届け クソデカ大声

 結局、足はすぐに止まってしまった。


 彼女の家から住宅街を西に抜けて、昨日行ったアクアリウムも過ぎる。

 クッキーと再会した海岸の辺りから、さらに西へ行ったところまで来た。

 私の使った魔法はここで完全に遮断された。


 ぐるりと辺りを見渡す。北は海ばかりが広がっている。

 来た道は、住宅街としおれたみかん畑に小さなアクアリウム。その逆はモールが寂しそうに聳えているだけだ。駅もあちら側にあるがここからは見えない。

 方向を変えたとは考えにくいが、ここから先はどこまで行っても海岸が続いているようにしか見えない。


 とにかく早くクッキーに会いたかった。ダメでもともとだ。もう一度、集中して自分の中を巡っている魔力を手のひらに集めて魔力を糸のように編み込む。

 目を閉じて、手のひらを前に出す。魔法を唱えた。


「テ=トレラ・フォ!」


 私のいる場所から意識が少しだけ前進する。が、そこでブツリと音がするようにそれは効力を失って途切れた。またか。あまりにも早くに対処されてしまい、溜息が漏れる。クッキーは意図的に私を遠ざけているのだ。


 方向は間違いなさそうだったが、それ以上のことはわからない。

 今はこの情報しかない。進んで少しずつ、一歩だけでも先がわかればたどり着けるが、それでのだろうか。考えている暇はなかった。


 深く息を吐いて、前進する。海岸の砂を踏みしめて進むしかない。

 二日前の自分はこの海岸を行く宛てもなく歩いていた。誰とも会う予定などなかったのだ。特に魔法学校時代の旧友とは、正直会いたくないとさえ思っていた。

 だが、クッキーと再会し彼女とたった一日と半分ほど寝食を共にした。一人で始めたどこにたどり着くかもわからない旅で、彼女と会えたことは最初戸惑いもしたが、確かにうれしかった。


 そう思ったら、もう一度彼女と会って話がしたかった。

 彼女に届いてほしい。一方的でよかった。全部私の自己満足でいいから、とにかく彼女に私の声を届けたいと思った。


「——グ・ラヴォ」


 イメージするのは、空気の振動。私の声の波。彼女の耳にまでブチ当てる。大事なのはイメージだ。何度も反芻する。周囲に人はいない。彼女の鼓膜が無事かはわからない。けど、構うものか。それくらいの気持ちで、大きく息を吸った。 口の周りを包むように両方の手のひらを丸める。


「クッキー!」


 声を張り上げた。確かに遠くまで届いた実感があったが、彼女が私の声を聴いても答えてくれなければ意味がない。


 とにかく、先に進もう。彼女がいる方向へと一歩踏みだした。


 海岸を走るという経験は人生で初めてだった。とくに何もない穏やかな日なら、気持ちよく走れる気がする。クッキーを見つけたら、クッキーと一緒にこの海岸を走ろうと思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る