第12話 ダイモス攻略戦 - Phase 3:盾と碇

「照準補助信号消失しました!」

「畜生、あいつヤタガラスを盾にして戻っていきやがる!」


 ヤタガラスを咥え込んだ中型は、その機体を盾に巣へと戻ろうとしていた。なんとか足止めしようとするも、盾にされたヤタガラスへの誤射を恐れてまともに撃てない。更にはローテーションも崩れており、前線は防御線の維持で手一杯だった。


「クソ、撃てねえ!」

「これ以上鹵獲機キャプチャーを増やさせるな! イージス・アンカー隊救助に向かえ!」

「アイ・アイ、キャプテン! おいケイ、行くぞ!」

「は、はい! わー、待ってくださぁい!」


 左右に巨大な盾状のパーツを備えた機体が、指令に応じて勢いよく飛び出した。メインスラスターに比べてリバーススラスターがアンバランスに大きな一機が一拍遅れてその後を追う。

 イージスとアンカーは同機種での2機編隊エレメントを組まない、異機種編隊コンポジットの救助隊である。

 “盾”のイージスと“いかり”のアンカー。美しく黄金に輝く盾はヴェネクスと呼ばれる特殊な金属で出来ている。ヴェネクスは金星でのみ産出される希少な金属で、現在太陽系において唯一アザトゥスの侵食を受けない事が確認されている物質だ。イージスはこの盾を使うことで、アザトゥスに直接接触して。そしてアンカーは、その盾が死の世界へ押し流されないようにとどめるいかりの役目を果たす機体だった。


 イージスのパイロット、ライナスは真っ直ぐダイモスに向けて進路を取ったあと、フライトマップを見てはたと首を傾げた。


「あれ? ピンは?」

「哨戒機が持ってかれたのにどうやって打つんだ。……ほら、ヘイムダルのレーダーから消えた時の速度と方向からの予測値出したからそれで行け」

「サンキュー、ルイス! アンカーは?」

「大丈夫だ、付いてきてる」


 後席コックピットに乗る優秀な相棒オペレーターに感謝を込めてひらひらと手を振ると、相棒のルイスは面倒そうに片手を上げて寄越した。

 イージスはアヴィオンには珍しい複座機だ。左右複合型の盾に、損傷機体をこじ開たり破壊するための大小取り揃えたロボットアーム、更には複数種の兵装と、イージスはとにかくオプションパーツの多い機体である。その役割は敵に接触した状態での救助であり、一人で全ての操作をこなすことは不可能だ。そのため主に操縦を担うパイロットと、救助を担うオペレーターに役割が二分されていた。

 ルイスの出してくれた予測値に沿ってイージスを駆れば、ほどなくしてレーダーが友軍識別信号IFFを捉えた。ライナスはにいっと人好きのする笑みを浮かべて、もう一人の相棒に叫ぶ。


「オーケー、ウチのレーダーが捕まえたぞ! 30秒以内に展開ポイント到達可能! アンカー、ワイヤー射出の用意を頼む!」

「えとえと……はい、いつでも出せます! 何本出します?」


 もう一人の相棒、アンカーのパイロットであるケイは、わたわたとした様子で答えた。腕はいい癖にいつも自信なさげなその相棒の背中を押すように、ライナスは声を張り上げる。


「3本! っし、当該中型を基点ベースポイントに相対速度固定完了ォ! 碇をおろせ!」

了解コピー! あっ、相対速度……はい、固定しました! ワイヤー出します!」


 アンカーから射出されたワイヤーを、イージスは器用にロボットアームでキャッチして機体のフックに固定する。固定した合図に3度ワイヤーを引っ張ると、アンカーがウィンチでワイヤーを巻き上げた。ワイヤーがぴんと張った所で巻き上げを停止し、ケイが叫ぶ。


「ま、巻き上げチェック問題ありません! 狙撃準備も出来てます!」

「っしゃいくぞ! 蹴散らしてやるクソ共が!」

了解コピー。盾出すぞ」


 ルイスの声に呼応するように、左右に分かたれていた盾が動き出す。金色の盾が機体の前面を半球状に覆い、目視できる視界がなくなった。高精細レーダーの輪郭表示のみを頼りに、ライナスは機体を前進させる。

 

 ——衝撃。


「イージスアルファ-01、交戦開始エンゲージ! 押すぜえええええ!!!」

 

 イージスが中型に体当たりし、盾がその体にめり込んだ。ヴェネクスの盾が当たった部分のアザトゥス体が強酸を掛けられたかのような反応を見せ、中型が体をよじる。ヴェネクスはアザトゥス体の侵食を受け付けないだけでなく、その組織を破壊する性質もまた備えていた。

 中型は嫌がるような動きでイージスからその身を離そうとしたが、それが逃げ出す前に巨大なロボットアームがヤタガラスの機体をがっしりと抱え込む。中型もヤタガラスを離す気はないようで、逃げられないと見るや組織が崩れるのにも構わずイージスの盾に絡みついた。


「いいぞライナス、もう少し押せ。おいヤタガラス、応答できるか?」


 ヤタガラスのパイロットとの通信を試みるが、応答はない。機体底面カメラが、コックピット半ばまで飲み込まれたヤタガラスの姿を捉える。先の衝突でそれが僅かに吐き出されたのを見て、ルイスは底面の火炎放射器を起動した。激しく吹き出す青い炎が肉を焦がす。中型は再び震え、ヤタガラスのコックピットが完全に露出した。その先に見えた機体の先頭部が完全に潰れ、ぐずぐずと肉と融合しかかっている様子を見てルイスは眉間に皺を寄せる。


「クソ、これ機体は無理だぞ。とりあえずコックピットは露出させた。……パイロットの応答はなし。引っ剥がすぞ」


 ロボットアームがキャノピーの縁を掴む。めきめきとヤタガラスの機体が軋むのにも構わず、ルイスは強引にキャノピーを引き剥がした。中にいるパイロットはぐったりと頭を垂れている。ルイスは命綱のバックルの様子を一度確かめると、足元のハッチを蹴り開けた。

 慎重に飛び降りる位置を図っていたその時、再びイージスに強い衝撃がかかる。転がり落ちそうになった所を、なんとか踏みとどまった。


「すまんルイス! 群れが来やがった!」

「……の、ようだな」

「クソが!! このゴミども! 死ねえええええ!」


 どすん、どすんと散発的に来る衝撃と、火炎放射とレーザー砲で応戦しながら叫ぶライナスの怒声を振り払うように頭を振って、ルイスは勢いよくヤタガラスのコックピットに飛び降りた。

 ぐちゅ、と足裏に伝わる湿った感触に顔をしかめる。ぐったりとしたパイロットのヘルメットをごん、と叩いてみるがやはり反応はない。脇を持って操縦席から引きずり出すと、左の脇から太腿にかけてのアザトゥス体の侵食が露わになった。


「——こいつはまずいな」


 キャノピーが無くなったことで急激な冷気に晒されたヘルメットの内側が、僅かに曇る。まだ息はあるようだった。急げばパイロットスーツが侵食されきる前に連れて帰る事ができるかもしれない。腰のポーチから素早くヴェネクス箔のブランケットを引っ張り出す。それでパイロットの体を包もうとした時、機体の向こう側からぬっと複数の目をたたえた肉の塊が顔を出した。


「お出ましか」


 ヘルメット越しに2つの目と複数の目の視線が絡み合う。意識のないパイロットを抱えて、じり、とルイスが僅かに後退したその瞬間。ばしゃっ、とその目が内から弾け飛んだ。機体に取り付いていた足が離れて宇宙の闇に墜ちていく。


「今日もいい腕だな、ケイ」


 ルイスは振り返って微笑んだ。こちらを向いたアンカーの長く鋭い砲身は、無防備に身を晒す彼にとって守護神にも等しい。放たれたのは劣化ヴェネクス弾だ。ヴェネクスの精錬過程で排出される精錬廃棄物を弾丸に加工したもので、アザトゥスの体に入り込むと破裂してその体の中にヴェネクスの混ざった成分を撒き散らす。非常に高価な弾薬だが、他の兵装と違い攻撃の余波が全く無いないため、救助活動においては非常に有用なものだった。


「ありがとうございます~! 敵はきっちり撃ちますから、でもいっぱい来てるので急いで~!」


 盾の側面からこぼれた小型が次々と現れるが、アンカーは針に糸を通すような精密な射撃で一匹の取りこぼしもなくそれを仕留めていく。

 ルイスは落ち着いた様子で救助したパイロットをヴェネクス箔のブランケットで包み込むと、命綱を巻き上げてイージスの機内に戻った。

 乱暴にパイロットをコックピット内に転がして、勢いよくハッチを閉める。ブランケットを引き剥がすと、ヴェネクス箔に触れたアザトゥス体が腐食したような様子でぽろぽろとこぼれ落ちた。コックピットに備え付けた小型の火炎放射器を掴んで、パイロットスーツの表面と床にこぼれた肉屑をくまなく炙る。後席のコックピットにもうもうと煙が立ち込め、ルイスは目を細めた。ヘルメットがなければ凄まじい臭いがしていたことだろう。

 排気ボタンを押して、煙を機外へと流し出す。念のためスーツの表面をあらためるが、その表面に侵食していたアザトゥス体は全て炭になっていた。細かい内部構造に入り込んだものまでは駆除できたか定かでなかったが、ひとまず目に見える侵食は止まったようだった。

 前腕部のモニターのすすを払い、生体維持機能が動作していることを確認する。今できることはこれで全てだった。

 未だ意識を取り戻さないパイロットを再びヴェネクス箔のブランケットで包み、手早く救助者用のスペースに固定する。応急処置は終えたが状況は予断を許さない。念のため自分のスーツも一通り炙ってから、急いでオペレータ席に潜り込んだ。

 

「ライナス、ピックアップ完了だ。まだ息はあるが内部侵食の可能性がある。機体のほうはもう無理だ。砲だけもぎって急いで帰るぞ」

「オーケイ相棒! 具体的にあとどれくらい? 結構限界!」

「すぐ済ませる。離脱の準備しとけ」


 ロボットアームが伸び、ヤタガラスの腹に潜り込む。まずはレーザー砲を掴み、翼の一部と共に強引にもぎ取った。そのレーザー砲を槌のように振り回し、陽電子砲の粒子加速用の円環を叩き壊す。細かな金属片と潰れた肉片が、混然と宇宙空間に飛び交った。何匹かの小型アザトゥスが、餌を投げられた鯉のようにその欠片を追う。

 次いで陽電子砲の砲身を引き剥がすと、ついでとばかりにその砲身でメインスラスターを殴りつけた。ノズルの開閉機構が破壊され、大きくひしゃげる。これでもうまともに推進制御はできないだろう。ルイスは砲を引っ掴んだままのロボットアームを機体の傍に引き寄せると、ヤタガラスの固定を解除して内線に叫んだ。


「いいぞ!」

「待たされたぜ! おいケイ、離脱砲撃つぞ!」

了解コピー!」


 ライナスが快活に応じると同時に、ヴェネクスの盾が開く。イージスに群がった肉塊たちは、その隙間を目掛けて飛び込もうとして、盾の隙間からぬうっと出現した巨大な砲口を見た。


 砲口から光がほとばしる。


 それは紛れもなく、物理的な大砲だった。巨大な砲口から燃料のほとんどを消費して放たれる熱と質量が、群がるアザトゥス群の中心に穴を穿うがつ。莫大なエネルギーに相応しい反動リコイルが、イージスの機体を大きく後方に弾き飛ばした。それと同時に、アンカーの巨大なリバーススラスタ―が火を吹き、ワイヤーを巻き取るウィンチが唸りをあげる。

 リバーススラスターの強烈な逆推進に引っ張られ、アザトゥスが群れを成す巣の上空から、イージスとアンカーは猛スピードで離脱した。何匹かのアザトゥスがその後を追うが、あっという間に引き離され、無防備に防衛線に晒したその身を蜂の巣にされていく。


「ナイチンゲール!要救助者!」

「待機してる!放り込んで!」


 前線を抜けると、救急医療機のナイチンゲールが搬入口リアエントランスを開いて待機していた。ルイスがいくつかのボタンを操作すると救助者用のスペースの下部が開き、担架状のモジュールがゆっくりと射出される。担架はそのままナイチンゲールの搬入口リアエントランスに吸い込まれ、閉じられた扉により見えなくなった。


収容完了ローデッド!」

 

 収容を見届けて、ルイスはようやく肩の力を抜いた。黙って目を伏せ、胸の前で小さく十字を切って祈る。「無事だといいなあ」と相棒ライナスが小さく呟いた。絶え間なくインカムから流れ込んでくる短い言葉のやりとりは、彼らが祈るわずかな間にさえ静寂を許さない。一つの救助は終えたが戦闘はまだ続いている。戦況を見る限り出番がこれきりということはないはずだ。

 ゴン、と足元のハッチが叩かれた。補給担当員が手を振っている。イドゥンによる補給は通常ロボットアームで行われるが、イージスの場合コックピット内の備品補給も必要になるため、特別に補給担当員が出張ってくる。救助者用担架の搬出口を開くと、新しい担架を押して補給担当員が入ってきた。


「お疲れ。今日も見事な救出劇じゃん」

「ライナスとケイがきっちり敵を抑えててくれたからな。――ケイのやつはいい加減自分の狙撃術を認めるべきだ」


 投げかけられた労いと賞賛を同僚に丸投げしたルイスに、補給担当員の男は「相変わらず謙虚なこって」とヘルメットの中で目元を緩ませた。

 

「火炎放射器交換しとくぜ。ほら、ブランケットの予備も」

「助かる」


 促されて火炎放射器を手に取った時だった。


「ラニちゃん、命に別状はないわ! ナイチンゲールAアルファ-01、負傷者を治療室に運ぶため帰艦します! 02バックアップ、あとはよろしくね」


 ナイチンゲールからの報告に、わっ、と回線が沸き立った。「よかったなぁあー」「よかったですねぇえー」と相棒たちの半泣きの声も流れてきて、ルイスが僅かに口元を緩ませた。交換用の火炎放射器を受け取ろうとしていた補給担当員の男が、それを見て目を瞬かせる。


「こいつぁ驚いた。鉄面皮が笑ってら」

莫迦バカを言え。俺ほど表情豊かな男も居まい」

「お前それ、本気で言ってる? ジョークならセンスあるわ……」

 

 ルイスは片眉を上げて乱暴に軽くなった火炎放射器を押し付けると、新しいそれとブランケットを引っ掴みシッシッと手を振った。補給担当員の男はにやにやしたまま肩を竦めると、「じゃあな」と言って搬出口に手を掛けた。宇宙空間に滑り出していくその姿を律義に見送っていたルイスは、彼がそのままイドゥンに戻らず動かなくなったことに気付いて搬出口を覗き込む。


「どうした」

「――あれ」


 男の視線は、ダイモスの方向に釘付けになっている。覗きこんだその姿勢では何も見えず、ルイスは振り返ってコックピットの窓を見た。その目が、ゆっくりとダイモスを離れようとする肉まみれの巨大な監視塔の姿を捉える。

 理解を越えた光景にさすがに頭がまわらず、ルイスはらしからぬ言葉をただ一言、口にした。

 

「……マジか」

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