リンネと魔女

あーく

魔女

 部屋で学校の課題をしているときだった。

 突然、真っ黒なローブを身にまとった女性がどこからともなく現れた。

 女性は私に尋ねた。


「お前、今日は何年何月何日だ?」


 緊張を隠せないまま今日の日付を答えると、

「そうか……」と何か考え事を始めた。

 そして、その赤い目でこちらを見た。


「お前は99%の確率で今年中に死ぬ」


 何が何だかわからなかった。

 急に部屋に現れたと思えば余命宣告?


 当然、この人が言っていることを受け入れられるわけがなかった。


「そもそもあなた誰よ!」

「私は魔女だ」


「証拠は!?」

「もうすぐ大雨が降る」


 パッと窓の外を見るが、驚くほどの快晴だった。


「こんなに晴れてるのに?」

「ほうら、降り出した」


 すると、太陽の光と共に大雨が降り出した。

 天気雨だった。


 雨はすぐに止み、空に虹がかかった。


「あなたが降らせた……ってこと?」

「そんなことはしない。私はお前とこの世界を観察しに来ただけだ」


「観察?」

「水槽の金魚を眺めるのに、わざわざ水かき混ぜるようなことはしない」


 要するに、自分からはこの世界に介入しないということだった。


「ただし、お前だけには干渉させてもらう。金魚に餌くらいはやる程度だな」

「あなたどこから来たの? 未来人か何か? どうして私が死ぬって分かるの!?」


「一度に質問するな」


 魔女はひとつ咳払いをした。


「私は未来のお前だ。信じられないかもしれないが」

「……はぁ?」


 信じられるわけがなかった。


「どうしても信じないというのなら、お前にしか知り得ない情報を今から話す」

「え、それって――」


「2年A組 界道かいどうリンネ、13歳、女。趣味は読書。好きな食べ物はパスタと公言しているが、本当は唐揚げやハンバーグのようなあぶらの乗った肉が好き」

「やめてよ!」


「この頃からノートに漫画を描き始めるが、間違って学校に持ってきてしまい、男子に見られてしまう」

「あああああ! 黒歴史を暴露しないでよー!」


「いいだろ。減るもんでもないし」

「それはあって困らない物に使う文句でしょ! むしろ減って欲しかった!」


「まだあるぞ。入学式の帰りに〜? ほら〜、何が起きたんだっけ〜?」

「道に迷ってるうちに一時間目が終わった――って言わせないでよ!」


「ここまで言ってもまだ信じられないみたいだな。しょうがない、とっておきのネタを――」

「信じるから! 信じるからー! 思い出させないでー!」


 どうやら彼女わたしの言うことは本当のようだ。

 やや脅迫的な気もするが、ここまで言われたら信じるしかなかった。


 というか信じないと身がもたなかった。


「でもこんなことって……だいいち性格も言葉遣いも変わってるじゃない! それに、全然可愛くない」

「何を言っている。十分可愛いだろ。うふ」


「どこがよ! 魔法使いって言ったらもっと可愛いって相場が決まってるの」

「お前は何か勘違いしているな。世間の魔法使いは商業目的があるから可愛く描かれているんだ。現実の魔法使いはこんなもんだぞ」


「もっとキュアキュアみたいなのをイメージしてたのに」

「ハーマリオニーだって立派な魔法使いだぞ」




 話し込んでいる間にすっかり日が暮れてしまった。


「こんな話はどうでもいい。お前は今年中に死ぬ」

「死ぬって……どうやって?」


「例えば一週間後、飲酒運転のトラックが突っ込んでくる」

「そんなのずっと家に引きこもってればいいじゃない」


「そこで生きていた場合、その一日後に火事で死ぬ」

「……え?」


「後日、同級生に階段から突き飛ばされて死に、その後日、頭上から植木鉢が落ちてきて死ぬ。その時その時の原因を取り除いたとしても、次々と不幸が襲いかかってくる」

「じゃあどうすれば……」


「不死になるんだよ。魔法でな」

「魔法? そんなことできるの?」


「私にできたんだ。お前にもできるだろう」

「いや、まって。そういう上手い話には裏があるはず。不死になる魔法なんてなおさら――。例えば、魔法を習得する代わりにTVのリモコンが見つからなくなる呪いを受けるとか、タンスに小指をぶつける呪いを受けるとか――」


「リターンの割にリスクが合ってないな。確かにお前の言う通り、タダというわけにはいかない」

「ほらね! 騙そうったってそうはいかないんだから!」


「不死の魔法の代償は――人の命だ」

「……え?」


「でも安心しろ。誰の命かは問われていな――」

「そんなのできるわけないじゃない!」


 私が声を上げると、一瞬だけ部屋の中が静寂に包まれた。

 目の前の魔女も、私の反抗した態度に不服そうだ。


「じゃあ来週、お前は死ぬんだな」

「それも嫌!」


 魔女は、駄々をこねる我が子を見るような目をしていた。

 それもそうだ。彼女は未来の私。私がいなくなれば彼女もいなくなってしまう。

 色んなファンタジー作品の定番だが、きっとそういうことだろう。

 彼女は重い口を開いた。


「そこまで反対するのなら今日はここまでだ。また来る。だが忘れるな。お前は必ず不死の魔法を欲する。これは運命だ」


 そう言い残すと、彼女は姿を消した。

 運命――今は不死を望んでいないのだが、未来から来た彼女が言うのだからそうなのかもしれない。


 そんな考えが眠りにつくまで頭の中を駆け巡った。

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