第14話 偽装と隠蔽

 声高らかに宣言したレナは、ツカツカと足早に取調室を周回する。顎に手を当てて、何か考え事をしながら。

 その姿はその場にいる人間へ緊張感を伝え、これまで以上にピリついた空間を作り上げた。


「さて、どこから説明しましょうか」


 緊張感高まる空間で、レナだけが一人楽しそうに微笑む。まるで、遠足に来た少女のように、楽しそうに笑う。


「そうですね、まず初めに説明するのはここからでしょうか」

「あ?んだよ」

「ここからとは?」


 レナの発言意図が理解できる人間は、残念ながらこの場にはいなかった。その事実を至極当然だというように、レナは言葉をつづけた。


「探偵側の落ち度といいますか、事件を一つ見逃していますね。この男性が名乗っている身分ですが、完全に偽装されたものです。というか、その、私の両親が殺された日に殺された人間の身分を名乗っているだけですよね」

「……ッ!」

「なっ!」

「そんなっ!」


 未だ発見されていない殺人事件が一件発生しているという、あまりに無謀な発想。スラムの人間であれば、一般人であれば、確かに殺されても気が付かない人間はいるのかもしれない。


 だがしかし、レナの発言が正しければ、今回殺された人間は………統治層の人間であるはずだ。


 そんな思考が、その場の誰にもよぎるがそれでもレナは半ば確信を持ったように言葉を続ける。


「何故あなたがここまで完璧に書類を偽装できているのかは、私が把握で来ることではありませんが。かなり凄腕の協力者がいるようですね。ああ、ここまで間違ってないですよね?」

「何をっ!」

「それは流石に」

「はっ!何を言うのかと思えばっ!これは滑稽だなぁっ!!」


 明らかに確信を持っているレナ。だがしかし周囲の人間は疑うしかなかった。

 どれほど人間として優れていようとも、周囲の人間が天才と持て囃そうとも、しかしまだ大人になり切れない、現実を見れない少女でしかない。レナのことをそう判断するしかないだろう。


 統治層の人間が殺害されていながら、発見されないなんてことはあり得ないのだから。一体、彼らが一日のうちにどれだけの人間と交流していると?


「ええまぁ、皆さんが笑うのもわかりますが簡単なところから行きましょう。まず、私の両親が殺された事件ですが、完全に彼の為に行われた犯罪をカモフラージュするためですね。私の両親を殺した犯人が死神ではないことは明らかですが、それに準ずる実力者の仕業。では、昨夜死神はだれを殺していたのか?簡単です、彼の身元になる人間を殺していたのです。一家丸ごと、音もなく、だれにも悟られることもなく」


 レナの推察では、昨日の夜確実に死神が活動していた、という話が前提にある。自分の両親を殺したのは死神ではなく、別の誰か。それは、死神が別の場所で一家丸ごと、全員を殺害していたからという理由で落とし前をつけようとしているのだ。


「そんなことが、本当にできるのですか?」


 思わずといったようにつぶやいたのは、レナがここに到着した後に現着した探偵の一人だった。死神、最強の暗殺者であり大量の人間を無慈悲に、そして無感情に殺してきた大犯罪者。


 仮に、レナの発言が正しい場合死神の実力は噂されているものよりもよっぽど上だ。


「ええ、可能でしょう。かの人物であれば、それこそ武力を持たない人間を何人も音なく殺害するくらい、どうとでもないことです。そして、彼の身分ですが、私以外の同階級の人間を連れてくればいいでしょう。誰も、彼のことを覚えているとは言わないと思います」


 男の身分を証明するだけであれば非常に簡単だった。無作為抽出で彼を知っていそうな人間を集め、可否をとればいいだけの話。どうせすぐに、ばれる嘘である。


「確かに、彼の身分が偽られていることはそれで証明できると思います。何なら、監視カメラなどの映像を調査し続ければ、難しいかもしれませんが筆跡鑑定もできるでしょう。歯形は偽装されている可能性がありますが、網膜認証や指紋であれば何とかアナログデータが残っている可能性があります」

「ええ、その方向で調査すれば確実でしょう。ですが、一つ問題が残るのです」


 言いながら、レナはどうしても理解できないといったようにそれまで閉じていた瞳を開いた。一瞬の静寂の後、小さく。しかし力強く呟くのだった。


「なぜ、彼のような人間がその該当者として選ばれたのかです」

「ちっ!」

「どうやら自覚があったようですね」


 舌打ちをした男に対して、レナはどこまでも冷静に言葉をつづけた。

 この時点で、すでにレナの思考に追いつくことができている人間はいなかった。この場にいる誰もが、次にこの少女は何を言い出すのか、どんな突拍子もないことを考えているのか。

 男が犯罪者であることを認めたような対応をとっているというのに、誰もそれを咎めることなく、ただじっとレナの次の言葉を待っていた。


「それで?天才であるお嬢さんは、次になんというんだ?」

「…………」


 そんな不思議な空間で、観念したかのように男は質問する。

 しかし、ここにきてレナの反応はあまりよろしくない。男の質問にも答えないし、頬に手を当てて少し考え込むようなしぐさまでしている。


「なるほど、そういう仕組みなんですか」


 男の姿勢、発言、これまでの推理をもとにレナはとある結論を導き出した。ひとりでに納得したかと思うと、スッと男の目の前まで移動して顔を覗き込んだ。


「では、メッセンジャーからの伝言をどうぞ。レナ・オーガストの名において、そのメッセージを真摯に受け止め、対策を練り、全力をもって対処することを誓いましょう」

「へへっ、まさか本当に現れるとはなぁ」


  男はニヤニヤと、人によっては生理的に受け付けられないようなそんな表情を浮かべた。


 男は心底面白そうに顔を歪めると、レナの要望に応えて自身の役割を遂げた。


 ただ、その内容はあまり芳しいものとは言えなかった。


「もうすぐ機械兵が攻め込んでくる。都市の防衛機能を強化すると同時に戦える探偵を集める必要がある。今回の進行は5年前の規模を上回るぞ」

「「「何を馬鹿なっ!」」」

「そうですか」


 機械兵の進行、それは5年前に突如として発生し、都市の城壁の一部を破壊し中に住む人間を500人殺した大事件。その時の規模はまだ小規模であったが、全くの無警戒のまま襲い来る機械兵を前に、一部の探偵とスラム出身の人間以外はなす統べなくやられた。

 それが、5年前の出来事。今回はそれを超える規模だという。


「それで、伝達主は?」

「死神だ」

「それは本当ですか?」


 死神というキーワードに、この日初めてレナの目が大きく見開かれる。死神といえば、レナがずっと追いかけている犯罪者だ。


 男からしてみれば、動揺や驚愕を隠そうとしていることは明らかだった。ここに来て初めて、レナの素の表情をこの男は目撃した。

 レナの反応を見て、「仕方ないな」と言いながら、男は話をつづけた。


「ああ、今回の計画もすべてあいつが発案しているさ。もちろん、アンタの事も聞いてる。でもな、俺にはあんたが目的の人物だという判断材料が何もなかったから、試させてもらった。悪いな、あんたの言う通り俺の身分は偽装しているから安心しな」

「そうですか」

「にしても、あの死神もすごいことをしたもんだなぁ~」


 男はあっけからんとした様子でそう言い放った。あまりにも簡単に自分の罪を認めるその姿に、逆に周囲の衛兵や探偵たちのほうが驚くばかりだ。男のこれから先は、食事こそ保証されているが、住むにはあまりにも劣悪な環境だ。


「何も驚くことはないだろ?逮捕されれば、布団があって一日三食もらえて、その上仕事もある。少し暇なのが問題だが、スラムで生きていくのと比べれば、天と地ほどの差があるだろ?」


 そういって、心底嬉しそうに笑う男を前にし、レナを除いて思わず天を仰ぐしかなかった。すべての疑問は、男のこの発言で解決されるのだから。


 強いて言えば、殺された一家の事だが調べてみると真っ黒。使用人も含めて、スラム街の人間を利用した悪事を働いており、関係者一同が皆殺しにされていたころが、次の日発覚した。



 レナは一人、死神の犯行と機械兵の侵攻について頭を巡らせるのであった。

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