架空人物名考案士 3

 何日か経ってニュースを見ると、詐欺容疑で捕まった男の事件が報じられていた。男は保険会社の人間で、架空の顧客の氏名を悪用して銀行口座を不法に開設し、その口座を売り渡していたらしい。それがなぜ犯罪なのか私にはよくわからないが、口座名の架空の名前は全て米国籍の男性、当局はその中に含まれていた「アーサー・ピメーテン」という名前が米国風の名前とは見えなかったことから摘発に踏み切ったということであった。


 そういう依頼は(たぶん)例外だったと思うが、というのも世間に報じられる犯罪の数など高が知れているからだが、大抵の依頼は穏やかなものだった。ある紳士(この人は伝書鳩も電子メールも使わず直接私の事務所を訪ねて来たのだった)は、毎日違う名前で生きたいという積年の願望を果たしたいと熱意を込めて私に語るのだった。


 人並みでない整った身なりの人であり、実業家か何かのように見えた。日々多くの人と折衝する仕事なのだろう。私が勝手にそう空想していると、相手は私の思考を読み取ったかのように口を開いた。


 私は毎日、多い時は五十人の人間に会う。みな私に、私の唯一の本名どおりの人間として会いに来る。

 しかし彼等にとって、私がAという名前だろうとBという名前だろうと関係はない。私から金を取れれば(これは融資をしてもらえれば、ということか)、私の名前など何でも構わない。記号だろうと数字だろうと向こうの知ったことではないのだ。いくつあったっていい。その方が面白い。いっそ毎日違う名前だった方が、相手を煙に巻くようで愉快だ。


 レストランに入り、毎日ウェイターに違う名刺を渡す。奴は混乱して、私を気狂いのように思うだろう。私の事務所へやって来る連中にも同じことをする。だんだんみな、私を気味悪がって寄り付かなくなるだろう。そうすればしめたものだ。いやそこまでいかなくとも、とにかく私は毎日別の人間になりたい。金持ちの実業家◣□$▣◎@#ではなく、aや6やΩや≧など、日々違う名前を持ち、違う人格として生きたい。


 他人になりたい願望はざらにあるものだろう。しかし毎日違う名前の書かれた名刺を渡したいという気持ちには極端なものがある。余程人に疲れているのかもしれない。

 相手の価値観に疑問を持とうとも、私にとっては仕事なので、とりあえず頼まれたとおりに三十人分の名前を作ることにした。


 ビュート・ルーイング、アルファンス・ネスフィ、レイ・ルーアス、ピート・ルーンズ、セネラフィア・リストロモンティ、オノリオ・ルゴンダ、アールフェスト・ギル、サル・ゴースティン、ドルー・マスネス、ユーサス・ロネスティ、ハーマン・コール、フィリウス・ルーメ、デフィニオ・ヴァルサニツコ、アドレアン・ランヴァーソン、オルメス・ケスティン、ラド・ニフセン、ティルト・ルドルフィア、アーク・ナーレス、サドレア・ロバール、クーター・ホルドー、デクリヌス・アイヴァーリンド、ブレント・カームガスト、エルソン・ルーヴァー、ヴェザイア・フローナー、ルード・ルミルコックス、カーレヴァン・スコッツファンズ、ルドフォード・ラムス、テーレ・イルファンブル、サレスト・リクアス、ヴェアン・ラムール。


 後日、依頼人の実業家はいかにも嬉しそうに私の事務所にやって来ると、私から受け取った、彼の新しい名前の一覧に目を通し、それぞれの名前を抑揚をつけて読み上げた。オール5の通信簿をもらった生徒のような表情をして。さながらこの日は男の第2の、いや第2から第31の誕生日だったとも言えただろう。


 過分なチップまで受け取った私は、今も時折、あの男は今日、どの名前で来客と会っているだろうか、と考える。


(4に続く)

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