図書館の抜け殻

つくも せんぺい

一編一詩の空っぽ

命のない場所

 ゼミの実習で大学の旧校舎を訪れた。

 放課後の廃校ツアーとでも呼べばいいのか、生徒は全員、怖いものを見に来たというような目をしている。

 なんとなく意気込みが合わず、集団行動より少し離れて歩いた。旧校舎は海岸近くで風が痛いくらい冷たく、十一月なのに息が白んだ。音は風音くらいで、それが寂しい。


「本の全くない図書館を見てください」


 張り切っている引率の先生の声とは反対に、図書館の鍵は動くのが億劫おっくうそうだった。

 近くに掲示板があり、ポスターが貼りっぱなしになっている。ハンドベル演奏会の宣伝で、日付は2000年。掲示板の足元を枯れた雑草が隠していた。


 図書館に目を戻すと鍵は無事に開いたようで、集団が移動していた。遅れて後に続く。

 中は埃が積もっているけれど、使い終えたことがもったいないくらい立派で、エレベーターはまだ生きていた。それから空っぽの棚の置かれた同じような部屋をいくつか覗いた。どの部屋も、あるのは埃だけ。

 かつての風景を僕は知らない。

 反響する生徒の騒ぎ声に、何かこれ以上の収穫はない気がして外に出た。


 ふと、図書館の壁沿いに石段があることに気がついた。成長した木の枝がたわんで道を塞いでいるが、下の方に腰掛けることはできそうだ。

 散策をやめる事にし、石段に近づくと先客が居る。


 小鳥、紫の。


 けれどその小鳥は、ぴくりともせず横たわっていた。風で羽毛が逆立ち、閉じた目が強調されている。思わず息を呑んで固まってしまった。小鳥の口元が白むことはない。どうやらもう死んでいるようだ。


 相変わらず風音と僕ら生徒の声だけの空間には、この小鳥がはじめからこの状態で生まれ、命なんかなかったのかとさえ思える。


 なぜだか、この鳥が他の人の目に触れるのは嫌だった。

 とりあえず、埋めよう。

 どうして放っておかなかったのかは、いまだに解らない。


 触れることに少しの緊張を覚える。

 一つ深呼吸して触れると、温かさはないけれど羽毛は柔らかった。

 階段の近くの木に適当に目星をつけ、根元の土を掘る。すっかりかじかんだ手では、硬くなった土は大して掘れず、もうすぐここを離れるという呼びかけが聞こえた頃に小鳥の体がやっと収まるくらいの穴をなんとか掘り終える。


「浅くてごめんよ」


 一言だけ添えて、穴にそっと置いて土をかけた。

 浅いから風ですぐに死骸が晒されることがないようにすると、少し土が盛り上がり、違和感が残った。


 手の土を払いながら、この旧校舎とさっきの小鳥は同じなんだと気づいた。

 もう抜け殻なんだと。

 この旧校舎にとっての血と魂は生徒で、それはもうなくなってしまった。そして図書館では、小鳥と違い土に還ることもできない。


 引率の先生は懐かしむことができるかも知れない。しかし、この場所に無知な僕がずかずかと足を踏み入れるのは、とても恥ずかしいことのような気がした。

 思わず漏らすため息が白むのも申し訳ない気がして、手を温めるふりをして口元を隠す。


 土のにおいがした。






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