。
あいつもやめようとはしなかったし、俺もやめる気になれなかった。
俺は、このままあいつを物理的に繋ぎ止めて、ついでに心も繋ぎ止められたのなら、復讐もなにもかもなかったことに出来るかもしれないと思い始めていた。
これ以上、危ないことをして欲しくなかった。
誰かへの義理立てでもなく、責任感からでもなく、俺自身の気持ちで、彼女を失いたくないと思い初めていたんだ。
やっぱり海紘ちゃんの言うとおり、俺は弓槻のことが――
俺は、教会に着く手前で立ち止まった。
礼拝堂から漏れる淡い灯りが見える。
「弓槻。お姉さんの仇討ち、俺に任せてくれないか。お姉さんはお前が復讐鬼になることなんか望んでない。ましてや自分のために妹のお前が危険な目に遭うことなんか――」
「嫌よ。やるって決めたんだから」
やっぱり。わかっちゃいたけど、取り付く島もない。
「ナマス切りになった吉富組の人、お前も見たろ? プロでもああなるんだ。頼むから、死にに行くようなことはやめてくれ。俺は……」
「負けたくせに! あんただってカマキリに負けたじゃない!」
「次は必ず倒す。だから、」
「やだって言ってんでしょ!」
「俺は、お前が死んだらイヤなんだよ! いなくなって欲しくないんだよ!」
弓槻は泣きそうな顔になった。今にも涙が零れそうだ。俺だって泣きたい。
「なんでよ……自分はいつ死ぬかわかんないくせに……」
「責任を感じて、お前を守りたいと思っちゃいけないのか? 償いをしたくて、お前を大切にしたいと思っちゃいけないのか? 死ぬかもしれない奴は、お前に生きていて欲しいと願っちゃいけないのか? それとも――――俺が天使だから、いけないのか?」
弓槻は大粒の涙をぽろぽろと零しながら、ふるふると頭を小さく振って、
「……あんたがどう思おうと、天使だろうと悪魔だろうと何だろうと、そんなの全部私には関係ないから! 私は自分の復讐をやめない! 絶対やめないからッ!」
と叫んで、教会へと全速力で走り去っていった。
「……ダメ、か」
今日の作戦は、大失敗だ。
なんであいつは、あんなに頑ななんだろう……。
「でも、天使なのはOKなんだ……。そっか。よかった」
せめてそのくらいはポジティブにでもならないと、ヘコみ過ぎて死ねる。
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