第2話 濃霧の中の誘拐
昼間なのに真っ暗で空も街並みも何も見えない。ただ、歩道を歩く自分の足元と車道が微かにみえる程度だ。
街のどこを歩いているのかも、何故歩いているのかも分からず、そうした記憶もない。
不安は一杯だが足が勝手にどんどん動いて止まらない。
しばらく歩いているとすぐ傍に真っ黒の大きな車が急停止して、自分の倍はありそうな大きく真っ黒な人間がぞろぞろでてきて自分を取り囲み、あっという間に担ぎあげられて車の中へ運ばれる。
「きゃーっ、助けてぇ~」
誘拐だと思い力一杯悲鳴を上げた……。
その声に驚いて目が覚めた。
辺りを見回し自分の部屋で寝ていたのだと気が付いた。
「なあんだぁ、夢かぁ……嫌な夢。俺が誘拐されるなんて……」
そう呟いた岡引美紗(おかびき・みさ)は二十歳を超え両親と一緒に浅草で探偵をしている。
特に身につけた技術で、盗聴器に盗撮カメラ、空飛ぶ一人乗りのバルドローンなどの探偵業に有用な武器を作る一方で、あらゆるネットワークに侵入し情報を収集できる、所謂ハッカーの技術も持っている。
自慢じゃないがそれらの道具で解決した事件は数知れないのだ。
バルドローンとは、電動のモーターパラグライダーの翼を羽型アドバルーンに変えて、プロペラを座席下に四基装着して上昇と推進の機能を兼ね備えたものとした一人乗りの空飛ぶ乗り物で美紗の手作りだ。
過去には浅草から千葉市まで車を尾行したこともある。……ただ、公には認められていないので秘密裏に使っている。
――言っとくけど、俺は可愛い女の子だからな……
今日は秋葉原へ行って武器の部品を仕入れる予定になっていた。
水で顔を洗ってしゃきっとして、身支度をして若干化粧もしてから三階から階下へ
「おはよう」と言って探偵事務所を通ってリビングの食卓テーブルに母親の静(しずか)が並べてくれている朝ご飯を食べ、
「じゃ、行ってきま~す」
両親に声を掛けて出かけた。
外へ出てみると、霧が出ていた。十月も後半になると木々の緑も薄くなってきているのに、霧がさらにその色を隠してしまい晩秋から初冬をを感じさせ寒々しい。
二時間ほど秋葉原で買い物をし、軽く暖かなランチを食べて家路につく。
その頃になると霧が大分濃くなってきていた。
浅草で電車を降りて見上げると鉛色の重苦しい雲? 霧なのか? ……
冷え冷えとした風が緩く吹く午後三時。一つ先の信号機が良く見えなくなるほどの濃霧がゆっくりと流れ、一瞬夢のあのシーンが思い出されてぞくっとする。
そんな怪しげな雰囲気を感じながら美紗は仕入れた通信制御に使うチップをバッグに入れてひさご通りの探偵事務所を目指していた。
気が付くと少し先に揺れ動く赤いランドセルがひとつ霞んで見えていた。子供の姿は霧に溶けて見えなかった。
しばらく歩いていると黒っぽいワンボックスが美紗を抜いてランドセルの辺りでブレーキランプを点灯させると、赤いランドセルが急に浮き上がって車道の方向へ飛んで消えた。
そしてブレーキランプが消え急発進するタイヤの悲鳴が辺りに響き渡った。もしかすると女の子の悲鳴だったかもしれないと時間が経ってから思いついた。
その時には何事が起きたのか理解できず、そのまま家路を急いだのだった。
霧はその事実を隠そうとするかのように一層濃くなってゆく。
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