第32話 誘拐犯との接触

 誘拐から二週間が過ぎた。被害者の部屋を物色されてからは二日が経った。

一心の下に丘頭警部から電話が入った。

誘拐犯から、帳簿と写真を人質と交換すると言う要求が美富のケータイに入ったというものだった。

 明日の午後1時浅草寺の参道の真ん中に仲見世通りのお土産屋富士屋の買い物袋に入れて置け、と指示してきた。

そして、子供は中身が確認出来たら返すと言ってきた。

それだけを一方的に言って切ったので逆探は出来なかったとのことだった。

早速一心は浅草署の捜査課に丘頭警部を尋ねる。

 

「それで警部、帳簿はどうするんだ?」

一心が問う。

「それがさ、何処にも見当たらないのよねぇ……だから、對田建設工業の社長さんに頼み込んでディスクロしている決算書類の中の帳簿と言われるものから作成された『損益計算書』と『貸借対照表』を渡してみようかなと思ってる」そう言って丘頭警部は頭をぐちゃぐちゃに掻いた。

「それじゃ、拙いんじゃないのか?」一心は疑問をぶつけるが、……

「だって、帳簿と言ったって何種類もあるのよ。それによ、そもそもどこの会社のが欲しいのかも分からないのに社外秘のものを出せないって社長に言われたし……」

まるで一心が悪いことをして警部がそれを𠮟りつけるように語気を強め早口で言う。

「そうなのか、仕方ないのか……」

 ――なんで犯人は具体的な帳簿名称を言わなかったのか? 言えなかった? 分からなかった? ……

「それで、中にメモ入れて、社名とか具体的な帳簿名称とか教えてくれたら用意するって書くことにしてるのよ」

 

 その時が来た。

今日も参道は犯人の思惑通りの大混雑だ。その中に警視庁から来ている管理官の指揮の下班長でもある丘頭警部を筆頭に三十名余りの捜査員がマイク付きイヤホンを耳にさして客に紛れ待機している。 

仕込んだGPSが頼りだ。

丘頭警部が誘拐犯に言われたとおりの土産袋に帳簿と写真を入れて指定の場所だろう辺りに置く。

「今、買い物袋置くわよ。全員集中!」

丘頭警部の号令に緊張感が走る。

そして少し離れた場所に駐車している車の中で、一心は監視カメラの映像を見詰めている。

警部が戻ってきた。

「どうお?」

「ご覧の通りだ。酷い混雑だよ」

買い物袋は人の陰になって見え隠れしている。

その状態が数分間続いた。

「警部! GPS動きました」突然GPSを監視していた刑事がそう叫んだ。

「えっ、だって買い物袋まだ見えてる! ?」

一心は丘頭警部と顔を見合わせて、慌てて車外に飛び出し走った。

 

「田川! GPSを追えっ!」

丘頭警部は叫びながら、全速力で買い物袋のところに駆け寄り……中を覗いて、

「やられた! 買い物袋の中身がすり替わってる。皆GPSを追え!」

辺りを見回しながら人込みを抜け車に戻る。

「警部、GPSは社務所に向かってるようです!」

田川刑事の声が一心のイヤホンからも流れる。

「社務所をぐるりと囲んで犯人の逃げ道を封鎖するぞっ! 急げっ! 」

一心と丘頭警部も社務所へ急ぐ。


……現場に着くと一人のスーツ姿の男を田川刑事ら数名の刑事が取り囲んでいる。

「田川、彼か?」警部が声を掛ける。

「はい、この人がGPS持ってます」

「あなたお名前は?」男に近づいて丘頭警部が手帳を見せて問う。

「はい、事務長の増田武史(ますだ・たけし)ですが、何の騒ぎなんですか?」男はとぼけている。

「その買い物袋の中身を見せてください」

「えっ、まぁいいですけど……」

増田が袋を警部に渡す。

一心も中を覗くと、子供のおもちゃが何点か入っている。

「これは?」

「孫が来てるんで持たせてやろうと思って買ったんですよ」

増田の話を訊きながら警部が袋の中に手を入れて、ガサゴソしてから手を引き抜くとGPS発信器を握っている。

「やられた! 犯人が気付いて他人の袋にいれたんだ……」丘頭警部が天を仰ぐ。

一心も丘頭警部も犯人の狡猾さに舌を巻いた。

「この周辺で富士屋の買い物袋を下げている人に当たってくれっ!」

丘頭警部の叫び声が響き渡った。が、ショックは隠せない。
一心は悔しさでギリギリと歯ぎしりをした。

 ――完璧にやられたぁ……そう言えば以前にも身代金を入れたバッグを同じような手口で奪われた事があった……気付くのが遅かったかぁ、くっそぉ……。

二人は増田に非礼を詫びて撤退した。

 

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