一発勝負だ。
私はクッキーをどうすることもできない。
まだ鍾乳洞の中で、私は座り込んで、彼女を見ていた。
クッキーは動かなくなった。
それだけが現実だった。
なぜ、こんなことになってしまったんだろう。
意味もない問答が、頭の中を回っている。
今もただ、淡々と、変化が始まった彼女を見ている。
動かなくなった彼女を中心に、ゆっくりと浮き上がってくるように魔法陣が構築されていく。
細い光の糸のようなものが彼女に巻き付いていく。
綺麗な光だ。でも冷たい。
ひんやりとした光は、まるで死体を飾る花に似ていた。
その光が、繭のようになり彼女を包む。
光の繭はそれきり形を変えることなく、洞窟は静寂で満たされた。
どれほどそれを見ていたかわからない。
光の繭が脈打ち始める。
脈打つ速度が上がっていく。
繭の光がより一層強くなった途端に、光がほどけた。
そこにクッキーの姿はなく、代わりに有舟杏が眠っていた。
それは魔法の成立を意味する。クッキーの命を依り代とした「魔」の成立。師の言葉が脳裏をよぎる。
魔法というのは「魔」だ。何が起きるかは、術者が最も理解すべきだ。そして、「魔」に相対した者はこれから何が起きてもいいように準備しなければならない。この言葉に忠実に向き合うなら、私は準備しないといけない。
だけど、私は眠っている有舟杏の目覚めを待つことしかできなかった。
そうしている間にも何やら周囲が騒がしい。
鍾乳洞の入り口の方から、何やら声が聞こえてくる。
「——現着しました。これより、魔法――の……を確認。せい――を開始します」
足音はかなりの人数だ。一人や二人ではない。ざかざかと足音を鳴らしてかなりの速度でこちらに向かってきているのがわかる。
すぐに彼等は現れた。
体型を隠す白い装束に身を包んだ者たちだ。人数は四人。皆、鬼や能面、狐の仮面で顔を覆っており表情はわからない。
一番先頭の者が耳に手を当て、何者かとコンタクトを取った。
「マル秘、確認しました」
わずかな間がある。
「民間人が一人。これより保護します」
鬼の面の白装束が、狐の面に顎で指示を出す。
狐の面が近づいてきた。
「大丈夫かい?」
声をかけられる。
「大丈夫かい!?」
肩をゆすられる。
「あっ! はい」
私はまるで意識を取り戻したかのように、立ち上がった。
彼等は何者なんだ。
「怪我はないね?」
さっきから私に声をかけてくれていた狐の面が、私を心配する。柔らかい声音だ。
「はい」
声が震えた。
「ここは危険だから、外に出よう。出口まで案内するよ」
足が竦む。背中を支えられるように押されて、出口へ行くように促される。
「はい……」
鍾乳洞を出ようと一歩を踏み出そうとしたそのとき、感じた。
魔力だ。
奥の鬼の面をつけた白装束が、手に魔力を貯めているのがわかる。般若の面と翁の面を付けた方からも、わずかに感じる。
只事ではない。
さっきからずっと感じていた。恐怖だ。
声が震えたのも、足が竦んでいるのも彼らの恐ろしさ故だ。全身がSOSを出していた。
——怖い。怖い。この人たちと関わってはいけない。
いますぐ魔法をどうにかするような感じはしない。
この狐の面の人の言う通りに、この場を速やかに去ってしまおう。
狐の面の人に背を押されて、他三人の横を通り抜け――。
彼等は、私を見ていなかった。あまりにも異様な雰囲気を醸し出して直視している。
アンだ。アンを見てる。
よく考えればさっきの会話も変だ。
民間人は一人って。
仮に私のことだとすれば、そこで眠っているアンはどうなんだ。
「あの!」
声を上げた。
先ほどまで受け答えをしていたはずの狐の面の人も、他の三人も一斉にこちらを向いた。
「……どうしたの?」
全身から汗が噴き出した。まるで、次の言葉は「なんでもありません」以外を赦さない。そんな殺気のような気配が私にまとわりついていた。
「そこで気を失っている子、友人で……。一緒に上に」
「ダメです」
鬼の面が静かに言う。
「さ、行こう」
狐の面が不自然に前進を促す。
嫌だ。ここでこのまま進んだら取り返しがつかないことがきっと起きる。
彼等がアンに何かをすることは間違いなかった。
アンを。アンを守らないと。
振り返ろうとしたところで、背中に何かが触れた。
「ごめんよ。仕事なんだわ」
——死。
直感した。瞬時に身体をいなす。
狐の面と相対する。
親指と人差し指を立てて、「銃」のような手型を作っていた。
私に向かって構えており、間違いなくその指先は私を向いていた。
「銃」のような魔法の導線から外れるように私は動きを止めない。
鬼の面が静かに言う。
「お嬢さん、こちらは穏便に済ませたいんだ」
それを合図にいままで抑えていたであろう圧のようなものが噴き出してくる。
嫌だ。
息が上がっている。けど、アンを放っておけるものか。
でも、どうする。
どうすればいい。
策を巡らせる。
白装束のターゲットは間違いなくアンだ。
彼らがこの場に現れたタイミングから察するに、きっと彼らは彼女が何者かを知っているのだ。
方法はわからない。けれど、彼女が過去の人であったことを知っているのだ。
私の仮説が正しいならなんとかできるかもしれない。
私にしかできない。歴史書にも、バイブルにも載っていない私だけの魔法でなんとかできるのではないか。
だが、それをすることで何が起きるか私にもわからない。
そして、これはクッキーを侮辱する行為だ。
白装束が動く。
やるしかない。
きっと、きっと大丈夫。
一発勝負だ。
対象を絞る。
息が苦しい。
間違えるな。
アッセム――アッセム――アッセム―—アッセム
収束の魔法を何度も心の中で発音し、魔力を集めるイメージを膨らませる。
「余計なことをさせるな!」
触れろ! 顔からダイブする勢いでアンに触れる。
「ヒ・ドヴェル!」
——蘇りの魔法なんて唱えなかった。
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